表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/48

第二十章  黒の想い、銀の視線


「ユーリ、伝令の役目、ご苦労」

「は、はい。遅くなって申し訳ありません」


アレクが扉を開けてくれた団長室は、前にガイと入った時と同じ。

あの時も、アレク自ら扉を開けさせちゃったんだよね…


「でも、あの、お返事ですが…」

「ああ良い。返事が、一緒に来たがったのだろう? 

かえって迷惑をかけたな。これのお守りは大儀であろう」

「い、いいえ。ヒューバー団長には、大変良い経験をさせていただきました」

「庇い立ては無用だ。どうせ無理を言って付いて来たのだろう?」

「あんな手紙寄越しといて良く言うな。

あれを見たら早かれ遅かれ、俺が来ることなどお見通しだろうに」

「騒動を起こせとは言っていないが?」

「あんなもの、騒動の内に入るかよ。

次代を担う若者に、鍛錬たんれんほどこしただけだろうが」

「アルシャインに乗せたと聞いたが?」

「…この地獄耳… さっきの今だぞ」

「あれだけ門前で騒げば、知らせが来るのは当然だ。

けいも分かっていてのことだろう。

……私の部下を、軽々しく騒動に巻き込むな。

何かあれば、看過できる話ではない」

「アルはあれで主人の言いつけには忠実でな。絶対に落っことすなと言いおいた。

現に、こうやって坊主は五体満足だろうが」


…やっぱり、言い聞かせてくれてたの…

確かにユーリは、五体満足ではありました、けどね。


「聞いていた通り、坊主の騎乗もなかなかなものだったぞ」

「――誇った私の責任か……」


呆れた口調はアレクにしては珍しい。

でもこれは、喜んでいい誉め言葉。

ふわっとユーリの顔が緩むのがわかる。


うん。純粋にあたしも嬉しい。


あの黒鹿毛くろかげ、アルシャインって言うんだ。

アルシャイン――で、アル、ね。

なかなかにいい名前。


「坊主。お前自慢していいぞ。

俺のアルに乗った事がある奴は、他にいないからな」


すごく嬉しそうなガイを見てると、こちらまで楽しくなる。


愛車自慢する男の子って感じ?

男の人って幾つになっても、こんなところがすごく可愛い。

あたし(おんな)が言っちゃいけないセリフかもしれないけど。


「ユーリ。こやつの甘言を鵜吞みにするな」

「甘言とはなんだ、甘言とは。俺は事実しか言ってないぞ」

「確かに、単独でアルシャインに乗せたのはユーリが初めてだ。

だが、卿に乗せてもらった者が他にいないわけではあるまい。

そのような言い方をすれば、聞いた者が傷つくぞ」


軽く。本当に軽くアレクがそう告げた途端、

一瞬、ガイの全てが止まった。


「――何の、事だ? 俺は誰も乗せた事なぞ無いぞ」


「そのように言うものではない。

確かに緊急時とはいえ、本来ならあってはならないことだ。

だが、姫にとっては初めての出来事だったのだ」


「姫…って、ミルヴァーナ様、か…? 

……もしかしてあの時の事か? あれは、他意は――」


どうしたの?

ガイが――あのガイが、ユーリに解るくらい動揺してる。


――アレク?


「いや、咎めだてをしたい訳ではない。すまない。わたしの言葉が足りなかった」

「アレク。あの時の事は内密の…!」


そう言った途端、

ガイのその射抜くような視線がユーリ(あたし)を貫いて。


ビクッ!!


思わず身体が硬直する。


何…? 

何があったの…?

ユーリのその動揺はそのままあたしに伝わって、心臓が苦しい。


こんな視線、ガイに向けられた事なんて、無かった。


「…あの……」


あの… 

それ以上、ユーリは言葉を続けられなくて。


いちゃいけなかった…? 

あたしたちは、ここにいちゃ、いけなかったのだ、きっと。


「ああ、ユーリ…… 結局君を巻き込むことになってしまったか。

これは私の失態だ、すまない」


そんなあたしたちの動揺を、救いあげてくれたのはガイではなくて


「隠したままではお前も気になって、かえって余計な憶測をするだろう。

これから話すことは他言無用だ。誓えるか?」


アレクの言葉は、ユーリに言うよりは、

むしろ殺気を孕んだガイを静める為のもののようで。


「は、はい…!」

「――何に?」

「だ、団長に… 

アレクシーズ・ユノ・コルフィー第一団長に誓えます…!」


本当に、心から。


「そこまで大げさな話では無いのだが…」


そう言って笑ってくれたアレクに、少しだけ気持ちが落ち着く。

怖くてさっきから見れないガイの気も、

少しだけ落ち着いたみたいでホッとする。


いったい何があったって言うんだろ。

どうやら、ガイと――やっぱりミルヴァーナ様との事みたい。 

いわゆる、『あの折』の事、かな? 

