ムムツの谷底12
『さすが、危険指定区域ですわね……気がぬけませんわ。』
引き続き瘴気結晶の明かりを頼りに、宝石“カタストロフの心臓“を探すために歩いていた。谷底はでこぼことした地面ではなく、想像よりも平らな地面が広がっている。
『これって取れるのかな?』
リアは地面にある瘴気結晶に触れながらそう呟いた。
『大きすぎて難しいと思いますわ。』
一番小さな結晶でもリアの身長ほどの大きさがあった。するとリアは短剣を取り出し、魔力を込めて斬りつける。
ガギィンという音とともに短剣は弾かれた。
『びっくりしましたわ!いきなりなんですの!』
『ごめんごめん。取れるかなーって。』
『……傷ひとつついていませんわよ?』
『多分私が今まで見てきた物の中で一番硬いと思う……。』
そこまでいうのかと気になったアナスタシアは、自分でも剣をもって斬りつけてみたが、同じように弾き返されてしまう。
『確かに、すごく硬いですわ。私が全力の闘気で斬りかかったとしても無理かもしれませんわね。』
2人の見解は概ね合っていた。瘴気結晶は宝石や鉱石の中でもかなり硬いものに分類される。これより硬いものといえば高純度瘴気結晶や、超高純度瘴気結晶などが挙げられるが、どちらも硬いというのと危険というので持ち運ぼうと考えるものはいなかった。ただ、この世界で最も硬いとされる“超高純度瘴気結晶“をグルンレイド領の領主であるジラルドが欲しいといったところ、グルンレイドのメイド、マリーローズの1人が採取してきたようだ。
『魔物の気配……みんな静かに。』
「グルルル……」
少し先に狼のような魔物がいた。そしてそれはこちらをじっと見つめ……突進してくる。
「やっぱり羽でも無理か!」
「そのようですわね。」
3人ともすぐに羽をしまい、剣を取り出す。
「まずは様子見。アナスタシア。」
「わかりましたわ!」
闘気と魔力を身にまとい、全力で切り掛かる。反撃された場合のダメージを軽減するために、リアはアナスタシの後ろについていく。そしてメルテは後ろから全力のファイアーアローを……
「クゥゥン……!」
しかし3人の攻撃を見るや否や、その魔物は即座に逃げ出した。
3人が不思議に思っているのも束の間、そして数秒後、ドドドド……という地響きが聞こえたと思ったら、暗闇の奥から魔物群れが襲いかかってきた。
「な、なんですの!魔物の群れ!?」
「でも種類がバラバラ……」
ゴブリンはゴブリン、こだまはこだまというように、普通は同じ種族同士が群れを作る。よってこのような多種族が入り混じっているというのは、それだけで異常事態なのである。
「なんでもいい、迎え撃たなきゃ。」
メルテはより魔法障壁を頑丈にし、迫ってくる魔物群れの方を向く。リアとアナスタシアもそれにならって剣を構える。
「きますわ!」
先制攻撃をしようとアナスタシアが剣を振り上げ攻撃を仕掛けるが、それをものすごいスピードで避けられてしまう。
「くっ……」
しかしその魔物は反撃することはなかった。アナスタシアをすり抜けると、3人の後ろへ走り去ってしまう。
「ど、どういうことですの!?」
剣を構えている3人には目もくれず、その間を次々と魔物が走り、飛び去っていく。その異様な光景に、彼女たちはただ立たちすくんでいた。
「何かから、逃げている……?」
メルテが呟くが、周囲の魔物たちが逃げるほどの強力な瘴気を感じることはできなかった。
「あっちの方は魔物がいないんじゃない?」
リアは魔物が走ってくる方向を見て、あちらを探索した方が効率がいいという視線を送るのだが、メルテはこの状況に危機感を覚えていた。
「私たちも、逃げよう。」
「……私はメルテさんに従いますわ。」
「はーい。わかった。」
3人が魔物と同じ方向に全速力で走り始めた数秒後、大気が震えた。ものすごい音と共に空間が歪み、周囲の全てを飲み込んでいく。
「な、なに、あれ!」
「いいから、前を向いて!」
空間の歪みが後ろに続いている魔物たちを飲み込み、さらに少女たち3人を飲み込もうと迫りきていた。
「早く!」
「わかっていますわ!」
飛行訓練で培った全てを使い、全速力でその場を離脱。次々に魔物たちを追い越していく。そして、音がしなくなるのを確認してから数百メートルほど離れた場所で立ち止まった。
「はぁ、はぁ……」
「本当に、なにが、おこったの……?」
私たちの方へ走ってきた魔物たちのほとんどは、その“崩壊“に飲み込まれてしまったようだ。生き残った魔物たちも、この場を離れるように遠くへ行ってしまった。一体なにが起こったのかを調べるために、危険だと思いつつも3人は逃げてきた道を戻っていく。
「うわ……地面が、えぐれてる……。」
戻ろうとした道が、途中で途切れてしまっていた。目の前に見えるのは巨大な瘴気結晶のみ。地面に埋め込まれているものもあれば、下の方に転がり落ちているものもある。
「瘴気結晶だけは、崩壊していない……。そしてこのえぐれたあと、円形になってる。」
「ということは、その中心に何かあるということですわね。」
光魔法を使用して周囲を見渡してみると、中心から円形に崩壊が広がっていったということが予想できる。3人は中心を調べに飛んで行った。




