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第十九章  トーラ


隊舎の扉を開けて、中に入る。

なんとなく、無言で足を進ませていく。


「あの…!」

「……なんだ?」

「ト、トーラの国って…」

「――ああ、それか」


きつく、難しい顔をしていたガイの視線が和らぐ。

ホッとすると同時に、すこし、梯子はしごを外されたような感じ。


あの、どうにも気まずい雰囲気は消えたけど、

もっともっと聞きたいこと――

聞かなきゃなんないことは、他にもいっぱいあるはずなのに。


――いや、どうしたって、そこは聞いちゃいけないこと、だけど。


「トーラは俺の故郷だ」

「え?」

「ガキの時分… 七つぐらいまで俺はトーラで育った」

「トーラって…アドリアスの南の方の国ですよね。確か常夏の…」

「常夏って程じゃないが、確かに暑いとこだ。俺の祖母はトーラの出でな。

まあ、色々事情ってもんがあって。

その縁で、ガキの頃はトーラでばあさんに育てられてたんだよ。

――知らなかったのか?」


はい。初耳です。

そんな事、聞いたことないですし。

確かに、ガイって何処か異国風のーーなんて言うか、

エキゾチックな独特の雰囲気があるとは思ってた。


「事情…?」


――ってなんだろう?

聞くつもりは無かったのに、ユーリは口に出しちゃった。


「まあ、その辺はだな…」


苦笑しながらガイが軽く自分の髪をかき混ぜる。

うわっ やばい!


「あ、すみません。不躾な事を…」

「いや。そんな大した事情がある訳でもないんだが…」


やばい~、やばい~

プライベートだもん。聞いちゃいけないよね、ユーリ。


わたわたと、

失言にうろたえまくるユーリに同情してくれちゃったのか何なのか、

苦笑したその顔のままで、

ガイがあたしたちの頭をポンポンと叩いてくれる。


「おい。落ち着けって。そんな大した話でもないんだから」


そう、恐縮しなくてもいいって。

そんな風に言ってくれるけど、

何かますます身の置き所が無くなっちゃうんです。


「す、すみません…! 僕…いえ、わたしは…」

「別に秘密でも何でもねぇし、坊主が知らなかったって方が驚きなんだが… 

…まあそのなんだ。

俺の両親ふたおやの結婚ってのが、いわくつきで。

ざっくばらんに言ってしまうと、俺のおふくろの方の家が、

しつこくおふくろとオヤジとの結婚を許さなかったってことだ。

それに業を煮やして二人で駆け落ちしたとか、まあ、色々とな」

「か、駆け落ち!?」

「オヤジは混血だったからな~ そんなこんなで一騒動。

どさくさの中で俺が生まれちまったもんだから、

落ちつくまでばあさんが、預かって育ててくれてたってわけ」


な? 良くある話だろ?


――って、ガイさん。

そんな話があっちこっちに転がってたら、大変です。

ユーリが、どう答えて良いのか、思いっきり迷ってるじゃないですか。


ここって今の日本とは比べ物にならないくらいに保守的…

と言うか、色々な意味で縛りが多い。


特に婚姻とか個人の問題じゃなくて、

家と家との結びつきの方がものを言うって感じだよね?

だから、恋愛結婚なんてほぼ皆無。

大体は生まれた時からの許嫁とか、家同士の約束とかって

結婚相手は決められるみたいだし。

特に、貴族とか豪農とかって、

大きな家をしょってる人程その傾向は強いから…


……えーと、えーと。


ガイは確か生粋の貴族って訳じゃないとは思うけど。

でも、結婚を反対されたから駆け落ちって話になるって事は…


「…ヒューバー団長… 団長のお家って…」

「ああ。一応父親が、ゼリアの街の顔役やってる」


か、顔役…――あ、ヒューバー商会。


ゼリアは、ソレニア最大の港町。

アドリアスの海に面した貿易港だ。

合議制の自治組織が、

貴族よりも力を持ってるって確かどっかで聞いた気がする。


そこの顔役? 