アレクは、なにか、知ってるの?


「毎年夏になると、

王家の方々が北の離宮に避暑に行かれる事は知っているな?」


声を出さずに頷く。


首都シュロスの北、馬車で半日ほどのところにクレイド湖がある。

水の美しさで有名なその湖には離宮が有って、

夏になると王家の方々がお忍びで避暑に行かれるのは有名な事だ。

ただし、警備と予定とか色々な面を考えてか、

いつ行かれるとか、何日滞在されるとかは極秘になっている。


ソレニアは穏やかに安定している国だけど、

それでも暗殺とか、不審死とか、そんな事例が無い訳じゃない。


「昨年、その道中でミルヴァーナ姫が襲われた」

「――!」

「いつも通り、日程やその他道筋など、

ごく一部の信頼できるものにしか知らされていなかった筈であるのに、だ」

「………」

「賊は行き当たりばったりの山賊などでは無い。確実に姫を狙ってきていた」


……ヤバい…


これは、マジに聞いてはいけない事ではないだろうか。


王家の姫の暗殺…? 

そんなもん、国家の一大事でしょうが。

何で極秘になってるの!?


「護衛は倒され、寸での所で姫も危うかったのだが…」


ゴクッ…と自分の喉が鳴るのがわかる。

…アレク、ここで、言葉を溜めるな!


「偶然居合わせたガイが、とっさの判断で、ミルヴァーナ姫を救い出した。

結果として、ガイが姫を“かっさらった”形になった」


――か…?


「かっさらった…?」


いきなり、口調が軽いですよ、アレクさん!


「……人聞きの悪い。その場からお連れして逃げただけだ」

「単身、馬で乱闘の中へ乗り込み、

ついぞ下馬することもなく、姫を抱き上げて連れ去っただろうが」

「月に一度の野外演習の日だったんだ!

団員たちは先にマルシアの丘にいたが、俺は所用で一人遅れて。

たまたま近道をしようと思ったところで、その場に出くわしただけだ。

最初はどこぞの令嬢が不埒な真似に、と思ったから、ああなった!」


高貴な御身と知ってたら、あんなやり方するものか。


「団員達が一緒だったら、その場で制圧できたんだが…」

「その判断のお陰で、大事に至らずに済んだ」


ふうっ…と、一つアレクが溜息。


「賊はどうやら、姫のお命を狙ったのではなく、

御身を何処かへ連れ去るつもりだったようだ。

その後かなり執拗に、姫を連れて逃げるガイを追ってきたのだろう?」

「姫が一人増えた所で、アルはビクともしないからな。

引き付けるだけ引きつけて、

出来ればマルシアの丘まで持っていきたかったんだが」

「それは流石に無理と言うものだろう。

だが、卿が引き付けてくれたおかげで、

付いていた者たちの犠牲も最小限で済んだ」


図らずも、絶妙のコンビネーションで、

その時の状況を説明してのけてくれるこの二人の事は置いといて。


それって、ものすごく大事おおごとじゃないですか! 


「……その時の、賊は…?」

「三人、ガイが動けなくしておいた者がいたが、

追捕の者が捕らえる前に自害した。あとの者は――」

「異変を感じた俺のところの奴らが、

様子を見に来た途端、あっという間に引きやがった。

せめて一人なりとも、生きて捕らえたかったんだが」


「…?」


心底悔しそうなガイの口調に、ユーリは首をかしげる。


「――わからないのか? まだまだだな、坊主。

生きて捕らえてこそだと言うのに」


舌打ちをしそうなガイに、アレクが不自然な程穏やかに言葉を重ねる。


「賊は姫の行動を、正確に把握してその警備の隙を付いてきた」


この意味がわかるか?


