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極悪辺境伯の華麗なるメイドRe^2  作者: かしわしろ
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ムムツの谷底14

「まずは上、ですわね。」

最優先は“谷底“を抜けることだが、飛行魔法を使用することはできない。ここで空を飛ぶことができるのはリアのみ。闘気では垂直に数メートルジャンプすることは可能だが、浮遊することはできなかった。


「私が3人を抱えて飛ぶ?」

「それではかっこうの的ですわ。」

「壁を登るのが一番安全か……。」

早速リアは自身の瘴気を周囲に拡散させる。観測魔法のように正確に広範囲を調べることはできないが、瘴気でも届く範囲であればある程度調べることができる。


「こっちかな。ついてきて。」

「わかりましたわ。」

リアが飛行を始めると、それを追うようにメルテを背負ったアナスタシアが走り出した。


「別に、支えてもらわなくても……」

「おんぶと言ったら普通はこれですわ。」

メルテは自身の腕の力だけでアナスタシアにぶら下がる形で十分だと思っていたのだが、アナスタシアは腕を後ろに回し、メルテのお尻を支えるように背負っていた。


「戦闘になった時にはぶら下がってもらいますわね。」

かなりのスピードで飛んでいるが、アナスタシアの闘気のおかげでメルテがダメージを負うことはなかった。


「ストップ、魔物。」

「羽、ですわね。」

少し先に魔物がいることを観測したリアはそう呟き、リアははカバンの中に入れていた羽を取り出し身につけた。


「あれ、リアさん?」

「魔法によるメッセージも使えないんだった……。」

リアはキョロキョロしているアナスタシアを見てそういった。羽を持つことのデメリットは味方同士も認識できなくなることだ。すると一旦羽をしまい、リアとアナスタシアは手を繋ぎ、再び羽を持った。


「これで進むよ。離さないでね。」

「わかりましたわ。」

瘴気を使い周囲を観測しているリアと手を繋ぐというのは、アナスタシアが分厚い闘気を纏っているとはいえ、かなり危険な行為ではあった。少量だが、接触している部分からアナスタシアの体内に瘴気が伝わってしまうのだ。


「壁までもう少しだから、辛抱して。」

今は戦闘を避けることのほうが重要と判断し、このリスクは受け入れることを選んだようだ。そして魔物との接敵を回避し、少し進むと壁に到着した。


「壁に到着!」

瘴気結晶が突き刺さっているところは目視することができるのだが、それ以上は暗闇に包まれていて何も見えない。


「よし、登ろう!」

「……何メートルあるの。」

「んー、5000メートルくらい?」

リアの予想は大体当たっていた。ムムツの谷は約4500メートルの深さがある。それをよじ登ろうとすると、普通であれば不可能なのだが……


「アナスタシア……大丈夫?」

「問題ありませんわ!」

アナスタシアの感覚では問題ないようだ。


「では早速……」

「まって。」

リアの声が響いた。いつになく真剣な声色に、アナスタシアはすぐに周囲を警戒する。


「何か来る。」

「魔物、ですわよね。」

「うん。でも今まで出会った魔物とは毛色が違う感じがする。」

アナスタシアは羽を取り出そうとするが、リアはそれを止める。


「今、私がアナスタシアちゃんたちを見失う方が危険かも。」

瘴気結晶の淡い光が、巨大な影によって動き始める。足音から複数体いるか、“足が2本ではないか“がわかった。


「シュー。シュ……。」

そのような空気の抜けるような音と共に、巨体が姿を現した。


「かま……」

「静かに。」

その姿はカマキリそのものだった。しかし特徴的だったのは、巨大な二つのカマだ。これに瘴気を込められ攻撃されたとしたら、魔法の使えない3人はひとたまりもないだろう。


「シュ!」

「危ない!」

アナスタシアはリアの手を引いて、全力でその場を飛び出す。後一歩遅ければ、3人とも真っ二つに切断されていたことだろう。


「ばれた……」

「ですわね。」

鋭い眼光が、3人の命を刈り取ろうとじっと見つめていた。


「これ、“戦ってはいけないリスト“にいた気がする……。」

メルテがそう呟いた。それもそのはず、3人の目の前に現れた魔物はこの場所に生息する数少ない“危険度S“の魔物だった。A+とS、それだけ見れば一段階しかレベルが違わないため、強さもそれほど変わらないと思われがちだがそんなことはない。危険度A+が束になっても、Sには敵わないほどそれらは一線を画している。


