第3話 運命は、変わらなかった
「もう一度言います」
千冬が静かに言った。
「本日、再度千堂千春は死にます」
玲は机を叩いた。
「やめろよ」
声が荒くなる。
「もう一回死ぬってなんだよ」
「現実です」
千冬は淡々としている。
「昨日、あなたは彼女の死を体験しました」
「……」
「そして時間が巻き戻りました」
俺は頭を抱える。
「そんなのありえない」
「ですが起きています。これが昨日の観測データです」
千冬はバッグからタブレットを取り出した。
画面には、同じ地点の記録が二つ並んでいる。
SPRING LOOP
Layer 1
Layer 2
「同じ出来事が二度発生しています」
「つまり」
千冬が俺を見る。
「あなたは二回目の春にいます」
沈黙。
頭が追いつかない。
でも一つだけ分かる。
俺は昨日、確かに千春の死を見た。
そして今、昨日と同じ朝だ。
「……助けられるのか」
千冬が少しだけ目を細めた。
「理論上は可能です」
俺は立ち上がる。
「ならやる」
千冬が言う。
「ですが」
「なんだ」
千冬が言う。
「世界のルール、因果を知らないまま動けば、結果は変わりません」
俺は拳を握る。
「それでも行く。俺は千春姉ちゃんを助ける」
千冬は数秒黙った。
そして言った。
「分かりました」
「私も同行します」
夜。駅前の繁華街。
ネオン。人の声。
昨日と同じ景色。
俺は立ち止まる。
「ここだ」
胸がざわつく。
嫌な予感。
しかし昨日とは違う。
俺の隣には、千冬がいる。
「千春の勤務先は?」
「三軒先の店だ」
俺は言う。
「そこで見た」
千冬が小さく頷く。
「では、出てくるまで待ちます」
数十分後。
店のドアが開いた。
見覚えのある姿。
ドレス。
巻いた髪。
千堂千春。
「……いた」
千冬が言う。
「接触しますか?」
俺は首を振った。
「まだだ」
そのとき。後ろから声がした。
「千春ちゃん」
背筋が凍る。
振り向く。
スーツの男。
昨日の男だ。
「……来た」
千冬が呟く。
男が近づく。
「今日も可愛いね」
千春が後ずさる。
「やめてください」
俺は前に出た。
「帰れ」
男が睨む。
「ちっ、なんだおまえ」
ナイフを取り出す。
しかし。
今回は違う。
俺は動いた。
男の腕を掴む。
ねじる。
「うぐっ」
ナイフが落ちる。
千冬がすぐ拾う。
俺は男を地面に押さえつけた。
「警察を呼びます」
千冬が言う。
男が暴れる。
しかし。
もう終わりだ。
千春が呆然としている。
「玲くん?」
俺は笑った。
「千春姉ちゃん、もう大丈夫だよ」
だが。
胸の奥のざわつきだけは、消えていなかった。
そう思った瞬間だった。
遠くでクラクションが鳴った。
嫌な音。
振り向く。
道路。
車のライト。
暴走車。
「……え」
千春が立っている。
歩道の端。
車がまっすぐ突っ込んでくる。
俺は走った。
「千春姉ちゃん!」
しかし遅い。
衝突。
鈍い音が夜に響いた。
千春の体が宙に浮く。
そして道路に叩きつけられた。
静寂。
「……嘘だろ」
足が震える。
俺は駆け寄る。
「千春姉ちゃん!」
血が広がる。
千冬が立ち尽くしている。
「……因果が修正された?」
千冬が呟く。
「千堂千春が死ぬ結果だけが、別の形で残ったんです」
俺は叫ぶ。
「ふざけんな!」
世界が歪む。
空気が割れる。
チリン。
そしてまた聞こえる。
鈴の音。
遠くで、誰かが笑った気がした。
視界が白くなる。
目を開ける。
朝。
同じ天井。
同じ日付。
四月十四日。
俺はベッドの上で息を吐く。
「……くそ」
拳を握る。
昨日、俺は確かに助けた。
それでも千春は死んだ。
ドアがノックされる。
コンコン。
「一ノ瀬玲」
千冬の声。
俺は言う。
「分かっている」
ドアを開ける。
千冬が言った。
「ループしましたね?」
俺は頷く。
「ああ」
そして言った。
「でも次は絶対助ける」
千冬が静かに言う。
「春はまだ、終わっていません」
チリン。
遠くでまた鈴が鳴った。




