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エピローグ 勇者達のレシピ


 二百年以上の時が経っていた。

 広漠とした大地。魔族に堕とされた都市。

 その国の王城、王の間。

 リッタとミスティ、金髪の背の低い少年と、黒髪の背が高めの少女の前に、魔王の尖兵が玉座に君臨していた。

 城内は凶悪化した魔物の死骸が山となっていた。

 全て、リッタとミスティが狩り尽くしたから。


「久しいなリッタ。そして忌まわしきミスティ」


 玉座の尖兵は歪な大蛇の顔に複眼。その体躯は大人の数倍はあろうかというほどで、四本の腕には、それぞれに武器を握っている。

 盾に剣に杖。

 戦闘と魔法、近接と遠距離全てをこなす万能型の魔王の手先。


「忌々しい勇者の血を色濃く受け継ぐ者たちよ。我が部下を倒したことは認めよう。だが、我が主君、魔王様復活の前に、食いちぎり血祭りにして――」


 桜色の髪の竜が武器を、尖兵に向けた。

 巨大な銃型の魔工具に魔力を通すと、周囲の魔力を吸い込みながら光の渦となり、銃先に溜まっていき、圧縮され、極小の黒い球体となる。

 そして宣言した。


「今世の勇者には指一本触れさせねぇですよ」


 射出。

 魔力の渦が城外へ閃光となって迸った。

 遅れて轟音と突風が建物全てを空に吹き飛ばす。

 

「ふざけてるのか⁉︎ な、なんだあの桁外れの魔法は⁉︎ 一体何が⁉︎ 何がどうなって⁉︎」


 尖兵は命からがら、王城の上空を滑空していた。

 振り返り、城内の桜色の髪の化け物を見る。


 尖兵は玉座に座っていたが、決して隠れるだけの魔族ではない。

 数千年前から幾度も勇者候補を(ほふ)るほどの武闘派だった。事実、今世でも既にこの都市を堕としている。

 前世は異端の勇者に、最強に至る前の魔王をやられてしまったが、今世は着々と準備を進めようと、手始めに守りの薄かったこの都市を襲った。

 正直安牌と思っていたが、想像以上の抵抗にあった。

 前世は早々に魔王がやられてしまい、人類側に生き残りが多かった分、人類が栄えているからか、強い者が多かったのだと解釈していた。

 だがこの程度なら魔王様が復活すれば、とも思った。

 倒せない者たちではなかったから。


 だが、どの世代でも一番最初に魔王が屠ってきたはずのリッタの一撃は、異次元だった。伸びしろが有り、脅威になり得るから最初にリッタを狙っていたのだが……今世は成長している可能性はあったが、それを踏まえても別次元の一撃だ。

