序章:1 入界
「おめでとうございます! あなたが今期百万人目の異世界転生者です!」
「……はい?」
「百万人目の異世界転生者です! 景品をどうぞ!
受け取りましたら、あちらにお進みください」
「あっ、はい。どうも」
選べる電化製品ギフトとやらが入った封筒と袋を渡され、あちらへどうぞとドアの向こうに案内される。
そのままホールのような会場に入ると、大勢の人がぞろぞろと列をなしていた。
「前の方から詰めての着席をお願いしまーす」といった声だけが強く会場に響いている。
人生のどこかで幾度となく遭遇してきた景色だが、ひとつ見覚えのない光景があるとすれば、周囲の個性的な恰好の集団だろうか。
大剣に甲冑、魔女帽にローブ、旅の軽装……
『これから世界を救いに行く旅に出ます』とでも言いたげな服装をした連中。
耳の長いエルフだの獣人だのといった出で立ちの奴らも並んでいた。
前の奴の長い髭に気を取られながら、流れのままに席の最後尾付近に座る。
パイプ椅子、「祝」の字が書かれた大きな幕、ステージとマイクにスピーカー。
……少なくとも俺のイメージする「異世界」ではまるでないようだ。
見覚えの『ない』ものを何か発見できないかと会場を見渡していると、隣の席の角の生えた男が声をかけてきた。
魔族だろうか。ヤギの角に赤紫の髪。紅い目とマント。年齢も近そうだ。
「これ、何が始まるか、知ってるかい?」
俺の方が聞きたい。
「さぁ。でもステージの方に説明会ってあるし、何か歓迎会みたいなのが始まるんじゃないか?」
我ながら、記念すべき異世界での初会話にふさわしい内容だと思う。
「気がついたらコンピュータールームみたいなところにいてね。
案内されるままにここに来て、イマイチ状況を掴めていないんだ」
ちょっと偉そうで、すごく魔族っぽい口調。きっと形から入るタイプなんだろう。サマにはなっている。
「そこで名前決めて、種族決めて、変な診断やらされて……」
「やっぱり、君もそうなんだ。
僕、あの診断で『時を巻き戻す能力』なんてもらえてさ。
多分相当いい能力を引いたし、これで異世界スローライフを満喫しようと思っていたのだが……」
そのナリで時間操作でスローライフかよ……とは思ったが、ぶっちゃけ気持ちは分かる。
いざ異世界に転生したところで、別に世界を救いたくも誰かと戦いたくもない。
コンピュータールームから転送された先には、
『これより先、一時的に能力と魔法の使用を制限させていただきます』と書かれた看板があった。
安っぽい全身鏡に、印刷された「順路」の矢印。
「混雑しますので、早めの移動をお願いします」のアナウンスに急かされるように移動したのを覚えている。
「ここに案内されるまでの流れはみんな同じのようだね。
いやいや、良かった。何か悪いことしてしまったから能力が使えないのかと思って、少し焦っていたのだよ」
それらしい会話ができて満足したのかそいつはうんうんと頷いていた。
ふと、周囲のガヤガヤが収まった。
集団って不思議と(まったく、異世界に期待する不思議さではないのだが)会の開始を感じ取って静かになるな。
そんなことを考えていると、アナウンスが会場に響き渡った。
「これより、第二十九期生向けFグループの転生者説明会を開催します。
開会の挨拶を転生OBでもございます、転生者支援の会、副会長の『バナナパラダイス』さんから頂きたいと思います」
後ろの扉が閉まり、初老のおじさん、もといバナナパラダイスが壇上に現れる。
パチパチとまばらな拍手が会場に響いた。
「みなさん、こんにちは。そして、異世界にようこそ!」
スーツ姿の男が腕を大きく広げて笑いかけている。
丸みを帯びたボディに沿って、ネクタイも少し膨らんでいた。
「今、こんな場でも登録名がついて回るのかと後悔してる顔をしている人がチラホラいますね。
改名制度はちゃんとあるのでご安心を」
聴衆からハハハと相槌のような笑いが起きた。
何人かはホッとしたような顔をしている。
ちなみに俺が登録した名前は「ヒグルマ」。
火の車から安直につけたハンドルネームだ。
それと、講演はこちらの方でまことに勝手ながら省略させてもらう。
全編聞きたかった人には大変申し訳ない。
そうしたい気持ちは山々なのだが、説明会のスピーチを書き起こすと日が暮れてしまうのでご勘弁を。
※ ※ ※
説明された内容は以下の通りだ。
・ここは現代の日本人が定期的に転生してくる場所である
・転生人国家『和国』
この国で生活するには能力を国に預けなければならない。
・和国の外、『外界』に出たら能力を自由に行使できる。
・境界には強力な結界が何重にも張られており、一度出たら再入国は許可されない。
要するに、能力預けてここで暮らすか、能力持って出ていけってことだ。
説明を聴き終わった俺は、当然、和国行きを選んだ。
ワクワク能力バトルを期待してた人はすまない。
チーター同士が頂上決戦をしてるような世界で、およそまっとうな生活を送れる気がどうしてもしなかったのだ。
説明したバナナパラダイスが、『魔界』と言いかけて『外界』と訂正していたのも気になった。
おそらく和国の人にとって、この国の外は通称も印象も魔界なのだろう。
ただ、安心してほしい。それでも俺はこの世界で神になる。
その経緯を説明するためにも、もう少しだけ付き合ってほしいんだ。




