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極悪辺境伯の華麗なるメイドRe^2  作者: かしわしろ
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ムムツの谷底15

アナスタシアはメルテを抱えたまま下層へと到着した。カメレオン型の魔物をはじめ、多くの魔物から観測されたが、それを無視して逃げ続けていた。幸い至る所にかかっている橋のお陰で逃げやすくはなっているものの、接敵してしまうのも時間の問題だろう。


「ふーっ……」

「目が覚めました?」

「どう、なったの……?」

「メルテさんがカマキリの魔物の足を切って、その隙に逃げましたわ。」

メルテは周囲にある橋を見て、ここが下層であると判断した。垂直に飛行することはできないので、2人は橋を飛び回るように少しずつ上へと移動していく。


「メルテさん、あの魔物の正体を知っていますの?」

“戦ってはいけない敵“とメルテが呟いていたことを思い出して、そのように質問する。


「カマキリの形をした魔物、名前はネルギン……だったと思う。」

危険度がSを超えるものは固有名を持っていることが多い。メルテはムムツの谷で出現する固有名を持つ魔物をいくつか教えてもらっていた。


「圧縮された瘴気をカマにまとうことによって攻撃力を上げている。」

攻撃力だけではなく、単純に防御力や素早さも見習いメイドたちにとっては脅威となり得るものだった。


「危険度はS。」

「3人がかりで全力で挑めば……いえ、わかっていますわ。」

メルテの視線を感じてアナスタシアはそう答える。


「こんなところで戦いを始めるほど馬鹿では……」

「アナスタシア!」

メルテはアナスタシアの首元をグイッと引っ張る。


「何……っ!」

ズバッ……と足元の橋が何者かに切断される。その切断面は、2人にとってはもはや見慣れたものになっていた。


「嘘……ネルギン……!」

「狼狽えないで。」

メルテはアナスタシアに的確に指示をし、切断面からなるべく距離を取る形で猛スピードで上へと移動していく。しかしネルギンの攻撃は止むことがない。


「ちゃんと観測して斬撃を飛ばしていところがいやらしいですわね。」

「気を抜くと真っ二つだから。」

巨大な橋が次々に切断され、音を立てて崩れていく。


「っ、瓦礫が……アナスタシア、斬って!」

「かしこまりましたわ!」

上から落ちてくる瓦礫に向かって、アナスタシアは剣を振る。すると頭上の全てが破壊され、一本の道が生まれる。


「これで振り切れ……」

その道を伝って中層へ移動しようとしたその瞬間、メルテとアナスタシアの耳に奇妙な声が聞こえた。


「クス。」

その瞬間2人は息を呑む。が、この道を全速力で進むこと以外に最善の手はない。


「クス、クス。」

「声が、大きくなってきますわ!」

「止まったら逆に危ない!」

メルテはもう少し上の橋にこだまの群れがいるということが予測していたが、突っ切るしないと判断した。こだまが認識できないほどのスピードで飛び抜ければ、0.1秒の時間停止に引っかからずに済む。


「クス、クス、クスクス……ケラ。」

駆け抜けていく景色の中でメルテは見てしまった。無数のこだまの中に紛れる、異色の存在を。


「止まって!アナス……」

メルテは“時が止まってしまった“かのように、空中に固定された。


「メルテさん!」

アナスタシアはまだ崩れていない橋の上に、無数のこだまがいるのを見た。咄嗟に隠蔽魔法を唱えるが、そのままメルテを置いて上へいくことはできないと考えた。


『くっ、ここでネルギンと戦うしか……」

隠蔽魔法こだまの目を誤魔化せるのかはわからなかったが、アナスタシアはそうするしかないと判断する。ただ、アナスタシアは“突き抜けるしかない“と言っていたメルテが、なぜ“止まって“と言ったのか疑問に思っていた。


『いや、ネルギンはかなり下にいるはず。だったらこだまを先に殲滅……っ!』

静かに、こちらを見据えている存在がいた。真っ白いこだまの中に紛れる、黒いこだま。体の大きさも一際大きいようだった。アナスタシアは本能的に“危険な存在“と判断し、闘気を全力で放出し真っ先に切り掛かる。


「バルザ流奥義……」

しかし、その攻撃が届く前にアナスタシアは空中に固定されてしまった。


「ケラ、ケラケラ……」

この惨状を引き起こしたのはこだま……ではない。その中に紛れる1匹の黒い“ことだま“。ごくたまに群れの中に生まれる希少種。その危険度は“単体“でS+であり、3人が束になったとしても勝利をすることは難しいだろう。


「クス、クスクス」

無音の空間に、心地の良い笑い声だけが響いていた。


ーー


「シュ?」

ネルギンは2人の魔力が消失したことに気づいた。時間を止められるとそこから発するエネルギーも止まってしまうのだ。


「シュ!」

普通の魔物であればここで引き上げるだろうが、ネルギンはそんなことを考えてはいなかった。一旦反応が消えた場所まで移動して、目視で確認してから引き上げようと判断した。


