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第二十二章 心なんてままならないー2


「――で?」

「で?」

「どうなってんの? そっちは」


そう言いながら、手にしたジョッキを一気に煽る。

くーっ! 駆けつけ一杯のビールは最高! 

五臓六腑に染みわたるってこういう事を言うんだよね。

すきっぱらの胃にダイレクトに来る。

あんまり身体に良くないってんのに止めらんないわ。


「う~ん… 結構苦戦」


そう言いながら、同じ様にジョッキを一気飲みしている平川真由美サン。

場所は言わずと知れたいつもの居酒屋。


「思ってた以上に、あっちこっちから

邪魔がうじゃうじゃ出てきてるって感じ?」


山本センセってやっぱりモテんのね~ 


「…それは、あたしもビックリした」


実は、奴が最初に赴任してきた時、

こりゃ~ヤバいかな? とは思ってた。


病院の職種における男女比率には厳然たる性差がある。

そこにネギしょってやってきた。

そう思われても仕方ない。

昔から見慣れ続けた顔の造作はともかく、

たっぱはあるし、若いし。

しかも、曲がりなりにもお医者様。

三拍子、いや四拍子ぐらいの高物件。


「ここ最近のフィーバーぶりはちょっと半端無いわね。

改めてびっくりって感じ?」


「…あのね…」


バタン…とわざとのようにテーブルに突っ伏した真由美から、

ひく―い声が降ってくる。


「今更、あんたがそれを言う…?」


座っていたカウンターの椅子の上、

くるりと身体を廻して真由美はあたしにその指を突きつける。


「いっとくけど、

そんな事をへーぜんと口にしてんの、あんただけだかんね!」

「人を指さすの、マナー違反だよ?」

「だれがマナーの話をしてる!話そらしてんじゃないわよ。

しかも、フィーバーって何よ、フィーバーって」


あんた、言語センス古過ぎ!――そこ、突っ込むトコ? 


「だって、剛史だよ?」


あんなのの、どこがいいのよ…


独り言のようにジョッキに消えたあたしの言葉を、

耳ざとくも拾い上げて、真由美が溜息をつく。


「改めて、なんであんたにこんな事言わなきゃならないのか、

あたしにはそっちの方がわかんないんだけど。

――いい? 山本先生ってば凄いのよ。

地方とはいえ国立大の医学部にストレート合格。

さらに、しっかり医師免許も一発合格。

研究室じゃ抜群の器用さで様々な実験に関わった挙句、

残ってくれって懇願する教授陣を後目に臨床を希望したとか。

研修中もオペの器用さを買われて、引く手あまただったのに、

全てを振り切ってさっさと地元への就職を決めてUターン」

「え? そうなの?」

「そうなの!――ってか、マジ、知らなかったの?!」

「えっと…」


ははは… 全て存じ上げません…


「――それって、ホントに剛史の事?」

「ホントもホント。なんで、そこまで信用無いの?!」


え~っと… ごめんなさい。

真面目に、ありません。


剛史……結構凄いやつだったんだ…


「あれ? そんな詳しいことまで、なんであんたが知ってんの?」

「これはね、常識の範囲なの。常識の」


そうか。

個人情報がこんなに漏れていくのって、常識の範囲だったのか…


妙な所を感心しているあたしは、この時点で結構酔っている。

つまり、同じくらい酔ってる真由美は、そのまま一人でヒートアップ。


「顔だってそれなりで、性格も言う事無し! 

腕も良いから患者の評判も悪くない。

これでモテなかったら変でしょうが」

「顔と性格に反対票一票」

「性格はともかく顔に反対票? あんたどんだけ面食いなの」

「あたし別に、面食いじゃないよ」

「自覚が無いなら、なお悪い!」


いや、自覚はしてますってば。 

あたし、顔だけで惚れたんじゃねーもの。


でもあたしは、()()アレクを見慣れてる人間。

アレクの、月さえ裸足で逃げだす様な美貌に比べれば、そこらの男は…



――ああ見せたい! 


見せてやりたい! 


それこそ、全世界中にでも見せびらかしたい!



脳内で、とんでもなく不可能な事を考えて苦悩するあたしの横で、

真由美は真由美で、苦悩する。


「あ~あ。まさか、こんな事になるとはねぇ~ 

センセ落とすより、

周りのライバル蹴飛ばす方が大変なんて思ってもみなかった」


ぐびっ!

おい… いつの間に冷酒なんぞ注文してんだ。

小さなグラスにガラスの徳利から、

薄い琥珀色の液体が惜しげもなく注がれる。


「それ、なに?」

「久保田」

「ずるい! 大将! あたしもグラス!」


ぐびっ…

うう… 美味しい…

水よりもまったりとして、さらっとのどを焼く呑み口… 

ビールも好きだが、日本酒の奥深さも捨てがたい。


ぐびっ…ぐびっ…

差しつ差されつ。

気の合う人と呑むお酒って、本当に美味しい。


波長が、真由美とは合うみたい。

あっちもそう思ってくれたら、嬉しいんだけど。


少しだけとろんとしたその顔は、

実に実に色っぽいけど、これってどうやら仲間用。

いつもの造った色気顔より、

こっちの方がすごく可愛いと思うんだけど。 

ほんの少し目じりが下がって――


そんでもって、お口が凄く軽くなるんだ、この人は。


「…しっかし…」

「え?」

「あんまりじゃない~?」

「ん~? な~に?」

「『な~に?』じゃないわよ~! 

