episode3-6.5
「お母さん」
「あらお帰りなさい」
「お母さん、また学校に行ったの?」
「ええ。先生と少し話をしていたの」
「……何の話」
「あなたは気にしなくていいことよ」
「……また変なことを言ったの?」
「変なことなんか言っていないわ。当たり前のことを、先生に要求しただけよ」
「……いい加減にしてよ」
「え」
「いい加減にしてよ! お母さん、先生にいつも変なこといっているんだろう! 学校で噂になっているんだ! うちのお母さんは、クレーマーだって!」
「ク、クレーマー? 違うわ、私はただ、あなたが勉強に集中出来るような環境を……」
「なにが勉強出来る環境だよ! お母さんのせいで、友達から悪口を言われるんだ。もうやめてよ、迷惑だよ」
「ちょっと、一体どうしたのよ、ねぇ、どうしたの。どうしたの。どうしたの。どうしたの。どうしたの。どうしたの。どうしたの。どうしたの。どうしたの。どうしたの。どうしたの。どうしたの。どうしたの。どうしたの。どうしたの」
いつの間にか眠っていたようだった。最近、少し忙しかったからかもしれない。こんな埃くさい場所でウトウトするなんて。しかも、あんな嫌な夢。
母は、よく夢に出てくる。深層心理からくるものだろうか。よくも悪くも、母は自分に大きな影響を与えた人物だから。
だが、夢は夢だった。それは、決して真実ではないし、鏡でもない。今の夢も、記憶と合致するのは、母に、何の話をしたのか尋ねる場面までだった。後半の不満をぶつける場面は、妄想だ。母にそのような思いをぶつけた覚えはなかった。たった一度も。
まだ小さかった頃、母はすべてにおいて正義だった。勉強に関しても、遊びに関しても、友達に関しても。母に逆らうことが許されなかったわけではない。母に逆らうことがあり得なかったのだ。
現実には、母は正義、ではなかった。むしろ、自分勝手が染み付いたわがまま人間で、世間的に見れば悪以外の何者でもなかったはずだ。しかし、母は正義であってほしかった。母の正義を疑うことなどしたくなかった。なぜか。彼女を否定することは、自分自身を否定することのように思えたからだ。だから、母への不満を吐き散らすことなく、彼女の言うことをすべて信じた。彼女が望む優等生であり続けた。
動物を虐め始めたのは、母への鬱屈した思いをねじ曲げ始めた、あのころだった。自分の中の怒りなどを抑制しているうちに、何かを虐げることが癖になってしまったのかもしれない。……いや、違う。教師におかしなことを要求する、母の行動に影響を受けたのだ。母のせいだ。母のせいだ。
しかしそのうち、動物だけでは飽き足らなくなった。小動物を虐めた上で殺すことでストレスを発散できたのは、せいぜい一ヶ月くらいだった。
標的は、人間になった。
力の弱い者や、意思が脆弱な者を虐げることほど愉快なものはなかった。彼らの泣き声や懇願は、そんな愉快な場を盛り上げるスパイスでしかなかった。
これは断じていじめではない。強いものが弱いものを屈服させる、狩りだ。
今日も扉が開かれる。獲物が、餌食になることを知りながらも、虎の住む洞窟へやってくる。
「こんにちは、木村君」
獲物は、今にも逃げ出したい気持ちでいっぱいだろう。
でも、そんなこと、許しはしない。
絶対に。
絶対に。




