新たな見習いメイド8
この屋敷に来て数日という短い時間だが、この場所が異常な場所だということをクレアはすでに理解していた。充満する魔力密度、飾られている魔道具や不思議な絵画……そのどれもが信じられないようなものばかりだった。
訓練は2日目から始まった。といっても実際に何かをするのではなく、この場所で“グルンレイドのメイド見習い“は何を身につけるのかといった説明だけだったが。
『ここではまず作法、座学、戦闘訓練の3つを身につけてもらうわ。』
クレアの頭の中にカルメラの言葉が思い浮かぶ。メイドとしての作法、算術や語学、さらには異世界学までの幅広い分野の学習、そして力……少なくとも後者二つは一般的なメイドは身につけないものなのだが、それをクレアがどうこういうことはできるはずがなかった。
そして現在は3日目、すでに本格的な座学や訓練が始まっていた。
「魔力核に集中して。」
「は、はい!」
「これが魔力解放。魔法を使う時の基礎中の基礎よ。」
3人とも貴族奴隷ということもあり、魔力解放は簡単にできていた。のだが、ここではその量が圧倒的に違う。
「そこからさらに解放して。」
「くっ……」
オリビアが地面に膝をついてしまった。そのことにカルメラは怒ることもなく手を貸して立ち上がらせる。
「まだ魔力核が正常に機能していないようね。毎日これを続けなさい。あなたのポテンシャルはかなり高いから、ここが正常に機能するようになれば気持ちよく魔法が使えるようになると思うわ。」
そういってオリビアの右胸、ちょうど心臓と反対の位置にあるところに触れる。
「今からあなたの魔力核に私の魔力を少し流すわ。変な感じがするけど我慢してね。」
「はい、わかり……んっ。」
うまく機能していないオリビアの魔力核をカルメラの魔力がほぐしていく。
「な、なんか、んっ……変な感じです。」
「オリビアちゃん大丈夫?」
レイリンが心配になってそばに寄ってきたが、様子を見守ることしかできない。
「だ、大丈夫……っ!痛くはない、から……んぁっ」
「これでだいぶほぐれたでしょう。」
カルメラはオリビアの右胸から手を離す。そして変な声が出てしまったことが恥ずかしいのか、オリビアは顔を真っ赤にして自分の口を塞いでいた。
「クールなオリビアちゃんもいい声でなくんだねぇ。」
クレアがニヤニヤした表情でオリビアの方を見ながらそう言う。
「クレア、覚悟……。」
今度は怒りで顔が真っ赤になったオリビアが、装備している短剣に手をかける。
「きゃー!」
「ちょっと2人とも!今訓練中!」
レイリンがそれを止めに入っている様子をみながら、カルメラは一安心する。
『もうグルンレイドに対する恐怖心はほとんどない。これもリリィのおかげね。』
リリィの才能を再認識すると、3人を集める。
「ねぇ、あなたたち以外の見習いメイドとはあったかしら?」
「はい。ですが会話をしたのは昨日の一度きりで、あとは見かけていません……。」
クレアの返答にカルメラは一瞬不思議に思ったが、納得する。
「あの子たちは昨日かなり危険な任務に行っていたから今も寝ているんだと思うわ。」
カルメラも流石に危険指定区域に遠征を行かせて、その次の日から訓練を再開させるほど厳しくするつもりはないようだ。今日はメルテ、リア、アナスタシアの3人は休みだった。
「あの子達をみて、どう感じたかしら?」
「私たちと同じくらいの歳であの魔力密度は……すごいです。」
とレイリンが答える。
「確かに。私も私たちとは違うってことはわかった。」
オリビアが続ける。
「特にあのメルテっていう子……私たちを見た瞬間に目つきが変わった。」
クレアの言葉にカルメラは感心する。普通そんなことを意識することはないが、クレアは見て、感じ取っていたのだ。メルテの一瞬の警戒を。
「たしかにあの子たちは強い。けれどあなたたちの才能も負けていないわ。数ヶ月もすればあの子たちに追いつくはずよ。」
「そう、でしょうか……」
「えぇ、そうよ。」
カルメラにとってこれは願いではなく、確信だった。ジラルドの目に狂いなどないと、カルメラは信じきっていた。




