ローワン
読者の皆さん、こんにちは!この新しい章を楽しんでいただけたら嬉しいです。メインシリーズの次の章をどう書くか考えているところなので、今はとりあえずこのファンタジーをお楽しみください!
その世界で最初に学んだことは、赤ん坊には尊厳なんて存在しないということだった。
二つ目は――鶏という生き物は恐ろしい、ということだ。
俺は母親の膝の上で、小さな木造の家の窓際に座っていた。母は小さすぎて絶対に着心地の悪そうな服を縫っている。布地が彼女の指の間を素早く滑り、安物の麻布でできた淡い色のカーテンを朝日が透かしていた。台所のどこかから焼きたてのパンの匂いが漂い、部屋の隅の暖炉からは常に薪の燃える香りが流れてくる。
家全体は質素だった。
小さく。
暖かく。
騒がしい。
誰かが歩くたびに床は軋み、壁には朝の冷たい風が入り込む小さな隙間がある。頭上の低い天井は太い木の梁に支えられ、窓際には乾燥中の薬草が吊るされていた。古びた錆びたランタンが、吹き込む風に合わせてゆっくり揺れている。
外に広がっているのは――ただの田舎だ。
風に揺れる背の高い草原の緑の海。
歪んだ柵が小さな土地を区切り、その真ん中を茶色い傷跡のような泥道が走っている。
遠くに見える家は数えるほど。どれも黒っぽい木材でできていて、古びた藁葺き屋根が傾いていた。煙突からはのんびりと煙が立ち上り、一台の荷馬車が死にかけみたいな速度で道を進んでいる。
巨大な城壁はない。
城もない。
行軍する騎士たちもいない。
いるのは――一羽の鶏だけだ。
そいつは柵の近くに立ち、ずっと窓越しにこちらを見つめていた。
瞬きすらしない。
風が白い羽毛を揺らしても、微動だにせず、まるで魂を覗き込む邪悪な存在のようにこちらを凝視している。
あれは絶対に普通じゃない。
「ローワン?」
無視した。
鶏はまだ見ている。
「ローーワン」
母は冷たい指で俺の頬をむにっと掴み、顔を近づけてきた。金髪は雑に後ろでまとめられていて、数本の髪が淡い色の瞳にかかっている。
彼女は小さく笑った。
「ママのお話、聞いてる?」
ああ。
そうだった。
俺はもうローワンだった。
まだ慣れない。心のどこかでは、今でも「アラリック」と呼ばれる気がしている。だがその名前は、どうやら俺と一緒に死んだらしい。
今の俺は、辺境の農村の小さな家で暮らす、ぷくぷくした赤ん坊に過ぎない。
なかなか立派な悲劇だ。
再び窓の外を見る。
母は変わらず縫い物を続けていた。針が布を通る音が、遠くの鳥のさえずりや草原を吹き抜ける風の音と混ざり合う。
静かすぎる。
俺がいた世界と比べれば。
悲鳴もない。
空を覆う黒煙もない。
剣のぶつかり合う金属音もない。
あるのは悪魔みたいな鶏だけだ。
父が薪を抱えて扉から入ってきた。
同時に冷たい風と濡れた土の匂いが家へ流れ込む。泥の飛び散った靴のまま、彼は足で扉を蹴って閉めた。
「お、見ろよエレノア。また考え込んでるぞ」
「あなたが変な話ばっかり聞かせるからでしょう」
「男には変な話が必要なんだよ」
父は薪を暖炉のそばへ置き、そのままこちらへ歩いてきた。
あの大げさな笑顔は、たぶん顔に貼り付いているんだと思う。
父は背が高く、力強く、家全体を一人で騒がしくできるタイプの男だった。
母は、許可も取らずに俺を抱き上げた父を見て呆れたように目を細める。
この二人が妙に仲の良い夫婦だということは、もう理解していた。
五秒前までくだらないことで言い争っていたかと思えば、次の瞬間には何事もなかったように笑っている。
父は俺を高く持ち上げた。
高すぎる。
心臓が口から飛び出るかと思った。
天井近くまで来ると、煙で黒ずんだ木の梁まで見える。