 見たこともない形状の武器。

 精緻な魔法陣が、あり得ないほど多重に瞬時に展開された。

 魔力の吸引、生成、極圧縮化、そして神速放出。


 生き残ったのは運が良かった。

 100回、目の当たりにして、100回即死するような一撃。

 射出される瞬間、玉座から羽虫のように飛び降りた。

 尖兵は直感だけで死の寸前の生を掴んだ。

 右の半身を抉り取られた身体、死に体寸前になった尖兵は、とにかく全力で宙を飛んでいた。

 生き残って仲間に知らせなければならない脅威だから。


「ふ、ふ、ふざけるな!」


 だが空は既に、桜色の竜が持っていたのと似た形の武器が、四方八方に取り囲んで、その冷たい銃口を尖兵に向けていた。

 怒鳴るしかなかった。あまりにも理不尽だから。

 逃げ道はない。

 高く飛ぶしかない。

 無駄だと分かっていて、それしか選択の余地がない。

 だから天に向かって馬鹿の一つ覚えに飛んだ。


 銃口が狙いを定めている気配を感じた。

 殺意ではない。冷たい何かが迫っている。

 命のやり取りの楽しさもない。心踊る瞬間も一切ない。

 ただの、排除。


「ふざけるなふざけるなふざけるなあああああ!」


 こんなことあっていいはずがない。

 尖兵は決して弱くはなかった。

 常に生きとし生ける者を恐怖で支配し、理不尽に強い存在であり続けていた。

 どの世代もそうだった。

 今は必死に天に向かって叫んでいる。


「魔王様が必ずッ!」


 最後の瞬間、心の中では勝てないかもしれないと、思ってしまった。

 数十と追撃する閃光に晒され、尖兵はカケラ一つ残らず、今世を終えた。


……。


 崩壊した城を離れて、野営をしていた。

 背の高い黒髪の少女、チヨがリッタを正面から抱きしめる。


「ねぇ、リッタさん、何で城の中の魔物達も消しとばしちゃったのっ。うまく料理できれば美味しいかもしれないのにっ。ねぇっ。なんでっ」

「でかい胸で息できねぇです! ふがっ。おい、チヨやめやがれですっ!」


 エルとアリシアの血を色濃く受け継ぐ子が、リッタに身体全体で甘えている。チヨにとってリッタは、幼い頃からずっと守ってきてくれていた存在だった。


「何でもクソもねぇです! チヨが隠れて料理するかもしれねぇから、もし毒でもあったら大変じゃねぇーですか! ミスティ止めてくれですよ!」

「私が止めるわけないじゃない★ こんなにあの子達に似ている子のすることを★」

「ぐぅっ」

「ミスティさん好きぃっ。ねぇ、リッタさんも好きだよぉ」


 チヨの瞳は光彩が少なく、ぐるぐるとしていた。

 チヨはどうしても料理を作りたかったから。どんな料理も手間暇を惜しまず、調理すれば、必ず美味しくなるのだという信念があった。

 食べて喜んで欲しい人が沢山いるから。

 

 彼女の言動からは、ズレた常識と危うさと献身が、如実に伝わってくる。


「料理して、皆に喜んで欲しかったんだもん」

「チヨはどこまであの子達にっ。料理ジャンキーが過ぎるじゃねぇーですか! おい。シル! さっきから魔工具弄ってねぇで、チヨを止めやがれです! シルの言うことなら聞きやがるからっ」


 ヴァイオレットコーポレーションの跡取り候補の一人、金髪の背の低い少年、シルには聞こえてなかった。どこかの誰かを思わせるような過集中。パタパタと手を動かしながら、目を輝かせて、リッタの使用していた魔工具をせっせと直している。


 二百年以上の時を経て、武器の魔工具化が進んでいた。その中にあって、誰にも再現できない、オーダーメイドの竜専用魔工具がある。

 リッタの魔力を最大限活かすためのもの。

 シャルロッテ・フォン・ヴァイオレットという一人の天才が、大切な友のために、お菓子以外に唯一情熱を注ぎ作製した、最高傑作の一つ。

 彼はそれを前に、満面の笑みで修理していたのだ。

 

「ねぇリッタさんっ邪魔しちゃだめだよぉ。ねねっ。それよりもさっ今度は魔物の料理させてっ。シルちゃんに喜んで欲しいし、リッタさんとミスティさんにっ、褒められたいのっ。ねぇ、いいでしょ?」