それって、下手な下級貴族なんかより

実力的には凄いってことではないですか?


「おいおい。なんて顔してんだよ。

俺の家なんぞ、お前のトコの団長さんに比べりゃ、唯の商売人だぞ」


うわ… そんなにも顔に出やすいのか、ユーリは。


「い、いえ! でも! あ、あの、その…」


この子の気持ちはよく解る。

なんとなく、遠い人になっちゃったような気がするんだ。

ガイは特に、その性格が凄く気さくで話しやすかったりするから。


そんなこの子の心境をわかっちゃったみたいに、

ガイは一つ溜息を落とすと足を止め、

その大きな身体を屈めるようにしてユーリ(あたし)の顔を覗き込んだ。


「――!!」


う~~~~! 突然のアップ! 止めて!


「だ~からな。俺は俺。

ここにいる俺は、家やオヤジたちとは何の関係もねぇし」


どきまぎしてるあたしたちの、何もかもお見通しみたいな顔をして。

ニヤッと笑うガイは、

いつも通りの見慣れた自信あふれた騎士団長の顔で。


「ま、強いて関係があるとしたら、この髪と目かな?」

「髪…ですか?」

「そう。あんまり見ねぇだろ? 黒髪なんて」


そう言われれば… 確かにそうだ。

ソレニアは決して単一民族の国では無いらしく、

髪も目も、色々な色をした人たちがいる。

でも、どちらかと言えば色素の薄い、

淡い色合いの組み合わせが多い中で、

ガイのこの混じり気の無い黒の髪はどちらかと言えば異端のほうだ。


「この黒髪に黒い眼もばあさんからもらったもんだ」


トーラの民は、そのほとんどが黒髪に黒い眼だからな。


そう告げるガイの口調は、むしろそのルーツを誇るかのようで。


「南の、アドリアスの海の方へ行けば、

こんな組み合わせ珍しくは無いんだが――」


「確かにけいの黒髪は、見事としか言いようがないからな」


いきなり、重なってきた声に驚く。

慌てて振り向いた先には、穏やかに微笑む紫の瞳。

明かり取りの天窓から零れる日の光りに映える銀の髪――


「団長!」

「アレク、脅かすんじゃねぇよ」

「そう言いながら、卿は少しも驚いてくれぬがな」

「俺じゃないだろ。こっちの方」


お前の大事な従者を、驚かしたりするんじゃねぇよ。


そう言いながらも、ガイの顔が綻ぶ。

いつの間にかあたしたちを出迎えるような形で、

アレクが扉を開けてその前に立っていた。


話に気を取られてる間に、しっかりここは団長の執務室の扉の前。


ああ、またやってしまった… 情けない。

声かけられるまでアレクの存在に気が付かなかったということも、

問題ではないだろうか、騎士見習いの身としては。


「卿ほど見事な黒髪は余り見かけないからな。その黒曜石の瞳の色もだが」

「男相手に気取った形容を付けるんじゃねえよ、気持ちが悪い。

白銀のごとき淡い銀糸にアメジストの瞳の美丈夫さんが」


そう返されて、アレクの美貌が少しだけ嫌そうに歪む。


「……確かに、男に言われてもあまり嬉しくはないものだな」

「そこ、いちいち納得するんじゃねぇよ」


軽く笑いながらアレクの開けたドアから入っていくガイに、

さっきから全身に張り巡らされていた緊張感は、もう無い。


迎え入れるアレクの顔も、いつも通りの穏やかな表情で。


なんとなく――いや、本当は凄くホッとする。


ミルヴァーナ様との邂逅は、きっとガイにとって、凄く…  


その、なんて言うか、

もの凄く重い出来事だった、と思うから。


ユーリとのいつも通りと思えた会話の中でも、

微かな違和感はまだあった。

なんだか、いつも以上に饒舌だった。


変わりないアレクの様子に、一番ホッとしてるのは誰だろう。

尊敬する団長の顔を見て、

ユーリの気持ちがゆっくりと落ち着いていくのが伝わってくる。


だから、言わせて。


アレク! 

会いたかったよ!!





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