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第1話 幼なじみが、俺の腕の中で死んだ

幼なじみが、俺の腕の中で死んだ。


その日、彼女は消えた。


――なぜか、そう思った。


それは、何度も繰り返された、春の終わりだった。





降りしきる雨。


鳴り響くクラクション。


路肩に突っ込んだトラック。


割れたフロントガラス。


ワイパーだけが、空しく動き続けている。





そして――


俺の手は、血で濡れていた。


「千咲!」


俺は彼女の体を抱き寄せた。


幼い頃からずっと一緒だった幼なじみ。


千咲は、かすれた声で言った。


「……よかった」


呼吸が浅い。


千咲の肩から、ふっと力が抜ける。


「玲が無事で……。これで……やっと終わる」


そして――


千咲の手が、ゆっくりと落ちた。


「……千咲?」


返事はない。


「千咲?」


揺らす。


「千咲――!!」





チリン。


耳の奥で、鈴の音が鳴った。


小さい。


それでも確かに、聞こえた。


その瞬間。


空気が歪む。


どこか遠くへ――


世界が、滑り落ちたような感覚だった。






目が覚めた。


春の朝は、少しだけ寒い。


窓を開けると、柔らかい風が入ってきた。


四月十二日。


大学生活の始まり。


今日は最初の授業の日だ。


なのに――


胸の奥に、妙な違和感があった。


「……またあの変な夢か」


事故の夢。


でも――思い出せない。


夢の中で、誰かが倒れていた。


それだけは覚えている。


なのに、その人の顔が思い出せない。


「千咲……??」


知らない名前だった。




スマホを見る。


時間は七時半。


「大学、行くか」


制服じゃない服を着るのは、まだ少し変な感じだ。


大学までは、家から歩いて二十分。


街はもう春の空気だった。


桜が散り始めている。


歩きながら、また胸がざわつく。


「……なんだったんだろう」


夢の妙なリアル感が残っている。




そのとき。


後ろから声がした。


「一ノ瀬玲」


振り向く。


そこにいたのは、小柄な女性だった。


白い髪に紫のインナーカラー。


ショートカット。


紫縁の眼鏡の奥から、冷たい瞳がこちらを見ていた。


知的な雰囲気。


「……ええと?」


「千堂千冬」


淡々とした声だった。


「あなたと同じ大学の二年。化学科です」




千堂。


その名前は知っている。


この街で有名な資産家の家だ。


幼い頃、母がそこで家政婦をしていたことがあり、俺は何度も遊びに行っていた。


「ああ、千冬か……」


千堂家の四女。


何度も会ったことがある。


研究サンプルだとか言って、最近も付きまとわれていたっけ。


見た目は年齢よりずっと幼く見える。


とはいえ、年は一つ上だ。




千冬は、俺をじっと見ていた。


「一ノ瀬玲」


「なんだ?」


「あなたに質問があります」


「いきなりだな」


千冬は表情を変えずに言った。


「最近、奇妙な夢を見ませんでしたか」


俺は固まった。


「……なんで分かる」


「観測です」


観測?


軽い言い方じゃない。


まるで確信しているようだった。


「事故の夢」


千冬が言う。


心臓が跳ねた。


「……」


「車」


「誰かが死ぬ」


俺は黙る。


なぜ千冬が知っている?


千冬は続けた。


「あなたは時間の異常に巻き込まれています」


「は?」


「この世界は壊れています」


完全に意味が分からない。


「……何言ってるんだ」


「まだ説明はできません」


千冬はそう言って歩き出した。


「ただ、これだけは言っておきます」


振り返る。


「この春に、あなたの大切な人が死にます」


背筋が冷えた。


「誰が?」


千冬は少しだけ目を細める。


そして、わずかに考えてから言った。


「千堂家の長女。千春です」


俺は立ち止まった。




千堂千春。


千堂家の長女。


昔、よく遊んでくれた人。


明るくて、優しくて、少し大人びていた。


「……千春姉ちゃんが?」


「はい」


「そんなわけ――」


言いかけて、止まる。


胸の奥がざわついた。


嫌な予感がする。






そのとき。


チリン。


頭の奥で、鈴の音が鳴った。


どこから聞こえたのか分からない。


ただ一つだけ確かなことがある。


世界が――わずかに、ずれた。


――春が、始まろうとしていた。

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