き~てるでしょ? あたしのライバルが増えた理由! 

その理由が、あんたと、こうして、差しで呑んでるからだって…… 

おかしくない?」


本当に酔ってますね、おねーさん。

軽いだけじゃなくて、絡んできてる。


「そこんとこは完全同意。

あたし、こうやってあんたと呑むの、やめるつもりはないんだけど。

あんたは?」

「恋とお酒は別でしょう! あたしは美味しく呑みたいの!」

「それは重畳。さしで付き合える仲間は貴重」

「そうそう。 美味しく呑まなきゃ酒に失礼!」


『友情』に――なんて言っちゃわないのがお互い様。

このぐらいの距離がいい。


「大体、あんたたちの距離感バグってんのがいけない。反省して」

「どこがよ」

「何の遠慮も無く口ゲンカしてる」

「まあ、そりゃ… でも、なんで?」

「何の遠慮もなく言いたいことを言いあえるなんて、

よっぽど仲がよくなきゃありえないでしょ? 普通」

「確かにあいつと兄貴とは、

今でもしょっちゅうつるみまくってる悪友同士だけど。

あたしと奴の間にあるのは、良く言えば幼馴染。

悪く言ったら、不倶戴天ふぐたいてんの敵同士」

「ふ、ふぐ?」

「いや、その河豚ふぐじゃなくて。

――どうやったって、相容れない間柄」

「……いったいいつの時代の人間なのよ、あんたって…」


え~? そんな呆れた風に言わないで。

こういう言葉って、もう、使わないのかな。

結構便利に使えるのに。


そんな風にぶつぶつと言語の不備を嘆き続けるあたしを、

真由美は生緩い目線で嘗め付ける。


「あんたがどういうつもりかは置いといて。

ぶっちゃけ山本センセとあんたってば、

それこそ十何年連れ添った夫婦みたいなもんだわよ、傍から見たら」


「夫婦ってなによ、夫婦って」


好きも嫌いもすっ飛ばして夫婦…? 


「あたしの意志とか好みへの考慮はないんか?」


なんで、誰ひとり聞いて納得してくれないの。

あたしにだって、ちゃ~んと意志も好みも――


「あのさぁ、一度真面目に聞いてみたかったんだけど。

あんた、本当に山本センセの事、好きじゃないの?」

「す…!」


…きじゃない! って、思わず言いかけた。


「――なんで、そういう話になんの…」

「ぶっちゃけ単なる興味、かな?」

「あれは敵! あたしの天敵!」


そう。ただの腐れ縁! 

お知り合いでしかないんだから!

力説しまくるあたしを、真由美は胡乱な眼つきで眺めてくる。


「――もしかして、あんたってそっち系?」

「……聞きたくないけど、そっちって?」

「ゆり」

「は?」

「百合って言ったら、あれでしょうーが。薔薇の反対?」

「ば、バラって…まさか…」

「ああ、そっちはわかるのね。

そう言えば、あんたの名前も『ゆり』だった。『名は体を表す』? 

あれだけの物件にあんなにアピールされてんのに、なびかないってありえない」

「ア、アピールなんてされてない!」

「あんた、ほんとにマジで言ってる?」

「マジって何よ!マジって!」


あたしとあいつは、そういう風な艶っぽい間柄では絶対なくて!


「まあ、それは置いておいて。……ホントに違う? そっち系」


――それは余りに、失礼だろうが!


「絶対に、ぜ~ったい、ありえない!」

「ほんと?」

「ホントに!」

「――まあ、そうよね~ 

なんたって、このあたしを口説いてこないんだもの。

そっちのはずはないわよね~」


コロコロコロコロ… 

軽やかな真由美の笑い声が木霊する。

どんだけ自分に自信があるんだ、アンタ…


「でも、だとしたら、ますます不思議。

山本センセはダメで、あたしでも無し…とすると… 

――もしかして、あんたって、人外?」


どうしてそこまで行っちゃうの!


「あ、あたしにだって好きな人はいるんだもん!」


だから、思わず大声で叫んじゃった。

うわっ、ヤバい! 

真由美が目の色変えて食いついてきたじゃないか!


「ほう、 だれ?」

「い、言わない!」

「いいじゃないの。聞かせてよ。

あの山本センセに落ちないあんたの思い人。すんごくきょーみ、あるわよね~」


そんな興味、持たんでいい!


「い、や、だ!」


言ったりなんかするもんか。


「あたしの事なんて、ほっておけばいいじゃない!」

「ここまで聞いたらほっとけない。

それぐらい、あんただってわかるでしょ?」

「わかるか、そんなもん。ただの野次馬根性だろうが」

「まあまあまあまあ、そのとおり。

…で、だれ? だれなのよ~ 

誰にも言わないから、教えてよ。

放射線の高島さん? MRの鈴木さん? それとも検査技師の…」

「だから、病院の人じゃないってば!」


あんたって、どんだけ情報持ってんの! 


