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失恋勇者~世界を売った少女と始める異世界往来記~  作者: szk
第三章 アサガオの伝説
22/61

第二十話 忘れられた少女

やっと完成しました。第三章開始です。

また連日に近い形で投稿を行っていきます。

この作品を忘れずにここまで読んでくれている読者の方々にただただ感謝です。

 ジョー・ストラマーは言ったんだ。



“ひとつ言っておくが、人は何でも変えられる。世界中の何でもだ”



 そんな夢みたいな話、正直ちょっと昔の僕であったら鼻で笑っていたことだろう。

 だけど、途方もない異世界へと旅立った僕にとっては、それはきっと希望の言葉だったんだ。

 僕は世界に向かって声高に叫んだ。



 忘れられた少女の存在を。



 だから僕は走った。

 僕は夜明けを探していた。

 如何なる闇も切り裂くだろう大いなる夜明けを。



 そう、夜明けを呼ぶ花が、再び僕を彼女の元へと導いてくれる。



 そして世界は迎えることになる。

 僕らが生きている限り何度でも訪れるだろう偉大なる夜明けを。




 ――『アサガオの伝説』を。



 

 僕が初めて育てた植物。それはたぶん、小学校の理科の授業で育てたアサガオだったと思う。

 朝に咲くからアサガオなんて、短絡的なネーミングだと思ったものだけど、その薄くて繊細な美しい花びらと、鉢に立てられた支柱にこれでもかと絡みつくツルに、僕は子供ながらに生命を感じた。

 


 花言葉は、「はかない恋」、「愛情」、そして「固い絆」だ。

 気が付くと、僕のアサガオは、隣に置いてあった毘奈の支柱にも絡みついていた。

 クラスメイトからは案の定好奇の目に晒されることになったのだが、それでも幼かった僕と毘奈は、ただ生きようと固く絡まったアサガオのツルを切ることなんてできなかった。

 そして夏休みの始まる前日、まだ小さかった僕らは、絡まり合ったお互いのアサガオのツルが切れてしまわぬよう、並んで鉢を寄せ合いながら家まで帰った。



 まるで当時の僕らの強い結びつきを暗示させるように、朝になるとその二つの鉢から芽吹いたアサガオは、力強く花を開かせたんだ。

 


 ……



 何だか懐かしい夢を見ていた。幼い毘奈は、相変わらず無邪気に笑っていた。

 何だろう。こんな夢なんか見てる暇はないような気がするのに。

 


 そうだ。毘奈が近くにいるんだ。だからこんな夢を見るわけなんだ。



 僕が何かを掴もうとするように、手を伸ばした時だった。そこにはまた僕の知らない光景があった。

 天井には端が少し黒ずんだ長い蛍光灯が「ジー」と耳に障る異音をたてていて、何だか薬みたいな嫌な臭いがする。

 あの世界に行ったせいで、こういうのは割と慣れっこだったが、何度経験してもあまりいい気分とは言えなかった。

 まだ半分まどろんでいた僕の意識を、聞き慣れたあの鬱陶しいほど快活な声が現実へ引き戻す。



 「吾妻! 目覚ましたの!?」

 「……毘……奈?」



 毘奈は僕が無意識に天井へと伸ばした手を握りしめると、悲痛な面持ちで僕に呼びかけた。

 なんで毘奈と一緒なのかわからず、僕は訝しみながら彼女に問い掛ける。



 「……ここどこ? 何で毘奈がいるの?」

 「何も覚えてないの!? 吾妻、アザだらけになって屋上で倒れてて、病院に運ばれたんだよ! 吾妻のお母さんに聞いて、飛んできたんだから!」

 「屋上……?」

 「誰にやられたか覚えてないの? あ、ごめん、吾妻のお母さんとお父さんも伊吹ちゃんもいるから、今呼んでくるね!」



 と、立ち上がって病室から駆けだそうとする毘奈を、僕はやっと正気に戻って呼び止めた。



 「待って毘奈、霧島は……霧島は見なかった!?」

 「……え?」



 振返った毘奈は、何を言われたのかわからない様子で、怪訝そうに僕へ聞き返した。



 「霧島……って誰?」

 「誰って、霧島は霧島だろ? 霧島 摩利香だよ」



 僕が真剣にそう言っても尚、毘奈は惚けたような感じだったんで、僕は呆気に取られてしまった。

 毘奈らしくもない。さっき霧島から咎められたことを根に持ってるとでもいうのだろうか?