「この状況は逃げる一択ですわね。」

「でもそうするの。めちゃくちゃ睨まれてるけど。」

3人も微動だにせず魔物の方を見つめていた。ピクリとでも動いてしまえばその部分が切断されてしまいそうだった。


「……リア、これ持って。」

「メルテ……ちゃん?」

カバンから“カタストロフの心臓“を出したかと思えば、ゆっくりとリアの方へと渡す。


「私が合図をしたら、それを地上に置いてきて。」

「えっ……!」

メルテの考えは至ってシンプルだった。魔力が制限されているせいで危険度がましているのであれば、魔力を使用できるようにすればいい。


「でも!」

リアはこの危険な場所にメルテとアナスタシアの2人を残していくのは怖いと感じていた。


「これは命令。」

しかしこれ以上の反論は、メルテの鋭い瞳によって抑え込まれた。


「アナスタシア、ちょっと付き合って。」

「もちろんですわ。」

次の瞬間アナスタシアは全力で闘気を解放させる。それに反応するように、カマキリの魔物は襲いかかってくる。


「行って!」

それからのリアの行動は早かった。瘴気を全力で解放させ浮遊、そして地上へ向かって飛び立つ。


「アナスタシア!」

「大丈夫、ですわ……」

リアは無事にここを脱出することができた。しかし、カマキリの魔物の攻撃を受けたアナスタシアは、腹部から血を流して地面へと転がっていた。


「シュ!」

「華流・剪……定!くっ……」

アナスタシアへの追撃をメルテが止める。しかし、あまりの攻撃力に思いっきり地面へと叩きつけられてしまう。


「身体能力が、違いすぎる……。」

メルテはこの切断面を見て、中層で見た壁の傷も、下層にあった切断された橋も、全部この魔物の仕業だと確信した。


「少し、燃えてきましたわ。」

アナスタシアの腹部にあった傷はすでになくなっていた。唇が切れて流れてきた血を手の甲で拭うと、アナスタシアの周囲に漂っている白い光はさらに分厚くなって行く。メルテもそれに続いて魔力密度を上昇させる。


「シュ……」

「バインド」

メルテは周囲の瘴気を固め、襲いかかってくる相手の行動を止める。


「バルザ流・断頭!」

アナスタシアの渾身の一撃が、カマキリの頭に叩き込まれる……が、びくともしない。傷がつくどころか、アナスタシアの剣の方が刃こぼれを起こしていた。


「シュ!シュ!」

メルテのバインドを振り解いたかと思うと、次の瞬間、カマキリの魔物は自身のカマを不規則に振り始めた。


「逃げて!」

地面や壁が、音もなく切断されていく。瘴気が纏われたカマは、空気を切り裂き鋭い波動となって2人に襲いかかる。


「んっ……。」

「メルテさん!」

カクンと、メルテの視界が揺らいだ。アナスタシアはすぐにメルテを抱き抱え、距離を取る。このまま逃げてしまえば楽なのだが、それができるほど甘い相手ではない。案の定、ものすごいスピードで2人を追いかけ始める。


「足首が……!大丈夫ですの!?」

「……大丈夫。あのバカ、見かけによらず、綺麗な太刀筋だったから……。」

ふーっ、ふーっという苦しそうな吐息を吐きながら、メルテは切られた自分の右足を見ていた。


「エクストラ、ヒール!」

メルテの使える最上位の回復魔法を使用し、アナスタシアから運ばれる直前に拾った自分の右足を傷口にくっつける。切断面がわからないほどに綺麗に足がくっついたのだが、やはり完璧なエクストラヒールではない。本人は若干の違和感が残るようだった。しかし、アナスタシアから離れ、自らの足で地面に降り立つ。


「瘴気の練り方が独特……。」

迫り来るカマキリの魔物を眺めながら、メルテは相手の“攻撃方法“について考えていた。


「ちょっと!メルテさん!立ち止まっては……」

アナスタシアの声が聞こえなくなっていく。研ぎ澄まされたその感覚は、相手の攻撃方法を鮮明に思い出していた。カマに纏われている瘴気の形をメルテは自身の剣で再現する。


「華流・」

「シュ!」

「周断」

カマキリの魔物は、そこで初めて回避行動をとった。が、間に合わない。


「ギギギ……」

複数ある足の一本が、綺麗に切断された。


「はぁ、はぁ……」

呼吸をすることさえも忘れていたメルテは、酸素が足りなくなりその場に倒れ込む。


「やっぱり、天才ですわ。あなた。」

それをアナスタシアが回収。カマキリの魔物が自身の足を持って修復している間に、アナスタシアは全力で距離を取る。壁を登り、一刻も早くこの“谷底“を抜けるために移動した。


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