海底神殿3
「うわーすっごーい!」
部屋の鍵を開けた瞬間、巨大な部屋が私たちの目の前に現れる。正面の大きな窓からは、美しい海が一望できた。
「一番高いグレードなだけある。」
「いい雰囲気ですわね。」
三人とも満足できる部屋だった。特にリアは窓の外に広がる海の景色に釘付けになっていて、とても嬉しそうだった。
「昼ごはんは大丈夫だけど、夜は外食できないみたい。」
「仕方ないですわね。ですがきっとルームサービスの夕食も美味しいと思いますわよ。」
「そうだね。」
私たちは認識阻害の魔法を使用すれば夜の街を徘徊することも可能だが、そこまでしてお酒が提供されるお店に行こうとは思えなかった。
「部屋も十分みたことだし、お昼ご飯を食べに行こう。」
リアが満足した頃に私はそう切り出した。
「お腹が空いてきたと思ったら、もう正午ですのね。」
「オッケー!行こう!」
私たちが向かった先はマリネ亭から近くにある海鮮丼屋。かなり開放的な空間で、潮風がゆったりと吹き込んできていた。
「いらっしゃい!」
店に入ると奥の方から元気の良い掛け声が飛んでくる。
「近場のお店に入ったけど、いい雰囲気だね。」
「カブの港の飲食店はどこも美味しいはずですわ。」
アナスタシアの言っていることはおそらく正しい。カブの港は魚料理が中心だが、新鮮な食材が揃っている分、どの店に入っても外れはないのだろう。
「これはこれは、メイド様」
奥から出てきた店主は私たちの着ているメイド服と、そこについている薔薇が描かれた銀色のバッジを見てそう判断したようだ。
「こんにちは。グルンレイドのメイド見習い、メルテと申します。」
「「リアと」アナスタシアと申しますわ。」
私たちは頭を下げると、案内されるままに席に座る。メニュー表などは手元にないようで、壁にメニューが書かれていた。
「ご注文は?」
「海鮮には詳しくありません。何かおすすめのものをいただけますか。」
「あ、私もー!」
「私もおすすめでお願いしますわ。」
「はいよ!」
メニューがあるにもかかわらずおすすめを注文するのは、この世界では悪いことではない。
休日にグルンレイド領の飲食店に三人で食事に行くことはあるが、このようにグルンレイド領の外で食事をすることはほとんどなかった。その土地独自の食材や調理法を堪能することができるので、食事も遠征の醍醐味と言えるだろう。
「お待ち!」
「早いですわね!」
注文してから数十秒で料理が提供される。料理、といってもグルンレイド領で開発された米に、数種類の魚の切り身と卵を乗せるだけなのでそれほど時間はかからないのだろう。
「綺麗……」
新鮮な魚の切り身はキラキラと輝いていて、食欲をそそられるものとなっていた。
「そういえば、私、生の魚食べるの初めてかも。」
「それは楽しみですわね。とても美味しいですわよ?」
リアは元奴隷で、冒険者の荷物持ちだったためろくな食事を提供されていなかった。小さい頃の境遇はアナスタシアとは真逆だったと聞いている。
「「「いただきます。」」」
まずリアがフォークを手に取り、魚の切り身を口に入れようとしたところをアナスタシアに止められる。
「リアさん、ちょっと待ってくださいまし。これをかけて食べるのですわ。」
手元にある醤油が入っている入れ物を差し出す。
「これは……醤油?」
「そうですわ。これをかけるとさらに美味しくなりますわ。」
リアはアナスタシアの言う通りに醤油の入れ物を傾け、魚の切り身に少しかける。そして再びフォークを切り身に突き刺し口に運んだ。
「むふっ!な、なんだこれ!口の中でとろけて……」
リアは口に広がる旨みに顔が緩んでしまっている。
「美味しい……」
私もそうとだけ呟いて、一心不乱に魚を口に運んでいた。
「この緑色のやつは?」
「わさびですわね。辛いので気をつけてくださいまし。」
リアはわさびの塊からほんの少しだけフォークですくうと口に入れる。
「うげっ、辛い!」
リアは辛いものが苦手らしく、丼のはじにわさびを寄せていた。
「「「ごちそうさまでした」」」
海の幸を堪能した私たちはカブの港を探索し始めた。
「結構発展してるんだね。」
「それもそのはずですわ。この場所は極東行きの船が出せる唯一の港ですから。」
極東とはカブの港からはるか東にある島国である。独自の文化が形成されていて、強い武器を求めて冒険者が訪れたり、裕福な王国の貴族などは観光を目的とする場合もある。
「お、魔道具……は基本的なものしかないね。」
出店を見ていると魔道具屋が目に入ったようだが、リアが気に入るものは無かったらしい。田舎に行けば行くほど魔道具の種類や質も落ちてくるが、たまに王国にないような珍しいものもあったりするので一度目を通してみるのも無駄ではない。
「リアさん、変な棒が売ってますわ!」
「釣り竿だね。あれで魚を釣ることができるんだよ。」
「なんだか面白そうですわね。」
アナスタシアが珍しいものを見るように、屋台に立てかけてある釣り竿を眺めていた。
「ねぇ、やってみようよ!」
「私やり方わかりませんわよ?」
「なんとかなるって。」
看板を見てみると購入するほかにレンタルもできるようで、二人は屋台に駆け寄っていく。