魔力が消失した場所にある程度近づいた時に、ネルギンはこだまの群れを見つけた。さらに、その中にもう一つ異質な存在がいることも。だがネルギンは“ことだま“の存在を知っている。対象の相手の時間を10秒止め、さらにはインターバルが0.1秒という脅威的な力を持っているが、魔物には一切干渉することはなかったためネルギンは特に気にすることはなかった。もちろん、ことだまが脅威であることは認識しているので、自ら攻撃を仕掛けることはない。


「クス、クスクス」

ネルギンはそんな声が聞こえてきても、お構いなしに進んでいく。こだまも、魔物に関しては特に干渉することはないと知っているからだ。


「ケラ」

ひとまわり大きな黒いこだまを見つけると、今度は止まった。じっとネルギンの方を見つめてくることだまに若干の恐怖を覚えたが、何もされないことを確かめるとそのまま進もうとする。


「アナスタシアちゃん、メルテちゃん!」

その瞬間リアの声が下層に響き渡った。無事に地上へと“カタストロフの心臓“を置いた後、すぐに谷底へ戻ろうとしたところ、橋が崩れる大きな音がなったのでそちらへ移動していたのだ。そこで見つけたのが、空中に固定されている2人の姿だった。


「こだま……!」

2人が空中に固定されている理由はわかったが、2人の安全のためにもリア自身がここから離れるわけにはいかなかった。


「シュ!」

そして、リアの耳に聞きたくもない音が聞こえた。


「カマキリの魔物まで……!」

この絶望的な状況で時空間魔法の使えないリアが取れる選択肢は“こだまを全て倒す“ということだけだ。しかし、そんな時間が与えられるほど甘い場所ではない。ネルギンが空中で固定されている2人に向かって攻撃を仕掛けたのだ。


「華流・剪定……くっ!」

リアの判断は早く、空間を切り裂くほどの斬撃を2人に届く前に受け止め、そして弾き飛ばされた。剣で受け止めた衝撃が腕に響いてかなりの痛みが広がるが、そんなことはお構いなしにすぐに戦線へ復帰する。


「シュ」

「っ……!」

リアの観測魔法では捉えきれないほどのスピードで攻撃され、カマによって腹部が貫かれる。一瞬、意識が飛びそうになったがそれを堪え、魔法によって痛みを止めて即座に距離を取った。


「けほっ、けほ……」

視界がぼやけてくる中、リアは剣を握る力を強め、十分な回復を行わないままネルギンへと切り掛かった。


「シュ」

ガギィンという音と共に、一度はカマを正面から受け止めることができたが、魔力密度が足りずにそのまま剣ごと腕が切断されてしまう。


「っ……!」

あと一呼吸でもしてしまえば、リアの意識は無くなってしまうことだろう。リアの意識がなくなればこのパーティは全滅する。


『私、死ぬ……?』

この極限の状態でリアの潜在能力の半分は覚醒していた。周囲の動きがゆっくりとなり、思考だけが加速する。


『嫌……』

しかし本人はそれに気づかない。自分の非力さを痛感し、痛みよりもその悔しさがリアの体を支配していた。


「ねぇ、誰か……助けて……」

こぼれ落ちるようにそんな声を発した……次の瞬間、時間が止まった。


「何が……。」

これほどのダメージを負っているリアが、時間停止空間で意識を保っていられるはずがない。ということは、“リア以外の全ての時間“が止まったということだ。


「ケラ」

「……誰?」

こだまやネルギンさえも止まっているこの空間で、たった1人動いている存在がいた。


「黒い、こだま……」

ネルギンほどの力を持った存在を時間停止空間へ移動させることができるというのは、紛れもなく上位の存在だとリアは考えていた。しかし腹部を貫かれ、右腕を切断されたリアにとっては“逃げる“や“戦う“といった選択肢はない。運命の全ては目の前の存在に委ねられた。


「……。」

しかし、ことだまはリアをじっと見つめるだけで何もすることはなかった。そして10秒という時間が経ち、一瞬空間が動いたかと思うと、再び停止した。


「助けて……くれたの?」

やはり何も答えてはくれなかった。


「あの、アナスタシアちゃんと、メルテちゃんも動かしてもらうことは……できる?」

恐る恐るそう聞いてみるが、なんの反応もない。もう10秒が経過し、再び時間が動き出し、再び停止する。


「天翔る……っ!」

「タシア!」

アナスタシアの剣が空中をからまわる。その斬撃の余波が空間を伝い、すぐに空間に固定された。


「……っ、アナスタシアちゃん!メルテちゃん!」

リアはすぐに2人の元へと飛んでいく。


「リアさん!ここは危険ですわ!」

「リア、すぐに上へ……」

「大丈夫。」

慌てている2人の言葉を遮る。


「ですが……!」

「大丈夫だから。」

リアのその真剣な瞳を見て、2人は落ち着きを取り戻した。


「私についてきて。」

リアは一瞬ことだま方を向くと少し頭を下げて、2人の手を取る。そしてゆっくりと地上へ向かって上昇していった。

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