カブの港9
次の日、3人はグルンレイド領に帰る前に王国へと寄った。
「ぐ、グルンレイドのメイド様、この度はスタンフォード家の命を救っていただき誠に……」
「レイリンさん!」
地面に頭を付けてお礼を言っているスタンフォード家当主をよそに、その娘であるサラはレイリンに抱きついた。
「こ、こら!」
すぐに父親が注意するが、
「大丈夫です。あまりかしこまった態度で接される方がちょっと困りますね。」
レイリンがそう答えた。
「けれど、感謝しているのは本当です。私からもお礼の言葉を言わせてください。ありがとうございました。」
当主につづきその妻であるミラも深く頭を下げた。
「問題ありません。ですが、もう少し下調べをしてから外出をした方がいいのかも知れませんね。」
苦笑いを浮かべながらクレアがそう答える。フリーマウンテンの一件は当主の危機感のなさが招いたことなので、クレアは今後二度と起こらないように釘を刺した。
「は、はい!今後は自分自身でも調査をすると誓います!」
いい歳をした大人、しかも貴族が、10代半ばのメイド相手に深々と頭を下げている構図はかなり異質だった。しかしここはスタンフォード家の現在住んでいる屋敷なので、部外者からみられることもない。
「だったら、この提案をしてきたあの男性の方は嘘をついていたということかしら?」
「そ、そうだな……」
当主とミラがそのような会話を繰り広げた。
「あの男性?」
気になったクレアが口を挟む。
「はい、グルンレイド領の観光を提案してきた人です。フリーマウンテンを越えるにはBランク冒険者3人程度で大丈夫だと……」
「今度は、そのような言葉も鵜呑みにせず、一度考えてから行動します。」
「……それがいいですね。」
クレアはグルンレイドで学んだ現代学を思い出した。王国には闇の組織が蔓延っており、決して表沙汰にはならないが悪事を働いていると。だが、今のクレアたちの実力では何をやっても太刀打ちできないので、あまり話を広げはしなかった。
「それでは、私たちはこれで……」
「お待ちください。」
そう言って当主に呼び止められると、奥の部屋から使用人がぞろぞろと登場してきた。
「な、なに!」
思ったより多い人数にレイリンは驚きの声をあげ、オリビアはスタンフォード家に気づかれないように警戒度を上げていた。
「ぜひ、これらをお持ち帰りください。」
そう言ってテーブルの上に次々に乗せられていくのは、豪華な食材、高級そうな壺、絵画、魔道具などだった。
「え、あ、いや、私たちは見返りをもらうつもりは……」
「ぜひ受け取っていただきたい!」
キラキラと輝くまっすぐな視線を受けてクレアも断るに断れなくなってしまったようだ。
「でもあなた、どうやって持って帰ってもらうの?」
「っ……」
クレアたちが収納できる量は自分の背負っているリュックの容量のみ。当主は運ぶ方法を考えていなかったようで、焦った様子を見せていた。
「やはり、全てをもらう訳にはいきません。そうですね……また、私たちが王国に来たときには、こちらにお邪魔させてください。それが今回の見返りということで。」
「そんなのでいいのでしょうか……」
「それがいいんです。ね、サラちゃん、またこっちにきたら一緒に遊ぼう?」
「は、はい!」
当主はサラの笑顔を見ると、もうなにも言えなくなったようで、再び深く頭を下げた。
「それでは、また来ます。」
そういうと、メイド達3人はその屋敷を後にした。
ーー
3人がグルンレイドの屋敷の入り口に到着すると、カルメラが出迎えてくれていた。
「お帰りなさい。」
「ただいま戻りました!」
カルメラの姿を見た瞬間、レイリンは安心したのかその胸に飛び込んでいった。
「ちょっと、レイリン!」
それを見たオリビアが注意するが、あまりにも安心しきったレイリンの表情が目に入り、少し吃ってしまう。
「じゃ、私も!」
オリビアのそばを通り過ぎたクレアは、レイリンと同じようにカルメラの胸に飛び込んだ。
「よく頑張ったわね。」
それにカルメラは注意するわけでもなく、2人の頭を撫でる。
「オリビア。」
カルメラは優しい表情でオリビアの名を呼んだ。
「は、はい。」
少し照れた様子で、ゆっくりとカルメラに抱きつく。3人は1日程度しかグルンレイドの屋敷を離れていなかったが、カルメラのメイド服から香るローズマリーの香りにどこか懐かしさを感じ、安心する。
「遠征の報告をご主人様にしなさい。報告書の書き方は後で教えるわ。」
そういうと、3人から離れる。
「今日はゆっくりと休みなさい。」
「わかりました。」
クレアがそういうと、カルメラの背中を追うように3人がグルンレイドの屋敷に足を踏み入れた。




