フリーマウンテン7
「く、クレアちゃん!いつの間に!」
持っていた羽を鞄に戻した瞬間に、クレアの姿が3人の前に現れた。と言っても全員クレアの認識阻害魔法がかけられているので周囲からは見えない状態だ。
「部屋の中で何があったの。大きな音がしたけど。」
「山賊2人を倒したよ。」
「手、出さないんじゃなったの?」
「状況が状況だったからね。」
クレアは2人の質問に答えながら、サラの近くに移動する。
「ねぇ、サラちゃん。あなたのお父さんとお母さんみたいな人が中にいたよ。」
「っ!本当ですか!?」
立ち上がったサラの腕をクレアが掴む。
「な、なんで!」
「私たちが観測していた敵は山賊の2人。でも何かが引っ掛かるんだよね。」
クレアは今も全力で観測魔法を展開している。しかしなんの魔力も観測することはできていない。
「私もそう。」
「あ、私も!」
オリビアとレイリンもそう続く。3人は敵が存在しないその空間に恐怖を覚えていた。それはグルンレイドでのローズとの訓練、すなわち“自分たちが観測できない相手“に向けて観測魔法を使用している状況に酷似していたからだ。
「周囲の空間の魔力密度が一定……あまりにも綺麗すぎる。」
自然に漂っている魔力というのは一定であると見せかけて実は微妙に違う。石の近くよりは植物の近くの方が密度が濃いし、風によって魔力に流れが生まれることだってある。そんな微妙な違いを、3人は日々の訓練によって感覚的にわかるようになっていた。
「いるよね。」
「いるね。」
魔力の流れが綺麗すぎる小屋の中を見ながらそう呟く。クレアの観測魔法で観測できないほどの実力者であれば、クレア程度の隠蔽魔法では簡単にバレてしまうと考えていた。
「でもさっき小屋に入った時はバレなかった……羽のおかげ、かな。」
クレアはこの羽の効果の高さに驚く。だがそれもそのはず、これは危険度A+、クインレオの羽。3人が束になっても討伐が難しいほど上位の魔物の羽なのだ。
「こんなものをお土産感覚で渡すグルンレイドって……いや、そんなことを考えている場合じゃないね。とりあえずここから距離を取ろう。魔力を使わず、ゆっくり歩いて……。」
「誰だ?そこにいるのは。」
小屋の中から聞こえたそのような声に、全員の動きがぴたりと止まる。やはり3人の予想は正しかった。そして小屋の中にいた第3の存在は外まで観測魔法を広げ、クレアの脆弱な認識阻害魔法を察知していた。
「ヒートボム!」
ドン!と音を立てて声のする空間が爆発した。
「レイリンちゃん、サラちゃんを守って!」
「了解!」
レイリンはサラに魔法障壁を展開し、一緒に小屋から離れるように移動する。
「オリビアちゃん。」
「わかってる。」
オリビアはカバンから剣を取り出し、魔力を練り上げる。
「おいおい、いきなり攻撃とは……どんな教育を受けてきたんだ?」
煙が充満している小屋の中から1人の男が現れた。
「やっぱり……3人目。」
クレアが倒した2人の山賊とは比べ物にならないほどの実力者だということを、その姿を見た瞬間に察知する。山賊というには高価そうなしっかりとした服を身につけている長身の男。その右手には歪な形をした剣が握られていた。
「あれほどの隠蔽魔法が使えて、剣……。」
「それはお前も一緒だろ?小さな魔法剣士さんよ。」
男は魔法障壁を展開しながら剣を構えるオリビアを見てそういう。
「ねぇクレア、私1人じゃちょっときついかも。」
「おっけー、私も手伝うから。」
小屋から数メートル離れた森の中、2人と1人は向き合う。
「そのメイド服とバッジ、まさかグルンレイドのメイドか?」
「えぇ、グルンレイドのメイドのクレアと申します。」
「同じくグルンレイドのメイド、オリビア。」
オリビアは山賊に頭を下げたくはなかったようだが、クレアが頭を下げたのでそれに従う。
「にしては銀一色のバッジ、そして俺が知っているほどの実力がないようだが。」
「……私たちはまだ見習いですので。」
「そうか。俺の名前はジン。お前らが死ぬ前に、教えてやるよ!」
名前を伝えると同時に、ジンはオリビアに切り掛かる。それを観測魔法を駆使してかわそうとするが、右肩のあたりをざっくりと切られてしまった。
「くっ……華流・周断!」
回復をせず、痛覚遮断魔法のみを唱えて攻撃をする。
「遅いな。」
しかしそれを簡単に避けられてしまう。
「バインド」
「ちっ!」
クレアが拘束魔法を唱えて数秒間ジンの動きを止める。その間にオリビアの方の傷を治していた。そして再び睨み合う。
「正直俺は驚いてるぜ。こんなガキがこれほどの魔法を使えるなんてな。」
「一応、グルンレイドのメイドですので。」
「だが、俺の知っている“グルンレイドのメイド“とは程遠い!」
一瞬にして間合いを詰められ、今度はクレアが吹き飛ばされる。短剣に纏った魔法障壁によって短剣ごと切断されるということはなかったが、思いっきり地面に叩きつけられた。
「クレア!」
「なめないでください!」
オリビアの叫びと同時に舞っている砂埃の中から、クレアが飛び出しジンへと切り掛かる。
「華流・花かんざし」
「バルザ流・断頭」
剣がぶつかり、周囲に2人の魔力がほとばしる。
「華流・周断」
「っ……危ねぇな。」
隙をついたオリビアの一撃をジンは剣で受け止めるが、腕からは血が流れていた。
「剣で受け止めた先を攻撃か……器用なことをする。」
「いや、私は剣を攻撃した。」
「何……。」
するとジンの剣が真ん中のあたりから、2つに切断された。
「スキあり!」
「がはっ……!?」
次の瞬間ジンが真横から吹き飛ばされる。木を数本薙ぎ倒して数十メートル先に倒れ落ちた。
「えっ……」
「何が……!?」
クレアとオリビアが口を開けていると、何もない空間からレイリンとそれに背負われているサラが現れた。
「大丈夫だった?」
「大丈夫だけど……どうやって……。」
オリビアが自身の観測魔法に一切反応しなかったレイリンに驚く。
「ごめんね、預かってたクレアちゃんのバックから勝手に取っちゃった。」
そういうと背負われていたサラが羽を手にとる。この効果はまさしくクインレオの羽だった。しかしサラが持つことでその効果が触れているレイリンにまで影響するというのは初めて知ったようで、クレアもそのことには驚いていた。
「いや、とにかく助かったよ。ありがと、レイリンちゃん。」
そういってすぐに吹き飛ばされた山賊、ジンの元へと飛んでいく。




