海底神殿2
遠征当日、空は快晴。指示書によって具体的な海底神殿の場所やその道筋などを完璧に把握した私たちは、カルメラさんの前に立つ。
「それでは気をつけて行ってきなさい。」
「かしこまりました。行ってまいります。」
三人は魔法によって宙に浮くと、グルンレイドの屋敷を出発した。
「海底神殿って思ったより近い?」
「カブの港から東の海底ですので、一般的には遠いと思いますが、私たちの移動速度であればすぐに到着しますわ。」
三人の飛行速度も訓練の末に大幅に向上している。魔力の扱い方も上達し、飛行にかかる魔力消費もかなり抑えられていた。
「フリーマウンテンは通りますの?」
「私は通りたいけどなー」
いつもは迂回して飛行していたのだが、フリーマウンテンを実際に見てみたいという気持ちがあった。授業でフリーマウンテンには盗賊が潜んでいるという話は聞いているが、実際に通過したことはない。
「私も一回は見た方がいいと思うから、今回は通る。」
「わかりましたわ。」
「了解ー」
移動時間的にも少し短縮できるということで、三人はフリーマウンテンの上空を飛行することに決めた。一般の冒険者や実力が不十分な者であれば、はるか上空に出現するグリフォンなどの魔物が脅威となるため地面すれすれに飛ばなければいけないが、私たちには脅威とならないので問題はない。地面から百メートル以上離れた地点を飛行していた。
「あ、魔物の反応。」
かなりのスピードで移動しているが、それに向かって右斜め前から突進してくる二つの反応をリアは感じ取ったようだ。
「この速度についてこられる魔物はグリフォンですわね。」
危険度はBに設定されていて、フリーマウンテンの頂上に生息していることが多い。地上で戦う場合はランクBの冒険者でも討伐が可能だが、空中戦となるとその難易度は跳ね上がる。
「倒して。ドロップ品はいらない。」
「「了解!」ですわ!」
強敵には具体的な指示を出すのだが、このような弱い敵には特に指示を出す必要はなかった。
「グギャァァ!」
「華流・周断」
まずは先頭の一匹をリアが真っ二つに切断する。
「バルザ流・断頭!」
続いてきた残りの一匹をアナスタシアが切断した。空中でグリフォンは消滅し、魔石とドロップアイテムであるクチバシが地面に落ちていく。
「今の私たちがムムツの谷底に行ったら、前より楽に攻略できるのかな?」
グリフォンなどいなかったかのように、リアがそう話し始める。
「今だったらあのカマキリの魔物は一人で抑えて見せますわ!」
「まあ、上層や中層は隠蔽魔法を使う必要はないかも。頭のいい魔物はよってこないから。ただ、こだまはまだ私たちの実力では無理。」
「やはり時間魔法の習得が必要ですわね……」
飛行魔法、空間魔法、精神魔法、炎魔法、水魔法など、魔法にはさまざまな系統があるが、その中でもっとも難しいとされるのは時間魔法である。
「これからいく海底神殿も強い魔物がいるんだよね。危険指定区域だし。」
「そう。でも出現する魔物に限ればムムツの谷底の方が強い。……全てが水で満たされているから戦闘はかなり難しいけど、結局同じくらいの強さかも。」
「危険指定区域は環境も厄介なこと多いよねー」
このような雑談を続けている間に、フリーマウンテンに差し掛かろうとしていた。
「この下がフリーマウンテンですわね。」
「特に変わってる山ではないと思うけど……いや、変な魔力があるね。」
「あれが盗賊。」
「あ、気づかれちゃった。」
観測魔法は対策をすることによって、逆探知をすることが可能だ。腕の立つ盗賊は常に観測魔法対策を行っているため、リアの観測に気づいたようだった。
「無視してそのまま飛ぶ。」
「「了解」ですわ」
盗賊はグルンレイドには手を出さない。こちらからアクションを起こさなければ問題はないと判断した。
「結構強かったね。」
「負けることはないと思いますけど、戦いたくありませんわ……」
「どれほどの戦力なのか、今度フリーマウンテンについてローズの人に聞く。」
「お願いしますわ。」
そのような会話をしながらフリーマウンテンを越えると、視界に王国が見えてくる。
「山賊の被害が多発しているというのに、王国からフリーマウンテンを通ってグルンレイド領へ移動する貴族が後をたたないのはなんで?」
リアがそんな疑問を投げかける。
「わからない……けど、私の予想は王国に盗賊の仲間がいてフリーマウンテンは安全だとそそのかす、とか。」
実際のところはわからないが、そうでなければ説明がつかないと私は考えていた。
「ローズになって行動範囲が広がればもっと多くのことを知ることができる。その時に調べる。」
「それもそうだね。」
メイド見習いは遠征以外で、グルンレイド領より外に出ることを許されていない。しかしローズの称号を受け取ると、その行動範囲の制限はなくなるので世界のどこへでも行くことができる。
「どうする?王国によっていく?」
「いや、特に用事もないから寄らない。」
リアは少し残念そうな顔をしていたが、任務が優先なので従ってくれた。
「あれ、王国騎士団ではありませんの?」
王国へ帰る途中なのだろうか、鎧を身に纏った軍勢が行進していた。
「ほんとだ、何をしてきたんだろう。戦闘訓練かな?」
「それにしては旗も掲げていて、重厚な装備ですわよ?」
「南から来てるってことは……獣人国に行っていたのかも。わからないけど。」