「分かったでごぜぇーますから、料理していいでごぜぇーますから、離してくれ、でごぜぇーます」

「いやだよ? それとこれとは別だよね」


 チヨに抱きしめられたままリッタは諦めた猫のように、ミスティを見つめるのだった。その視線の先で彼女は口元を隠して笑っていた。

 そのやり取りを我関せずと、一人歓喜の声をあげて喜ぶシルのドタバタが、彼女たちの旅を象徴していた。


……。


 世界一の大都市、アクアテラ。

 二百年の時を経て、様変わりしていた。

 魔術協会と既得権益に対抗するヴァイオレット・ハインリッヒの二大貴族の闘争の果て。その情熱による完全勝利による恩恵だ。

 王政や貴族は形骸化され、民主導となり、魔工具あふれる世界に変わっていた。

 結界すら構築できるようになり、聖女すら解放された世界の訪れ。

 今もなお、アクアテラの中心で皆を見守っている塔は、歴史の建造物として、一般民に公開されている。


 行き交う人々の数も桁違いに増えていた。


 王都アルカディアからアクアテラまでは直通の寝台魔導列車が開通していたから。結界技術を応用し、列車の周囲には魔物探知型の魔工具結界が配置され、魔物が近づけない仕様になっている。

 区画整備された田畑や大規模農園はそのままに、結界をすり抜ける魔物に対し、対魔物用防衛魔工具が外周に点在していた。


 都市の内部には、近未来が広がっていた。

 時折、セレニウムの花の家紋をつけた魔導車が宙を飛んでいる。花言葉は『情熱』、元ヴァイオレットの家紋、現ヴァイオレットコーポレーションの証であり、アクアテラの今を象徴するモノであった。


 リッタ達が依頼された魔族の討伐に出立して10日が経っていた。

 アクアテラは相変わらず、にぎやかだった。

 行き交う人々の笑顔が眩しい。

 飯屋の数が多く、どの店も情熱にあふれていた。

 当然だ。しのぎを削る料理人たちの憧れの地になっているくらいなのだから。


 そんな中、我関せずと、金髪の少年が小さな身体をめいっぱい伸ばした。


「愛しの我が故郷っ! 今日は何作ろうかなっ!」

「何言ってんでごぜぇーますか。まず飯でごぜぇーます。何よりも飯。その次にやりたいこと。約束したでごぜぇーますよ」

「そうよ★」

「ぐぇ。リッタは誤魔化せるけど、ミスティは無理だ」

「どういう意味でごぜぇーます?」


 シルがリッタとミスティに首根っこを掴まれていた。

 放っておくとシルは寝食を忘れて魔工具作りに没頭してしまうから。

 リッタとミスティが、皆で一緒に飯を食べたいという感情が9割であるが。


 四人が選んだのはアマツの国出身の者が営業する店屋。

 店内に入って座敷に座り、注文をする。

 おだんご、おにぎり、お茶、てんぷらに寿司にうどんにそば。


 二人の竜は泣きながら食べていた。

 思い出の味とは違っているけど、面影を感じるから。

 四人で食べると思い出してしまう。

 大切な記憶を。

 

「リッタさん、ミスティさん、また泣いてるぅ……」

「うめぇんです。チヨ。うめぇと涙が出るもんなんでごぜぇーますよ」

「そうよ★ これがね一番いいの★」


 シルがおにぎりにかぶりついた。

 むせた拍子に、チヨがお茶を渡すと、ごくごくと飲んだ。

 生意気盛りな少年が、頬にご飯粒をつけている。

 チヨがじっと見つめていた。

 その指先が宙を彷徨っている。


「気持ちはわからんでもないなっ! 確かに俺も、リッタやミスティがチヨの料理食べて泣くくらいうまい時には――」


 ところがそれ以上に嬉しい言葉の気配にすべてが吹き飛んだ。


「——本当⁉ シルちゃん本当にそう思ってくれるの⁉」

「ま、まだ言ってないだろっ! それに抱きしめるのやめろっデカ女っ。食事中に遊ぶと二人にお説教されるぞっ!」


「うっ。またデカ女って言った。二人は食べるのに集中しているから見てないよっ。いつものことだもん。私以外の料理を褒める人は放っておいていいの。いつかぎゃふんと言わせるんだからっ。あ、それに私がデカいんじゃなくて、シルちゃんが小さ過ぎるだけだよっ」

