傀儡 一
顔を蒼白させた宮司と巫女たちを連れて、壬子と砂陣が仮殿の方向へ引き返す。
鬼は鳥居の下から動くことはなく、立ち尽くしている。燐が一定の距離をとり構える。
私は燐に影響が出ないように、ある程度の距離を取ってから霊相を開放する。
「白、紅。あの鬼を操っている奴がこの周辺におるはずや。探してくれ。正直どの程度の距離から操れるんかわからへんから、ひとまず天満宮の敷地内で霊相を発している奴を探すんや。まだ人払いが済んでないから姿は出すなよ」
「はい」「わかったっ!!」
二人の声が頭に響くと同時に、壬子達が仮殿の近くにある勝手口から外に出るのを確認する。
燐の方向を振り返ると、彼女はまだ鬼と睨み合っている状態だった。
「咲耶、どう見る?」
私の言葉に、咲耶が隣に姿を現した。
ほぼ全快に回復したのか、いつも通りの彼女は、扇子で己を仰いで答えた。
「彼女一人で問題ないでしょう。あれが鬼混殭屍ですか? よくできていますね。殭屍というより傀儡ですね。ですが、あの程度では彼女には勝てないでしょう。なにせ私が指導しているのですから」
そう答えた咲耶の言葉と同じタイミングで、鬼が全指の爪を伸ばして燐へと飛びかかった。
かなり速い。風を切り、瞬時に五メートルあった距離を詰めて、彼女の心臓を捕らえようと腕を伸ばす。
だが、勝負は一瞬だった。鬼の首が胴体から離れ、ぼとりと地面に転がる。胴体は慣性で前へ倒れ込んだ。
まじか、一瞬かよ。一閃で勝負を決めた燐が、残心で再度居合の型で刀を構える。咲耶が口を開いた。
「燐、上です」
「上?」
私が訝しげに咲耶を見る。その時だった。桜門の上からもう二体の鬼混殭屍が燐に飛びかかった。
まだおったんか、それも完全に霊相を消していた? こいつら、そこまでできるんか。 咲耶の奴、ようわかったな。
「はいっ!!」
そう答えた燐が腰を深く落とし、大きく飛び上がった。彼女は、防御障壁を足場にして更に高く飛び上がる。
空中で体を後方に上下反転し、刀身を伸ばす。二メートルはある刀身を彼女が振るう。
居合の構えから、横一文字に長刀を薙ぐ。二体の鬼の胴が空中で二つに分かたれた。
燐ってこんなに強かったっけ? 咲耶が個人的に、彼女を指導しているのは知ってたけど、まさかここまでとは。
「まぁ及第点でしょう。だいぶ力の扱い方が様になってきましたね。これからも精進しなさい」
「はいっ! ありがとうございますっ!」
私達の元に駆け寄り頭を下げる燐。本当に驚いた。まさか短期間でここまで化けるとは。
病室で咲耶が言った、白や紅と同等に戦えるようになりなさいという言葉も、あながち間違いではなさそうやな。
「燐さん、驚きました。見違えるほど強くなってるじゃないですか。相手の鬼は決して弱くありませんでした。それも三体を瞬殺なんて。なんか咲耶に変なことされていませんか? なにか対価を強要されたりしていません?」
バシンっと、咲耶が畳んだ扇子を、本気で私の頭に叩き込んだ。痛い痛い。
「馬鹿にするのはほどほどにしなさいと言ったでしょう。私の指導の賜物です」
「そうですよ静夜様。咲耶様のおかげです」
さいですかと、私は元鬼混殭屍だったものに目を向ける。
燐に切られた鬼達は、既に土塊のような物体へと変化している。
本来の鬼であれば、消滅しているはずだ。やはり人工的に作られた鬼なのだろう。
「静夜様、操者と思わしき者を発見しました。場所は天開稲荷神社の奥にある藪林です。ですが、既に自害しています」
眼の前に、白と紅が姿を現した。人払いを終えたのか、霞がこちらに駆け寄ってくる姿も見える。
生きているうちに捕らえるができなかったのが悔しいのか、紅が頬を膨らませている。
──自害? 顕一学舎の学員なのだろうが、なぜ自害する必要がある?
「そうか。白から見て、死因は判断できたか?」
「いえ。正確な死因は判断できませんが、おそらく薬物かと」
薬物か、まぁ自害するのに一番適しているのかもしれないな。
だが、やはり何故自害したのかがわからない。逃亡しようとしなかったのか?
「三体の鬼屠ったけど、なぜ自害する必要があったんやろな。尋問を恐れたんか?」
私のその言葉に、白は首を振った。
「いえ静夜様。この者が自害したのは、今から三十分ほど前になります。おそらくですが、鬼混殭屍の使役術式の起点に自害したと思われます」




