ムムツの谷底2
「今日も疲れましたわ……」
「そうだね……」
グルンレイドの屋敷の一角、“リア・アナスタシア・メルテの部屋“で、ベッドに腰掛けながら会話をしていた。すでにメイド専用の食堂にて食事も済まし、メイド専用の大浴場で入浴も済ませてしまっていたので、あとは寝るだけだ。
「まさかこんな立派なベッドで寝られるなんて、あの時は思いもしてなかったよね。」
「そうですわね。私なんて、地面に寝るものかとおもってましたわ。」
アナスタシアが汚れ一つないシーツをさすりながらそのようなことを言う。普通、奴隷の扱いといえばタオルケット一枚与えられればいい方であり、何も支給されないのが普通だ。しかしこの部屋を見てみると、最高級のベッドが3つ、絨毯にテーブル、椅子が4つ……それら全てを合わせると聖金貨1枚(1000万円程度)は超えるだろう。衣食住の全てが完備されており、普通の貴族に仕えているメイドと比べても、はるかに優遇されている。
「ここではほら、こんなものも買えてしまえますわ。」
そう言ってアナスタシアは最近グルンレイドの街で購入した、新作の洋服を見せびらかす。
「かわいいー!」
この良質な素材で作られた服の値段は金貨10枚(10万円程度)であり、一般的なメイドの給料ではそう頻繁に購入できるものではないのだがここでは違う。奴隷であるアナスタシアたちにも給料というものが発生していて、その額は一般的な貴族の給料を優に超えていた。
「ご主人様は『お前たちにはこれくらいの端金で十分だろう』と言っていましたが、貰いすぎですわよね?」
「あ、今のご主人様に似てるー!」
「そ、そう?」
見習いですらそれほどの給与をもらっているということは、ローズ、マリーローズともなればさらにその金額は膨れ上がる。と言ってもメイドたちは自身の所持している武器、珍しいお菓子やスイーツ、洋服、アクセサリーなどといったもの意外に特に買うものもなく、どんどんと貯まっていっているというのが現状だ。
「基本的に、お金で買える物って限られてるから。」
自分の机でチョコを食べていたメルテがそういう。
「そうだよねー。メルテちゃんのそれも売ってないから自分でとってきたんでしょ?」
「まあ、そう。」
リアは机の上にあるメルテの短剣、その外側についている宝石のことを言っていた。『高純度翡翠』といい、装備しているだけで魔力伝導率が上昇するという宝石である。このような希少なものはどこにも売っていないので、自分でとってくるしかない。
「ですがメルテさんはそのチョコレートなどで、かなりの出費をしておりますわよね。」
「そ、それは2人も一緒でしょ……。」
「私はそんなに食べていませんわ。」
「ま、私もメルテちゃんほどはねー。」
そんな二人の返事を聞いて、メルテは見えないように自分のお腹をつねってみる。一般的に見れば実際はメルテも“痩せ気味“に分類されるので悩む必要などないのだが、二人よりも多少肉付きがいいこときずいてしまい、おやつの量を減らそうと密かに決意した。
「そんなことよりみんな聞いて。」
『あ、話を逸らしましたわ。』
「5日後に“遠征“をするから。」
遠征というのはグルンレイド領から出て行う仕事や任務のことを示す。基本的にローズが行うのだが、たまに訓練も兼ねて見習いたちにやらせることもあるようだ。
「うん、わかった。それで内容は?」
「宝石の採取。」
「どんな宝石ですの?」
「“カタストロフの心臓“。魔力を流すと、その周囲が崩壊していくっていう宝石。」
「危なっかしいですわね……。」
宝石は様々な効果があり、使い方次第ではかなり危険なものも多い。その効果範囲が広かったり、強力だったりする宝石は魔力や瘴気密度が濃い場所、すなわち危険な場所にあることが多いのだ。
「場所はここからはるか北にある危険指定区域、ムムツの谷底。」
「危険指定区域かー。きつい遠征になりそうだね。」
危険指定区域とは、あまりの危険度の高さに全ての人間の侵入が制限されている場所だ。火山の内部や毒霧が充満する森、魔物の巣窟など制限されていなくても、まともな考えができるような人ならば近寄りもしない場所だ。しかし、そこにあるのを知らずにうっかり入ってしまうといった事故を防ぐために、危険指定区域として取り上げ、まとめられている。
「頑張るしかありませんわ。」
「そうだね。」
「今はこれを伝えたかっただけ。具体的な作戦はまた明日伝えるから。」
そういうともう夜もふけてきたようで、3人は就寝の準備を始めた。
「明日は訓練が早い時間からありますし、寝た方が良さそうですわね。」
おやすみなさい、という声が聞こえると、この部屋の明かりが消えた。




