ムムツの谷底6
異世界人の経営していた飲食店で美味しい食事を堪能した後、3人は早速この街を出ようとしていた。
「あの異世界人の方はきちんとご主人様に伝えよう。」
「そうですわね。それがいいですわ。」
レポートという形で、文章で伝えるということも可能なのだが、今回は口頭で伝えることを選んだようだ。
「ご主人様と話したいだけなんじゃない?」
「ち、違う!」
「顔が真っ赤ですわ。」
グルンレイドのメイド、ローズやマリーローズにとって、ジラルドは“神より上位の存在“という認識なのだが、まだ年齢的にも子供である見習いたちにとってはそんな教育を受けてもなお、“父親のようだ“という認識がほんの少し混ざっているようだった。
「もう、早く行くから準備して。」
「はーい。」
「分かりましたわ。」
そうして3人は再び空を飛び始めた。
「ところでメルテさん。あとどれくらいで到着ですの?」
現在はちょうど太陽が真上を通過したくらいの時間だった。
「ムムツの谷まではあと3時間くらい。」
「若干遠いですわね。」
「私は訓練と違って景色が次々変わるから、割と好きだけどね。」
アナスタシアがめんどくさそうな表情をすると、リアはそのように答えた。
「グルンレイド領だって次々変わるけど。」
「でも今となってはあの広い領地も見慣れちゃったよ。」
グルンレイド領では飛行訓練があり、3時間以上飛び続けることもあるが、訓練を繰り返すたびに見慣れた景色になってしまうのが辛いところのようだ。
ここから徐々に共和国との国境に近づいていく。特に出現する魔物や地形などには変化がないが、王国でも影響力のあるグルンレイドのメイドが無断で共和国の領土に侵入してしまうと、国交問題に発展しかねない。3人は間違っても国境は越えないようにしようと考えていた。だがムムツの谷は国境近くにはあるが、国境ぎりぎりにあるというわけでは無いので大丈夫だろう。
「ここから結構広い森に入るよ。」
「その中にムムツの谷があるの?」
「いや、この森を抜けて、平野を挟んだ森にある。」
「結構長いんだね……。」
「最初から言ってるでしょ……。」
リアの答えにメルテは少し呆れた表情を見せる。
「でも瘴気はちょっと濃くなってきたよ。」
「確かにそうですわね。」
ということは出現する魔物の強さが、さっきまで出現していたものよりも強くなっているということになる。この森に出現する魔物の危険度は平均でB。このレベルになると危険指定区域ではないが、人間は一切近寄らない場所になっていることだろう。
「そしてこの瘴気密度ともなると……やっぱりね。」
リアの視線の先には数匹のワイバーンが飛んでいた。ワイバーンの飛行速度もなかなかのもので、3人が全力でスピードを出したとしてもなかなか振り切ることも難しい。よって見つからないか、倒してしまうしか無いのだが……
「グギャァァァ!」
「あ、見つかった。」
こうなると倒してしまった方が手っ取り早い。
「アナスタシア!」
「了解ですわ!」
アナスタシアはスカートの中に隠している短剣……ではなく、カバンからいつも使用している剣を取り出し、猛スピードでワイバーンの群れへと飛んでいった。普段から長い剣を持ち歩いていると、例えばグルンレイドの街、以外の街に行った時などに変に怯えられたりと不都合なことが多い。
「華流・周断」
先頭のワイバーンの頭に触れると、その後ろにいる数匹を巻き込んで切断された。ゴブリンなどの人型魔物であれば実力差を察して逃げることが多いのだが、動物系、特に鳥類の魔物はそんなことお構いなしに“敵“へと突っ込んでくる。
「残りは……ファイアーアロー!」
炎の槍が残りのワイバーンに向かって飛んでいく。
「グギャァァァ!」
あまり聞きたくない気持ちの悪い断末魔を残して、ワイバーンの群れは消えた。
「あっ、魔石!」
そういうとリアはアナスタシアを追い越し、地面に落ちていく魔石を回収しに行く。
「お疲れ。」
「どうでした?私のファイアーアローは。」
「普通。でも前よりも強くなってる。」
「それはよかったですわ!」
普通、というのは1体のゴブリンの右腕を焼く、くらいの威力のことを言う。3体のワイバーンを一撃で仕留めるほどの威力をもった“ファイアーアロー“は一般的には普通ではないのだが、グルンレイドのメイド基準では普通どころか、劣っている威力と言わざるを得ないのだろう。
「魔石回収完了!あとワイバーンに合わないようにちょっと低めに飛ばない?」
「まあ、それがいいかもね。」
メルテの了承もあったということで、森に生えている木にぎりぎり姿が隠れるくらいにまで高度を下げた。上空の魔物からは見つかりにくくなるが、地上の魔物からは逆に見つかりやすくなってしまうのだが、ワイバーンよりはマシだという判断をしたようだ。