 そうだとしても、こんな時にしていい悪ふざけじゃない。僕は少し声を荒げてしまった。



 「何言ってんだよ! 散々屋上でお昼食べたじゃないか! お前もマリリン、マリリンって言ってただろ?」

 「吾妻……」

 「別に俺のことを何て言おうと構わないけど、霧島を恨むのは筋違いだろ?」



 僕がいきなり怒り出したもんだから、毘奈は困惑するように手で口を塞いで、あろうことか泣き出してしまった。

 いくら悪ふざけが過ぎたからと言っても、毘奈にこんなマジ泣きされたら、まるで僕が悪者みたいじゃないか。親に見られたら大目玉だ。

 僕は何とか気分を落ち着かせ、毘奈へ穏やかに問い掛ける。



 「ああ、ごめん毘奈。少し取り乱してたみたいだ。でも許してやって欲しいんだ。霧島はあんな不愛想だけど、ほんとはいい奴なんだからさ」

 「……」



 僕が猫撫で声でそう言っても、毘奈の涙は止まるばかりか、どんどん大粒になっていった。

 何故だろう。霧島を庇ったのがそんなにまずかったかな。僕が苦心していると、毘奈は呼び止める間もなく、涙を流しながら廊下へと走り去ってしまった。

 


 これは非常に不味い。間違いなく毘奈が向かうのは僕の家族の元で、彼女を泣かしたことを知った僕の母親とついでに毘奈を崇拝する妹が、怒り狂ってこの病室に怒鳴り込んでくるに違いない。

 病室から逃げ出そうとも思ったが、そんなことをしたら火に油を注ぐようなものなのでやめた。

 仕方なく、僕は覚悟を決めて両親が来るのを待った。全く、ついていない。今日はただでさえ色々あったというのに。もしこれがRPGだったら、一日に重大なイベントを盛り込みすぎだろ。