「病院外の名前まであるじゃない!」

「だから、この程度の事は常識だって。何回言わせんのよ、まったく」


常識か?常識なのか? 

こうやって並べられたって顔と名前が一致しない、

あたしみたいな人間だっているんだぞ。


「んで、だれ? いったいどこのどなたかな~? 

あんたみたいなのが惚れる人」


にこにこにこ。

真由美サン… 誰かに似て来ちゃいませんか…?


「…この辺の人じゃないもん」

「この辺の人じゃないって… あたしの知らない人?」


コクン… これは本当。

真由美だけじゃないよ。

あたし以外は誰ひとり、知ってさえいない人。


「どんな人よ。いい男?」

「もっちろん!」


あの人は。

あたしが大好きなアレク(あのひと)は。


「強くって、優しくって、背が高くって、

頼りがいがあって、すごく、綺麗な人…」


そう。凄くすごく綺麗な人。


ああ、そうか。


嬉しい… ――あたし、今、すごくうれしい。


あたし、言いたかったんだ。

誰かに知って欲しかった。


自分が、誰かを好きな事――あたしが大好きなアレクの事を。


「あらら、ベタぼれ」


呆れた様な真由美の顔も、

自然にゆるんでいくあたしの顔を止められない。


そうだよ。あたし好きなの。

あの人の事が大好きなの。


「でもね、ダメなの。婚約者がいるから」


にっこり、笑いながら。

思わずそこまで言っちゃったあたしに、

真由美が目を見開いちゃうのがわかる。


「はあ? どういうことよ、それ」

「だからね。その人にはもう婚約者がいてね」

「え?ちょっとなに?

それって片思い…まあ、どんなもんでも最初は片思いだけど…

え?なに? 全然見込みが無いってこと?」

「うん」


見込みがないのは、それだけが理由じゃないけれど。


「その婚約者って、金の髪に目は蒼くって凄く綺麗でね。

アレクは銀の髪だから二人並ぶと凄くお似合いで…」


「ちょ、ちょっと待った!」


調子に乗っていたあたしは、真由美の声に目をぱちくり。


「金髪?」

「うん」

「青い目に銀髪…?」

「うん…」

「アレクって…?」

「あ…」


しまった…!

真由美の視線の余りの冷たさに我に返る。

初めて他人にアレクの事話すことができたからって、

ついつい調子にのっちゃった!


こ、こんなこと、聞かされたら普通は…


「…有里…ちょっと聞くけど、

もしかして俳優とかって言わないわよね?」

「ち、ちがう!」

「手が届かないって、二次元とか、漫画とか、

まさかと思うけどアニメのキャラクターとかって言わないわよね!」


ああ、やっぱり~!


「違う!違うって! 

ちゃんと生きてる人間だし、会話もだってしてるもの! 

向こうだって、きちんとあたしの事、知ってるし!」


いや、正確には、()()()()()()を知ってる訳じゃないけれど。


「――どういうことよ」

「…」

「有里」

「…言いたくない」


これ以上、言いたくない。

どう言ったって、どんなに言葉を尽くしたって


――きっと、わかってもらえない。


当たり前じゃないもの。

普通じゃないもの。


それは、誰よりもあたし自身が知っている。


「――わかったわ。聞かない」

「え?」

「あたしには相手が誰かなんてわかんないけど

とりあえずあんたは真剣なんでしょ?」


コクリ…

真由美の言葉に頷くしかできない。


「あの… 真由美…?」

「実らないってわかってるんなら、もう少し現実見なさいって!

…って、ホントなら言うべきなんだろうけど」


――あんた、本気そうなんだもの。


「わかる、の…?」

「それぐらいわかるわよ。納得してる訳じゃないけどね」


くいっ!


忘れられて少し温もった冷酒を、真由美が一口煽る。

綺麗に赤く彩られた唇が、ほんの少しだけ濡れてその形を変える。


「だって、相手がどんな人であれ、

好きな気持ちは変えられないでしょ?」


彼女は紛れもなく笑みを浮かべていて。

その笑みが、もの凄く切なくてあたしは思わず顔を伏せる。


「…気持ちって簡単に変えられないのよ」


変えられたら、楽なんだろうけど。


「真由美?」

「これって… 引きずっちゃうから…」


何を…?――これは、聞いちゃいけない事だ。

わかってもらえると思わなかった。

なら、真由美は――


「――でも、どうせ失恋するってきまってんのに、あんたもばかよね~」

「――! バカって言うな!」

「もしかして、M?」

「誰が、Mか!」


あの、空気が消える。


でも、このままでいいんだ。

あたしたちは、まだ。


「完全に失恋した時は言いなさいよね。

しっかり相手の事吐かせた後、愚痴ぐらいは聞いてあげるから。

あんたのおごりで」

「こんの、鬼畜!」

「なんとでも」


クスッ…と笑った真由美の顔は、

いつも通りの色っぽい、何処か挑戦的なままの笑みで。


だからあたしは安心した。

自分の気持ちに安心した。









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