ムムツの谷底3
遠征当日の朝、3人はグルンレイドの屋敷の外でカルメラの話を聞いていた。
「今回は危険指定区域だから、いつもより気をつけて行動しなさいね。」
「「「はい。わかりました。」」」
「それでは、いってきなさい。」
「「「いってきます」わ」」
武器、食糧、着替え、その他必需品などをリュックに詰め、準備万端のメイド見習いたちはグルンレイドの屋敷を出発した。
基本的に移動は飛行魔法を使用する。グルンレイドのメイドにとっては、馬車で移動するよりも格段に速いからだ。“カタストロフの心臓“を持って帰ってくるまで、3日ということになっている。メルテが考えている予定では、今日の夜までにムムツの谷へ到着、明日に谷底で目的のものを採取、明後日に帰るということになっているようだった。ムムツの谷周辺に宿などはないので野宿することになるが、グルンレイドではそのような訓練も受けているので3人は特に気にしている様子はない。
「そろそろグルンレイド領を抜けますわ。」
グルンレイド領を抜けるということは、もう3人の安全は保証されないということと同じだ。グルンレイド領全域に“マリー・ローズ“の一人、アシュリーの観測魔法が常に展開されているからだ。
「アシュリーさんの観測魔法も、さすがにムムツの谷までは届かないから。みんな、気を引き締めて。」
「「了解」ですわ」
このパーティの“リーダー“であるメルテがそのように言った。リアもアナスタシアもメルテのことをリーダーとして認めていた。訓練中にそれぞれがリーダーを務めたが、その中でも状況の把握、指示の的確さなどが特出していたのだ。
「前方に魔物発見、ですわ!」
アナスタシアは地上にいたゴブリンの群れを、上空から観測していた。グルンレイド領には常に“魔力拡散結界“が展開されており、弱い魔物は存在することもできないのだが普通はそうではない。平野にも森にも海にも、魔物というものは存在する。
「無視してもいいけど、準備運動もかねて倒そう。」
「了解!」
そういうとリアがゴブリンの群れに向かって、突っ込んでいった。
「こんにちは、ゴブリンの皆さん。」
すぐに魔物たちはリアを認知したが、一瞬の戸惑いを見せた。これがアナスタシアだったらそうではなかっただろう。しかしリアの体から放出されている瘴気が、実は仲間なのではないかという誤った判断をさせてしまったのだ。
「グギャァァァ!」
しかしすぐにその正体が人間であることがバレてしまう。次々と武器を持ったゴブリンたちがリアに向かって攻撃を仕掛けるが、
「華流・周断」
そんな攻撃が一体のゴブリンに触れると、その背後にいた数十匹のゴブリンの体も地面に崩れ落ちた。残りはたったの3体、リアの強さを察したのかすぐに逃亡していく。
「追わなくていいよ。」
「はーい。」
そう言ってメルテとアナスタシアも地面に降り立ち、地面に落ちている“魔石“を拾っていく。魔物は倒すと体が消滅し、魔石という石が生成される。魔石にも様々な使い道があるので回収して損はない。
「リアさん、私も準備運動をしたかったですわ。」
「ごめんごめん、次はアナスタシアちゃんにお願いするから。」
3人は再び飛行魔法を使用し、目的地に向かって飛び始める。今のスピードを維持すれば大体3時間後にはムムツの谷へ到着するだろうが、メルテは途中にある街に寄ろうと考えていた。そこで食事をすることで、自分達で食料を調達したり料理をする手間が省けるのだ。
「ここは?」
「王国の貴族の領地。……名前はわからないけど。」
ムムツの谷も一応王国の領土であるため、かなりの広さの土地を王国が支配しているといえる。さらに北に向かうと共和国の領地になり、この大陸は“王国“と“共和国“の二つの勢力によって統治されていということがわかる。
「でもここらへんですわよね?寄ろうとしている街は。」
「うん、そう。」
「楽しみですわ!外で食べる機会なんてなかなかないんですもの。」
「アナスタシアの口に合うかはわからないけど。」
貴族として過ごしてきて、さらにはグルンレイド領の良質な食事を嗜んでいるアナスタシアにとっては庶民の食事が合うかは微妙なところだった。
「以前外で食べた時はとても気に入りましたわ!硬いパンも薄味のスープも、あのガヤガヤとした雰囲気でさえも、私はとても気に入ってますのよ?」
「そう、ならいいけど……。」
奴隷としての経験や訓練の中で、質素な食事、動物を火で焼いて喰らうというような独特な食事を経験しているので、一般的なお嬢様とはまた違った感性を持っているのだと、メルテは納得することにした。




