ムムツの谷底13
「やっぱり、これが……」
「すごく恐ろしいオーラを感じますわ。」
「私たちの魔力に反応して、“崩壊“が起こった……。」
崩壊の中心、3本の巨大な瘴気結晶に支えられた球体。その効果からして、これが“カタストロフの心臓“に違いなかった。
「取れるのかな?」
「ちょっと!リアさん!」
先ほどの崩壊を目の当たりにしても、リアはなんの躊躇もなく瘴気結晶をよじ登り始め、その宝石の前へ辿り着く。もちろん自身の魔力障壁は完全に解除していた。2人もリアの様子を確かめにいきたかったが、飛行魔法を使用してしまうと再び崩壊が始まってしまうかもしれないし、瘴気結晶を登ろうにも魔法障壁なしでは触れることもできないのだった。
「やっぱり様子を見てきますわ!」
しかし心配になったアナスタシアは闘気を開放し、瘴気結晶に飛び乗った。本当はメルテもついてきたかったが、メルテの闘気の厚さでは瘴気結晶に触れることはできないと判断していた。
「おぉ……まんまるだね。」
歪みのない美しい球体を前にリアは思わず声を漏らしてしまう。そして短剣をとりだし、接触している瘴気結晶を削ろうとして手を止めた。
「こっち側は削れないじゃん。」
さっき確かめたように、今の彼女たちに瘴気結晶を破壊できるほどの力はない。リアは特に戸惑う様子もなく、カタストロフの心臓を掴み引き抜こうとする。
「ぐぬぬ……取れない!」
いくら引っ張っても瘴気結晶から離れることはなかった。
「さすがリアさんですわね……怖いもの知らずというか……。」
頂上へ辿り着いたアナスタシアが、リアのとったその行動を見てそう呟いた。
「では次は私がやってみますわ。」
この宝石は魔力さえ与えなければ反応することはないと判断し、アナスタシアはさらに闘気を解放させ、その宝石を両手で掴む。
「ぐぬぬ……ですわ!」
バキッ、という音と共に瘴気結晶から剥がれた。その瞬間、アナスタシアとリアは万が一のことを恐れカタストロフの心臓をその場に置き、すぐに距離をとった。
「……セーフ?」
「のようですわね。」
再び頂上へ登り、リアは恐る恐るそれを掴み取った。
「あっ、少し欠けてる。」
「本当ですわ……。」
よくみると瘴気結晶に触れてたであろう部分が、少し欠けているようだった。そしてアナスタシアは少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「これはしょうがないよ。だってアナスタシアちゃんじゃなきゃ採れなかったし。」
「そうは言っても……あら?」
アナスタシアは再びリアの手の中にあるそれを凝視する。
「傷が……なくなってる?」
「本当だ!いつの間に!?」
2人はどのような原理で完全な球体へ戻ったのかわからなかったが、形が綺麗なことに越したことはないと思い、深く考えることをやめた。
「2人とも、大丈夫ー?」
下の方からメルテの声が聞こえてきた。淡く光り輝く瘴気結晶のおかげで、メルテの姿もよく見える。
「大丈夫ー!すぐそっちにいくから!」
「リアさん、くれぐれも魔力を使わないようにしてくださいまし。」
「わかってるって。」
そう言ってリアは体に瘴気をまとい、瘴気結晶から飛び降りた。アナスタシアもそれに続く。
「見て!」
「これがカタストロフの心臓……綺麗。」
メルテはそれを手に取ってまじまじと眺める。色は白、球体自身が光を発しているようで、周囲も白く照らしていた。誰かが研磨したわけでも無いのに、その宝石はとても滑らかな肌触りだった。
「後はこれを持って帰るだけだけど……どうする?」
「それはきた時と同じように……そうでしたわ!私たち、魔法が使えません!」
カタストロフの心臓が近くにある時に魔法を使用すると、またあのように“崩壊“が始まってしまう。ただでさえこの3人に取っては厳しい環境である指定危険区域だが、魔力が使えないとなると尚更危険な場所になることは分かりきっている。
「となると、私とアナスタシアちゃんが頑張るしかないね。」
「そうですわね。」
リアは瘴気、アナスタシアは闘気を使用することによって敵を殲滅することはできないが、死なずに逃げることはできる。
「私は……」
メルテは多少の闘気が扱えるが、その力は微々たるものだった。ゴブリン1体と肉弾戦で勝てる程度で、危険度Aの魔物の攻撃なんかをくらってしまえば一撃で沈んでしまう。
「メルテちゃんは……アナスタシアちゃんに運んで貰えば?」
「いいですわね。」
「えっ……!」
メルテは急なことで頭が回っていないようだが、そんなことはお構いなしにアナスタシアはメルテの方へと歩み寄る。
「それでは、なるべく密着してくださいまし。」
「ちょ、ちょっとまって!」
メルテが広げられた腕から一歩後ずさる。
「どういたしました?」
「恥ずかしいんだけど。」
アナスタシアの腕の広げ方から、お姫様抱っこをしようとしていたことがわかる。メルテ的にはそれは恥ずかしいことに含まれるようだったが、アナスタシアははてなマークを浮かべていた。
「私たち以外、魔物しかいないので恥ずかしくありませんわ。」
「そういう問題じゃなくて……」
そこでもどかしいと思ったリアが口を挟む。
「メルテちゃんの言いたいことはよーくわかった。でもここでは私たちが正義。時間もないし、嫌なら力づくで運ぶしかないよ?」
リアは不適な笑みを浮かべながらじりじりとにじり寄ってくる。確かにここは“指定危険区域“、あまり悠長に話している時間はないということはメルテ自身も理解していることだった。
「わ、わかった!わかったからその手を止めて!」
リアやアナスタシアが喧嘩を始めても止めるだけの“魔力“はあるのだが、今ではそれを使うことができない。いつもであれば見ることのできないような表情を浮かべるメルテに、リアは楽しそうな表情を見せる。
「リアさん、それくらいにしてくださいまし。メルテさんも、覚悟は決まりましたの?」
「せめて、おんぶにして……。」
ということで、メルテはアナスタシアに背負われる形でムムツの谷底から脱出する形となった。




