ムムツの谷底4
「ここがメルテさんの言っていた街ですわね。」
街が見えたところで、三人は地上へと降り立った。平野と森が広がる大自然の中にぽつんとある街だったが、思ったより栄えていた。王国までのアクセスは悪いが、北にある共和国との国交の面ではちょうどいい場所なのだろう。
「街の名前はミド・レセアっていうんだね。」
リアが入口の看板を見て言った。様々な店が並んでいるが、特に目立っているのは魔道具の店だった。魔法を使えない人でも擬似的に魔法が使えるという優れものだが、基本的に値がはる。一般的な人は料理の火を起こすためや水を凍らせるためといった生活目的で買うことが多いようだ。
「今回は宿は取らないから、食べ物だけ。」
「だけど……出店か……。」
「私も店内に入りたいですわ。」
周囲には美味しそうな串焼き肉や焼きパンが売られていたが、正直グルンレイドの方が圧倒的に美味しい。せっかくだからこの土地特有の食材を使った料理が食べたかった。
「ね、その前に魔道具見てみない?」
リアが目をキラキラさせながら言った。
「ね、ちょっとだけ!」
魔道具自体にそこまで興味はない。効果が高いものや希少なものであればまだしも、こういった出店に私の望むものはないと思っていた。しかし、リアはどんなに効果が小さいものでも魔道具というだけで目を輝かせ、何かと使いたがる傾向があった。
「仕方ない。アナスタシアもいい?」
「もちろんいいですわ。」
アナスタシアも特に魔道具に興味があるというわけはないが、リアが楽しそうにしている姿を見るのは好きなようだった。
「いらっしゃい!お、かわいいお嬢ちゃんたち……メイド?」
王国から離れたこの街では、グルンレイドのメイドという存在は知っていても身近にいないらしく、好奇の目で見られることがほとんどだ。
「こんにちは。ちょっと魔道具を見てもいいですか?」
「おぉ!見ていってくれ。」
このメイド服は超高級な素材で作られているため、商人からは金を持っている上客という扱いを受けることが多い。
リアがある箱を手に取った。
「それは、そのボタンを押してみな。」
言われた通りにボタンを押すとキィンという甲高い音がなり始めた。とりわけ大きい音ではないが、耳を近づけると不快だった。アナスタシアも眉を寄せている。リアはかなり不快なようで、すぐに音を消した。
「これは音に魔力を乗せて、魔物を寄せ付けなくするものだ。簡単にいうと魔物が嫌いな音、ってことだな。」
「ちなみに今のでどれくらいの値段ですの?」
「金貨五枚だ。」
「安いですのね。」
一般的な感覚では高いのだろうが、グルンレイドのメイドからしてみればそうでもない。
「みてアナスタシアちゃん!」
次の瞬間、冷たい風がアナスタシアの首筋を撫でた。
「うひゃっ!な、なんですの!」
「ふふっ、これ!」
楕円形の箱で、スイッチを押すと冷たい風が放出されるようだった。夏場によく売れるのだろう。魔道具は動かし続けるといつかは止まってしまうが、魔道具自体が壊れない限りは動力源である魔石を交換することでいつまでも動かし続けることができる。
「おいおい、お嬢ちゃんたち、魔力を使いすぎないでくれよ?」
「す、すみません……。でも動かしたいし……あ、これで好きなだけ動かしていいですか?」
そう言ってリアがカバンから魔石をいくつか取り出した。
「魔石……しかもこんなに!?まあ、これほど貰えるんなら好きに使っていいけどよ……。」
魔石の入手方法は基本的に魔物を倒すことだ。弱い魔物より強い魔物を倒したときの方が、大きさも魔力密度も違う。
リアが食い入るように魔道具を見ているそばで、アナスタシアが話しかけてきた。
「ところでグルンレイドの屋敷にも魔道具はありましたわよね。」
「うん。基本的にご主人様のコレクションだけど。」
一つ聖金貨数枚で取引されるような希少な魔道具が至る所に飾られている。コレクションルームにはお金では買えないほどの伝説の魔道具がいくつもあるという噂だ。
「一番身近なものだと……ヴィオラさんの装備している時計仕掛けの髪飾り、かな。」
「あれ、かっこいいですわよね!」
プラチナのように輝く見た目で、内部には極小の金属類が精密に嵌め込まれている。魔石をはめる部分はなく、本人の魔力を直接流し込むことで動作するものだった。
「確か、魔力伝導率が1.1から1.3倍になる、とかでしたわよね?」
「そう。でも大事なのはそこじゃない。」
体内の魔力伝導率が上がれば上がるほど、少ない魔力で魔法を唱えることができる。戦闘中に魔力を回復することはできない以上、少ない魔力量で強い魔法を唱えられるに越したことはない。
「時計仕掛けの髪飾りの一番の特徴は、時空間に左右されないというところ。」
「そうでしたわ……。今の私たちの実力ではその本当の凄さを知ることはできませんからね。」
魔法には時間魔法や空間魔法というものが存在する。一般的にはこの世に存在しない空想上の魔法として捉えられているが、グルンレイドのメイドは息をするように使う。
例えばタイムストップを使用すると、周囲は時間停止空間となり全ての動きが止まって見えるほどに遅くなる。その空間では全ての動作に莫大な魔力が必要になる。体の魔力伝導率が大幅に低下している状態と同じだからだ。
「私はまだ時間停止空間では意識を保つことだけで精一杯、ピクリとも動けませんわ……」
「私は一分くらいかけて一歩進めるようになった。」
「すごいですわね!」
時計仕掛けの髪飾りが動作していれば、時空間に関係なく魔力伝導率が強制的に書き換えられ、時間が止まっている空間でもいつものように動くことができる。ヴィオラさんがあの髪飾りを常につけている理由が、改めてよく分かった。
「ああいうのも売っているのかしら?」
「まさか。絶対売ってない。」