王国から南へ移動すると獣人国という獣人が多く住んでいる国が存在する。人間と獣人は仲が良いというわけではなく、お互いがお互いのことを見下しているという状態だ。もし獣人国と王国が接触していたのであればかなり不可解なことなので、このことはカルメラさんへ伝えようと決めた。
王国を通り過ぎ、さらに東へ移動するとトリエ山脈が見えてくる。この向こう側がカブの港であり、その先は海が広がっている。
「この山脈にギガントボアが出るって、授業で聞いたことがある。」
「ギガントボア、ですの?」
「うん、でっかいボアで頭に宝石がついてるらしいよ。」
ギガントボアの頭についている宝石はさまざまな種類があるという。授業では希少な素材が手に入る魔物として紹介されていた。
「トリエ山脈に入るよ。」
がいうが、三人の見える景色は空中なのでそんなに変わることはない。ただリアは周辺の魔物の危険度が少し上がっていることを観測しているようだった。
「この山には整備された道があったはずだよね。」
「そうですわね。そこを通れば比較的安全にこの山を越えられますわ。」
馬車が通れるほどの道を作り、その端に魔物よけの魔道具を並べて安全性を保っている。トリエ山脈の平均危険度がBとやや高めだが、その魔物よけの魔道具はしっかりと追い払うことができていた。
「王国が消費する魚介類は全てカブの港から輸入してくるから、移動時の安全確保は重要。」
「授業で習ったよね。」
グルンレイドでは世界学を学び、王国とグルンレイドの関係、その周囲の街、さらには魔界などの遠い場所の情勢も学習する。
「あれが山頂。」
「ってことはここを抜ければ……。」
次の瞬間、はるか上空からでも視界の全てを埋め尽くすほどの広大な海が広がった。
「すごい……。」
「やっぱり美しいですわね。」
二人の感嘆の声が聞こえた。私は初めて見る海に、思わず空中に止まってしまう。
「メルテちゃん……?」
リアとアナスタシアも空中にとまり、不思議そうにこちらを見ている。
「広いんだね。」
その言葉を聞いて二人は再び海の方を見た。太陽光が反射して目が眩んでしまうほど美しい海は、世界の広さを感じさせるものだった。
「私も早くローズになってもっといろんなことを知りたいかも。」
「私もそう感じましたわ。」
言葉にはしなかったが、二人と同じ気持ちだった。この景色を見て、もっと多くのことを知りたいと思った。
「そのためにはもっと強くならなきゃね。」
「頑張りますわ!」
私は小さく頷いた。
「じゃあ、いったんカブの港へ行くから。」
「カブの港で一泊して、明日に海底神殿、でしたわよね。」
「そう。」
三人は空中から急降下でカブの港まで移動していった。
——
カブの港に近づくにつれて潮の香りが強くなり、初めての匂いに三人は驚く。
「指示書に載ってた宿に行ってみない?カルメラさんのおすすめって書いてあったよ。」
「いいよ。」
リアの言葉に私は頷く。カブの港に到着した三人は、指示書に記載されていた宿、マリネ亭へと向かった。
「いらっしゃいませ。」
受付の視界にメイド服を着た少女たちが映り少し驚いた様子だったが、丁寧に対応してくれた。
「三人で泊まれる部屋は空いてますか。」
「現在はすべてのグレードの部屋が空いております。」
受付はそう伝えて一枚の紙を三人に見せる。
「ブロンズ、シルバー、ゴールド、スイートの四つのグレードがございます。」
その紙を見ると、三人部屋のブロンズは金貨三枚、シルバーは金貨九枚、ゴールドは金貨三十枚、スイートは金貨九十枚と書かれていた。
「スイートってすごいね!泊まってみたい!」
「別にブロンズかシルバーでいいでしょ。」
「えー」
「そもそもそんな量の金貨持ってきてないでしょ。」
リアはスイートルームに泊まりたいようだったが、私はあまり魅力を感じていなかった。寝られればどこでもいい。
「大金貨なら一枚持ってますわよ。」
「なんで持ってるの……」
「外出時はそれくらい持っているのが普通ではなくて?」
「それはアナスタシアだけ……」
アナスタシアは王国のかなり権力のあった貴族の娘だったと聞いている。どのような理由で没落したのかは知らないが、金銭感覚が平民とはかなりかけ離れていることはよくわかっていた。
「アナスタシアはどのグレードがいい?」
「私はどこでも大丈夫ですわよ。ですがリアさんがせっかくスイートルームに泊まりたいとおっしゃっているのですから、そこがいいのではありませんの?」
アナスタシアは値段で選択肢を狭めるという発想がないようだった。
「そうだそうだ!」
キッとリアを睨むと、リアはサッとアナスタシアの後ろに隠れる。
「はぁ……受付の方、スイートルームでお願いします。」
「か、かしこまりました。」
アナスタシアがカバンから大金貨を取り出すと、テーブルの上に置いた。
「メルテちゃん、ありがと!」
「今回だけだから。」
「わかってるって!」
今回はアナスタシアがすべての代金を支払ったが、後でリアと私は金貨三十枚ずつアナスタシアへ支払うつもりだ。グルンレイドのメイド見習いは毎月大金貨3枚の給与が与えられる。私はもしもの時を想定してお金を使わないように意識しているのだが、このような出費は仕方ない。
「それでは、鍵をどうぞ。」
夜は子供が食事をできる場所がないなどの、いくつかの説明を受けるとリアが鍵を受け取る。受付に頭を下げると、リアはワクワクした様子で部屋へと移動し始め、それについていくように私とアナスタシアも移動した。