「私はパス。先に宿に戻ってるから、終わったらちゃんと帰ってきて。」
と言って私はマリネ亭の方へと歩き出した。
「えー、一緒にやろうよー」
背後からリアの声が聞こえてきた。
「仕方ないですわ。メルテさんはやらないと言ったらやらないですもの。」
アナスタシアがそうなだめている声も聞こえる。私は振り返らずに手だけを振って、宿へと向かった。
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マリネ亭に戻り、最上階への階段を上る。四階建ての宿の最上階がスイートルームのフロアのようだった。三階までは木の壁がむき出しになっている普通の宿という雰囲気だったが、四階に足を踏み入れた瞬間、雰囲気が変わる。
廊下の床には深い赤色の絨毯が敷かれている。壁には魔力灯が等間隔に設置されていて、柔らかな光を放っていた。窓から差し込む午後の陽光と合わさって、廊下全体が温かみのある色に包まれている。グルンレイドの屋敷ほどではないが、一般的な宿とは明らかに格が違った。
鍵を差し込み、扉を開ける。
「……やっぱり広い。」
思わず声が出た。部屋はグルンレイドの屋敷にある私たちの部屋より広い。天井も高く、圧迫感がまるでない。
部屋の中央には、しっかりとした造りのテーブルと椅子が置かれている。テーブルの上にはすでに果物の盛り合わせと水差しが用意されていた。壁際には三人分のベッドが並んでいる。どれも厚みのある寝具が整えられていて、枕元には小さな魔力灯が一つずつ備え付けてあった。
試しにベッドの端に腰を下ろしてみる。……柔らかい。グルンレイドのベッドとは素材が違うが、体が沈み込むような心地よさがあった。これなら明日の遠征前にしっかり休める。
立ち上がって部屋の奥を確認すると、もう一つ扉があった。開けてみると浴室だった。石造りの浴槽は三人が入っても余裕がありそうな大きさで、壁の棚にはグルンレイド製と思われる石鹸が備え付けてある。グルンレイドの技術がこの港にまで流入しているようだった。
「お風呂がある宿は珍しい。」
一般的な宿では水浴び場があれば良いほうで、浴槽があるのはかなり上等な部類に入る。金貨九十枚という値段にはこの設備も含まれているのだろう。……少し高いと思っていたが、悪くないかもしれない。
行き交う人々、停泊している船、その向こうに果てしなく広がる海。潮風が頬に当たる。
ーー
ぼうっと外を眺めていたら、廊下の方からバタバタという足音が聞こえてきた。
「メルテちゃん!釣れたよ!!」
扉が勢いよく開いて、リアが飛び込んでくる。その手には小さな魚が二匹ぶら下がっていた。
「部屋で魚を振り回さないで。」
「あ、ごめん!でもすごくない!?初めての釣りで釣れちゃった!」
「リアさんったら、糸が絡まって大変でしたのよ。結局私がほどきましたわ。」
アナスタシアが後から入ってきて、少し疲れた様子でそう言った。だがその表情は楽しそうで、頬が少し日に焼けている。
「で、その魚はどうするの。」
「えっと……食べる?」
「調理する場所がない。」
「あっ……。」
リアは手元の魚を見つめて固まった。
「宿の人にお願いすれば調理してくれるかもしれませんわよ?」
「そうだね!アナスタシアちゃんありがとう!ちょっと聞いてくる!」
リアは魚を片手に部屋を飛び出していった。
「……元気だね。」
「そうですわね。でもそのおかげで私も楽しかったですわ。」
アナスタシアは窓の外の海を見て、ふっと微笑んだ。
「この部屋、すごく素敵ですわね。テラスもあるなんて。」
「夜はテラスで食べよう。」
「いいですわね。リアさんの釣った魚も一緒に。」
「調理してもらえたらね。」
しばらくして、リアが満面の笑みで戻ってきた。
「調理してくれるって!夕食の時に出してくれるらしいよ!」
「よかったね。」
「メルテちゃんも釣り行けばよかったのにー。」
「次の機会に。」
そう答えると、リアは「約束だよ!」と嬉しそうに言った。次の機会があるかどうかはわからないが、否定はしなかった。
リアとアナスタシアがそれぞれ部屋の中を見て回り始める。
「うわ、このベッドふかふか!」
リアが一番窓側のベッドに飛び込んだ。
「お風呂がありますわ!しかもグルンレイド製の石鹸まで!」
アナスタシアが浴室から嬉しそうな声を上げている。
「メルテちゃん、テラス見た!?」
「見た。」
「ここからの景色すごいね!」
リアがテラスに出て歓声を上げている。さっきまで私が一人で静かに眺めていた場所が、一気に賑やかになった。
「明日の作戦会議は夕食の後にする。それまでは自由に過ごしていい。」
「はーい!」
「かしこまりましたわ。」
二人の返事を聞いてから、私は自分のベッドに腰を下ろした。真ん中のベッドを選んでおいた。窓側はリアが気に入っているし、扉側はアナスタシアの方が何かあったときに対応しやすい。……いや、単純に真ん中が落ち着くだけかもしれない。
テラスではリアが海に向かって何か叫んでいて、アナスタシアがそれを笑いながら見ている。その光景を見ると、心が落ち着く感じがする。