「そもそもごく少数、信頼できるものにしか伝えられていない筈の行程を、

どうして賊が知っている?」


「――!」


……いや、それはまずい。


まずいって言うか、ありえない。


本来ありえない事が起こるって、それは、つまり…


「…密偵が、入り込んでいるって事ですか…?」

「その可能性が高い」


軽く両手を組み合わせて、

静かな表情でユーリを見詰めるアレクには、何の憂いも無いみたい。


さらり……と、そんな大事な事を、何の感情も見せずに告げる事が出来る。


傍に佇むガイも、

さっき一瞬だけ見せた感情の発露は、もう片鱗さえ感じ取れない。


耐えきれず、奥歯が当たる音がする。

ユーリ、落ち着いて。

もう、聞いちゃったから逃げられない。


重苦しい空気の中、変わらない二人の姿。


冷静に、沈着に、

感情すらもコントロールして。


そんな世界にアレクたちはいる――


「今は変に騒ぎたててネズミを巣穴に潜らせるより、

もう少し泳がせて確実にその尻尾を押さえる事に徹したい。

…先ほどの誓いを守れるな?」


「は、はい!」


穏やかに、まるで何かお使いを頼む様に――

でも、これって絶対に他言無用って事だよね。

信頼されたって事は嬉しいけど…

嬉しいけど。


大丈夫か? あたしたち。


「――この状況下で、

姫がむやみに出歩かれるなどあり得ないだろうが…」


ポツリ…と、それは決して誰かに聞かせる為の台詞ではなかったと思う。


「ああ、無事に会えたのだね。入れ違いになるのではと案じていたんだが」


しっかりとガイの呟きを受け止めて、アレクが微笑んで言う。


「どういう事だ…?」

「一度、どうしても卿に会いたいと懇願された。

今日、もしかしたら会えるかもしれないとお伝えしたまでだ。

姫もこちらには来られるのは僅かな時間、どうかとは思っていたのだが」

「…アレク…いったい…」

「どうしても、返さねばならないものがあるとおっしゃっておられた。

無事に、受け取れたか?」


微笑みをたたえたまま。

アレクの顔に、あたしは穏やかさしか感じることはできないのに。


告げられた内容は、ガイにとっては余りにも重い。

微かに強張りかけたその表情を、果たしてユーリは、

――アレクは、気付いているのだろうか。


「……こんなむさくるしい男に会ったって、なにもいい事なんぞないのにな。

律儀なお方だ… 流石にお前の婚約者だけの事はある」

「褒め言葉に聞こえないが、そう取っておこう」

「……もしかして、

俺をこっちへ来させようとしたのはそれだけの為とは言わないな?」

「当然だ。もし、時間が許すなら、色々と話さなければならない事がある。

つきあってもらえるか?」

「つきあうつもりがなきゃ、こっちへなんぞ来てねぇよ。

――仕切り直しだ。酒を取ってくる。ちょっとこの坊主を借りるぞ」


ぐいっとガイに頭ごと引っ張られる。


「あ、あの! 酒宴の準備ならわたしが一人で…!」

「ついでになんか食いもん見つくろって来たいんだ。良いから付き会え」


そう言って強引に団長室を出て行こうとする。


「アレク」

「何かな?」

「もう少し、ミルヴァーナ様に付いていて差し上げろ。

いくら昼間、城内だろうと、たった一人の護衛だけでは心許こころもとない。

何かあったらどうする気だ」

「腕の立つ信頼の出来る者を侍女として付けてある。影も付いている筈だ」

「それでも、もし…」

「せめて、城の中だけでも、自由にさせて差し上げたい」


形だけで、あってもな…


初めて、アレクの声音の中に微かな感情が混じる。

それは、姫への彼の確かな思いがあるように思われて…


――ツキン…


覚えのある痛みが心臓に走る。

それを感じるのは、もしかしたらあたしだけじゃない。

ユーリの頭に乗せられた手が、少しだけ力を増して、痛い。


無言で、ガイが踵を返す。

その背に、穏やかな声が掛る。


「ガイ」

「…」

「姫を…ミルヴァーナ様を救ってくれた事、心から感謝している」


ありがとう。


そう告げたアレクを、あたしは思わず見返して絶句した。


なんて…なんて顔してるの…


今まで見てきた笑顔が、すべて帳消しになるくらいの。


穏やかなだけでは無い。

綺麗なだけでは無い。

清濁を呑みこんで、何もかもその胸の中に納めて。


それでも、何かを求めて闘う事を止めない、

清冽な微笑みがそこにはあった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