「おおっ! ローワンはきっと強い戦士になるぞ!」
違う。
ローワンは吐きそうだ。
俺は必死に腕をばたつかせ、ようやく父がテーブル近くの膝へ座らせてくれた。
中央の机は黒っぽい木製で、表面には無数の傷や焦げ跡、古い切り傷が刻まれている。
まるで戦争を生き残ったみたいな机だった。
たぶん実際そうなんだろう。
母は窓際で縫い物を続けながら、ちらりとこちらを見た。
「騒がしくしないでよ」
「俺が? まさか」
大嘘だ。
父は妙な歌を口ずさみながら、足を上下に揺らし始めた。
椅子がぎしぎし鳴り、その振動が俺の体に伝わる。
最初は少し楽しかった。
だがすぐに速くなりすぎた。
上がる。
下がる。
上がる。
下がる。
俺の小さな体は、壁に投げつけられる寸前の芋袋みたいに揺さぶられる。
脳内では、もはや高危険度軍事作戦だった。
服を掴んで体勢を保とうとするが、小さな手ではほとんど意味がない。
父は危険性など一切気づかず、母へ話しかける。
「なあエレノア、こいつ大きくなったら髪はどっちに似ると思う?」
「あなたの頭の悪さまで似たら終わりね」
「ひどいな」
父の足がもう一度上がる。
体が傾く。
かなり。
まずい。
いやいやいや――
――ゴッ――
世界が痛みに弾けた。
額をテーブルの角へ直撃し、瞬時に涙が滲む。
鈍い音が部屋中に響き渡った。
父はその場で凍りつき、俺は視界に星が飛んでいる理由を理解しようとする。
沈黙。
外のあの忌々しい鶏ですら驚いているようだった。
次の瞬間、母が椅子を倒しかけながら立ち上がる。
「ゲリス!」
「わざとじゃない!」
「あなた、息子を机にぶつけたのよ!?」
「いや、正確には自分から落ち――」
「ゲリス!」
俺が泣き始めるより早く、母は父の腕から俺を奪い取った。
正直、悲しいというより屈辱だった。
戦争で死に、敵兵から生き延び、異世界へ転生した結果――机に敗北するとは。
情けない。
母は俺の茶色い髪をかき分け、右目の上の傷を見て不安そうに息を漏らした。
「まあ……」
父は裁判待ちの罪人みたいな顔で近づいてくる。
「そんなに酷いか?」
「酷いに決まってるでしょ!」
「でもこいつ頑丈そうだし」
頑丈じゃない。
その時、母は俺の額へ手を当て、静かに目を閉じた。
空気が変わる。
窓から吹き込む風が弱まった気がした。
針の音も。
暖炉の音も。
外の鳥の声さえ。
まるで家そのものが息を潜めたように、静寂が満ちていく。
そして彼女は、理解できない言葉を小さく唱えた。
緑色の光が指先から溢れる。
暗い室内を、無数の光粒が蛍のように漂った。
その光が母の横顔を淡く照らし、透き通った瞳に反射する。
緑の輝きが俺の額を包み込む。
暖かい感覚が全身を巡った。
痛みが消える。
本当に、跡形もなく。
俺は目を見開いたまま、そのあり得ない光を見つめていた。
いや。
いやいやいや。
あれは魔法だ。
本物の魔法。
母は再び目を開き、小さく安堵の息を吐いた。
「これで大丈夫」
父がすぐ近づいてくる。
「どれどれ」
傷は完全に塞がっていた。
だが右目の上には、小さな跡だけが残っている。
「んー……これは傷跡になるかもな」
「全部あなたのせいよ」
「でもそのほうが格好いい!」
「本当に役に立たないわね」
二人の声が、もうほとんど耳に入らない。
俺はただ、母を見つめ続けていた。
緑の光。
詠唱。
瞬間治癒。
母は魔女だった。
俺は必死に腕を伸ばし、彼女の顔へ触れようとする。
母は小さく笑い、再び俺を抱き上げ、肩へ頭を寄せさせた。
いや。
これは全部変わる。
俺は、母親が素手で魔法を使う世界に生まれ変わったのだ。
そして俺は――
この狂った世界の正体を、絶対に突き止めなければならない。
家族のひととき




