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episode3-11


「亘先生、児玉先生、えっと、久茂先生。至急、会議室へ来てください。繰り返します。亘先生……」


 麻倉先生による放送が流されたのは、帰りのSHRが終了し、理科準備室に道具を戻しに行こうとしていたまさにそのときだった。呼び出された面子から考えて、例の件に関することによる召集だろう。おそらく、麻倉先生と一緒に道元先生も待機しているはずだ。正直あまり気乗りしないが、無視するわけにもいかない。とりあえず実験道具はそのままにして、会議室を目指す。


 会議室のドアを開けると、そこにはすでに四人が揃っていた。

「あ、児玉先生が来ましたよ。お疲れ様です。児玉先生」

 麻倉先生が小さく会釈をする。


「あの、何かあったんですか」

 机の落書きの件はすでに教頭などにも報告済みだ。おそらくはその件についてだろう。クラスで話し合ったことなどを詳しく聞きたいのだろうと思った。

「それが、道元先生が皆さんを呼び出すようにと指示がありまして……」

 麻倉先生の後ろで、道元先生が長机に寄りかかっている。。

「あの、道元先生……何事でしょうか。さっきの落書きの件ですか?」

「ええ、まあ、そのことでちょっとね」

 どこか得意げにそう言うと、道元先生は場に集まった全員をぐるりと見渡した。



「実はね、翔君に対して暴行を働いていた犯人が分かっちゃったの」




 あまりに何でもないことのような口調だったので、全員が即座にその言葉の意味を把握出来なかった。犯人? 犯人って?

「……ど、どういうことですか」

 亘先生の問いかけを無視し、道元先生は久茂先生の方を向いた。


「久茂先生、悪いけど、翔君と銀河君を呼んできてくれますか」

 突然の依頼に、久茂先生は面食らった様子だった。

「は? どうして俺が」

「いいから、急いで。早くしないと帰っちゃうわ。二人を見つけたら、とりあえず私の携帯に連絡を頂戴」

「おい、ちょっと待て……」

「はいはい、とにかくお願い。多分まだ下駄箱か昇降口にいると思うから。ほら急いで急いで」

 道元先生は久茂先生の背中を押して、まるで追い出すように彼を会議室から締め出そうとした。久茂先生はわけがわからないといった顔をしながらも、舌打を一つして会議室を出て行った。


「道元先生、あなたは何を考えているんですか」

 たまらず、怒気を込めて道元先生に投げかける。

「何って、だから、これから犯人をここへ呼び出してとっちめるのよ」

 呼び出す? 道元先生は今、久茂先生に岡部と木村を呼びに行かせた。ということは、彼女もやはり、岡部が犯人だと睨んでいるのか。


「ちょっと待ってください。岡部君を犯人と決めつけるにはまだ早いです。机に落書きをしたのは十中八九彼ですが、それでももっと慎重に……」

「ん、岡部君?」

 道元先生は、きょとんとした表情を浮かべた。

「ちょっと児玉先生……あなたは、銀河君が犯人だと思っているの?」

「え、あ、いや……それは……」

「よければ、その根拠を聞かせてくれる?」


 その前に彼女の言い分を聞きたいところだったが、とりあえず、先ほど亘先生にした話をそのまま伝えた。僕が岡部を疑う理由。それを木村の母親が抱いた不信感などを織り交ぜながら説明した。


「なるほど。一見、スジの通った話に聞こえるわね」

 道元先生の言葉に小さな棘が混ざった気がした。

「一見? どういうことですか」

「あなたの考えは間違っているって言っているの。馬鹿や阿呆という漢字を使ったから頭のいい銀河君が犯人だと決めつける、その推測は根本から間違っている」

「間違い?」

「更にいえば、それこそが真犯人の策略だったのよ」


 自分の意見を否定されて、僕の中に怒りに似た感情が沸き起こった。岡部が犯人ではない? 策略? 一体何を言っているんだ。


「間違っているって、どこがですか」

「全部間違っている。というか真逆なのよ。悪戯書きに漢字を用いているということが、逆に銀河君は犯人ではない、ということを証明している。言ってしまえば、銀河君を貶めるはずだったその落書きこそが、犯人を特定する材料になった」


 岡部が犯人ではないことの証明? 漢字を書ける児童が他にいるということか。それとも、木村を狙う動機のあるものが他にいる? いや、違う。逆なのだ。岡部だけが漢字を書けるのではない。岡部だけは、漢字を書くことができない……。


 その時、頭の中に閃光が走った。


 そうだ。考えてみれば当たり前じゃないか。僕は、一体何を血迷っていたんだ。

「そ、そうか。岡部君じゃない。彼では、決してあり得ない」

「何です。一体、どういうことなんですか」

 亘先生はまだ気が付いていない様子だった。しかし僕の中では、はっきりと結論づけることが出来た。犯人は、けっして岡部ではない。では、一体誰が……。


「悪いけど、詳しい話をしている暇はないわ。いい? これからわたしが指示することを、ちゃんと遂行してほしいの」

「遂行って、一体何を……」

「まず、亘先生は職員室に戻って待機していて頂戴。その間、亘先生と麻倉先生は、隣町にある私立A中学校まで行ってきてほしいの」

「ちゅ、中学校ですか。それは、どうして……」


 私立A中学校。この辺りでは抜群の偏差値を誇る学校で、うちの児童でも時々そこを受験して合格する子がいる。しかし、今この場では全く関係のない場所だ。そこに行けというのはどういうことだろうか。


「そこで、ある生徒を一人、連れてきてほしいの」

「生徒?」

「ええ、その生徒が、一連の事件の犯人よ」

 中学校の生徒が犯人? 彼女は一体、どうしてそんな結論に辿り着いたのだろう。中学生が目撃されたという情報などないし、そもそもA中学校に、木村のことを知っているような人間が……。


「道元先生、あなたまさか……」

 いや、一人いる。中学校に通っていて、木村翔のことをよく知っている人物。だが、そんなことって……。






「翔君を暴行し、さらに意図的に銀河君を犯人に仕立て上げようとした犯人。それは、木村翔の兄で市立A中学校三年一組の生徒、木村大助よ」



「ちょっと待ってください! 木村大助が犯人って、何の根拠があって……」

「だから、それを話している時間はないの。でも、彼が犯人であることは確かよ。これは絶対に間違いない。いい? 今すぐに中学校に行ってちょうだい。さっき中学校に連絡して、彼を待たせてあるから……あ、ちょっとごめんなさい」

 話を打ち切り、道元先生はポケットから携帯電話を取り出した。


「もしもし、ああ、久茂先生? 随分早かったわね。二人は見つかった? え、あ、そう。いえ、いいわ。彼だけでも連れてきてちょうだい。それじゃ」

 道元先生は電話を切り、再び僕たちに向き直った。

「木村君は先に帰ってしまったらしいわ。ま、それはいいとして、麻倉先生と児玉先生、自分たちがすること、分かっているわね」

 はい、と麻倉先生が返事をし、こちらに目配せをした。

「あの、僕は職員室にいればいいんですか」

 亘先生が道元先生に尋ねた。

「ええ、お願い。私も、ちょっと出てくるから」


「さ、じゃあ行きましょう、児玉先生」

「あ、え、はい……」

 彼女にいわれるまま、僕は会議室を飛び出した。木村大助が犯人……予想もしていなかった展開に混乱しながらも、僕は下校する児童の波をかき分けながら、昇降口へと向かった。


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