「小さいって言うなっ」


「ねぇ。何でいつも怒るの。褒めてるんだよ? 小さくてかわいいから。いいなって。ずっと小さいままでいて欲しいなぁ。お願い、このままでいてねっ、お願いお願いお願いっ」

「褒めてねぇよ⁉ 呪いみたいに耳元で囁くのやめろよっ⁉ でけぇ胸も当たってるし」

「えへへ。今日何食べたい? 何でも作るよ。沢山想いを込めるね。背がちっちゃくなるといいね」

「呪われてる⁉ 飯食って泣いてねぇで助けてくれリッタっ! ミスティっ! 呪いで小さくなっちまうよっ!」


 泣きながらお代わりを続ける二人には、叫びは何も届いていなかった。


……。

 

 リッタとミスティは、裏通りで天使のラフィナが来るのを待っていた。

 魔族討伐の報告のためだ。


 二人は表通りの行き交う人々を見て、笑みを浮かべた。

 街にはエルの痕跡が溢れているから。

 寂しさがないと言えばうそになる。

 本音で言えば寂しくて仕方がない。

 でも、それ以上に、今を生きたいと思わせてくれるモノで世界が溢れていた。

 ラーメン、チョコ、クレープ、米料理に麺料理。

 空を飛ぶ箱、生活のための魔工具。

 そして、エル達が残してくれた、大切な人達。


 二人の竜は日々、人の情熱が世界を変えていく過程を目の当たりにしていた。


 ミスティがそんな世界を見ながら口を開いた。


「リッタ。話をしてもいいかしら。私の最愛の、初めての、勇者の物語を」


 桜色の髪の竜は小さく頷いた。

 ミスティが独り言のように呟いていく。


「最も怨念渦巻く地の……魔物に囲まれた所で見つけたの。異世界レシピという禁忌の教典が見える、呪われた子供だった」

「異世界のあらゆるレシピが載っている邪法の教典」

「魔王になることもできた誘惑の書」

「最初は警戒から観察してたのよ。彼から魔王が生まれるとも思った。魔王にならずとも、世界を滅ぼすとも思ったから」


 ミスティが笑った。深刻な空気が変わり、リッタもつられて笑う。


「出会った頃はまさかこんな使い方をするなんて、思ってもみなかったわ。だって料理よ。変わった物ばかり作って、時にお腹を壊して。こんな勇者いる? 私の勇者、変じゃない? でも――」

「エルの料理は皆を笑顔にしてきやがりました。200年以上、何度も見てきたのでごぜぇーます。あたしはその度に誇らしい気持ちになるんです」

「えぇ。本当に、心から守りたいと思える、愛おしい世界になったわね」


 神に愛されるだけの勇者では……たった一人だけでは、到達出来ない高みに辿り着いた光景が、二人の目の前に広がっていた。

 誰かのために、何かのために、人が人へとその情熱を紡いでいった結果の世界だった。


「エルの料理は、いつだってあたしに生きる勇気を与えてくれるのでごぜぇーます。ミスティの勇者なのかもしれない。でも、あたしにとっても勇者なんです。だから今度はあたしが、エルの作った情熱を、守ってやります。……絶対にこの世界を魔王なんかに壊されるなんざ、あってはならねぇーんです」


 ミスティは一番聞きたい言葉を聞けて、同志を抱きしめた。

 リッタもされるがままでいる。

 満願の叶う世界で、路地裏から、リッタとミスティは闘志を燃やしていた。


 使命だから嫌々守るのではない。

 ただ守りたかったから。


 竜たちは願う。


 世界の平和を。

 美味しい料理が溢れる世界を。

 人々の笑顔を。


 人々の情熱を引き継ぐ一助となるために、できることがあるのなら……。


「頑張りましょうねリッタ★」

「あったりめぇです! やったるでごぜぇますよ、ミスティ! ()()()を守るのがあたしたちの存在意義なんですからっ!」


 勇者達——生きる勇気を与える者は世界に沢山いるのだから。








(完)

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