 しかし、それっきり毘奈は戻って来なかった。僕の家族は医師を連れ、血相を変えて戻って来たものの、怒られるどころか、酷く蒼白としていて気の毒なくらいだった。

 どうやら僕は、軽い記憶喪失か何かだと診断されたようだった。まあ、命に別状もないということで、次の日には退院することになったんだけど。

 僕が記憶喪失なんて失礼しちゃうなと思ったが、悪夢のような母親と妹のお説教から免れることができたんだから、この病院の優秀な先生には感謝しないといけない。



 とりあえず、このろくでもない難局を乗り越えた僕は、あの時消えてしまった霧島のことを考えた。

 不可能に近いのはわかっているが、どうにかしてもう一度彼女の元へ行き、助けることはできないのだろうか。

 まあ、そんなこと考えたところで、僕はあの世界にすら行くことができないのだから、僕という船は大海原へ出航すらできぬまま、暗礁へ乗り上げてしまったわけだ。



 「あれ? これは確か霧島の……」



 ふと、ベッドの脇の棚に目をやると、僕がいつも持っているスクールバッグの横に、よく見慣れた黒いメッセンジャーバッグが置いてあった。

 そうか、僕の持ち物だと勘違いされて一緒に運ばれてきたってわけだ。このバッグを調べれば、何か霧島に繋がる手掛かりがあるかもしれない。

 僕は喜び勇んでその使い古されたメッセンジャーバッグを手に取り、マジックテープで閉じられた蓋に手を掛ける。



 「い……いや、さすがにまずいよな……」



 あの霧島 摩利香のバッグということは、それは女の子のバッグだということで、ほぼ疑う余地はない。

 女の子のバッグの中身を勝手に漁ったりしたら、彼女やかみさんだって怒り出すよな。しかも、相手はあの霧島 摩利香だ。命がけじゃないか。



 「で・・でも、仕方ないよね。緊急事態だし……」



 僕がこのバッグの中身を物色するのは、勇者としての崇高な使命の為。僕は自分に固く言い聞かせて、そのパンドラの箱を開いた。

 で、バッグの中に入っていたのは、簡単な筆記用具と音楽プレーヤー、そして『ロックスターの胸に響く名言集』という謎の本だった。



 「ああ、霧島だもんな……」



 ほんとのこと言うと、初めて開ける女の子のバッグの中身に、僕は何か胸を躍らすものを期待していたんだと思う。

 だけど現実っていうものは、いつだって結構冷めているんだ。まるで霧島 摩利香みたいにね。

 僕はなんだか自分が恥ずかしくなって、バッグを閉じようとしたが、まだそのバッグの奥には何か入ってるみたいだった。

 何かと思い、僕は鞄の奥へと手を伸ばし、ガサゴソとそれを取り出した。



 「こ、これって、あの!?」



 たぶんこれが一番ビンゴだったんだと思う。

 いつも見ていたその黒いメッセンジャーバッグから出てきた物。虫食いだらけで、触るのも躊躇うようなばっちい本。

 それはあのデーモン・アドバートが、彼女に渡した異世界転移の呪文が書かれているという古い本だった。

 僕は期待に胸を膨らませてそれを開いたわけなんだけど、その本に書かれていることは、ギリシャ語ほども良くわからなかった。つまり、全く読めないってこと。

 その言語は、見方によってロシア語にも、北欧の言語にも、はたまたサンスクリット語にも見える気がするが、こんな本、上下反対に開いても多くの人は気付きもしないだろう。

 試しにページをペラペラと捲ってみると、時々魔法陣みたいなものが描いてあったり、霊魂が空を飛び交っている挿絵があったりして、何だか気味が悪かった。

 まあ、霧島に繋がる数少ない手掛かりとして、僕はこの本を暫く調べてみることにしたんだ。



 ★



 二日後、顔にまだバンソーコーをつけたまま、僕は学校に行くことになった。

 通学の最中、こないだ道端に置去りにした借り物のギターが二つ置いたままになっていた。

 まあ、こんな重いもの二つを警察に届けてくれるような天使みたいな暇人など、そうそういるもんじゃない。

 かっぱらわれていないだけ、まだまだ日本の治安も捨てたもんじゃないってことだ。

 ということで、僕は朝から二つもギターを抱えて登校する羽目になったってわけ。どんだけギターが好きなんだよ。



 学校についた僕は、一旦ギターを置く為、軽音部の部室へと向かった。

 部室の鍵は開いていて、相変わらず人が良さそうな苗場先輩と、飲み会明けのサラリーマンみたいに気怠そうな高妻先輩がいた。

 僕が来たのに気付いて、苗場先輩が僕に声を掛ける。



 「あ、おはよう、那木君、怪我は大丈夫そう? どうしたの? 二つもギターを持っちゃったりしてさ?」

 「おはようございます。怪我は大したことないです。ちょっと事情があって、霧島の分も一緒に持ってきたんです」

 「……え?」



 僕の何気ない一言に、二人は凄く怪訝そうな顔して凍りついてしまったんだ。

 その二人の反応に僕は見覚えがあった。確か毘奈も、あの時こんな顔して首を傾げていた。



 「ちょっと誰よ、霧島って。部外者に勝手にギター貸しちゃダメでしょ?」

 「那木君、他にもギターに興味がある知り合いがいるのかい? 是非紹介してくれよ」



 僕はこの二人の惚けた発言に、みるみる顔が青ざめていった。

 もっと早くに気が付くべきだったんだ。一昨日の毘奈の涙の理由が、今になってやっとわかった気がした。

 僕は二人が静止するのも聞かず、血相を変えて廊下へと駆け出した。馬鹿みたいに騒ぐ男子や、胸やけしそうなほどケバい女子にぶつかって罵声が飛んできたが、僕は気にも留めなかった。

 朝から汗だくになってゼーゼー言いながら、僕は霧島のいた一年A組に辿り着いた。



 「なんだ、あるじゃないか」



 違うクラスであることなんかすっかり忘れ、僕は朝のホームルーム前の雑然とした教室へ足を踏み入れる。

 そこには確かにあった。クラス中から畏怖の対象と見なされ、かつて彼女が禍つ神のように鎮座していたその席が。

 A組の連中が、不可思議な目で僕に注目する中、僕はただ彼女の席へ吸い寄せられるように近づいていった。

 隣の席の女子が、様子のおかしい僕に対して問い掛ける。



 「その席どうかしたの?」

 「いや、僕の……友達の席なんだ」



 僕は何故か霧島と言わずにそう言った。彼女も公認なんだから、別に構わないはずだ。

 そしたら、その女子は親切そうに微笑したんだ。



 「誰だかわからないけど、その席じゃないと思うよ」

 「いや、間違いないよ。あいつはこの席にいたはずだ。そうじゃないとしたら、一体ここは誰の席なの?」

 「そこは誰の席でもないよ」

 「は……? じゃあ、なんで机と椅子なんて置いてあるんだよ?」

 「わかんない。だけどずっと置いてあるの」



 その子は惚けた様子も意地悪な様子も全くなくて、恐ろしいくらい親切そうな顔でそう言っていたんだ。

 毘奈にしろ、軽音部の先輩にしろ、今の世界でおかしいのは彼らじゃなくて僕だった。

 


 僕は吐き気を催しながら、長い長い廊下をフラフラと自分のクラスへと向かう。

 途中で何人かギャーギャーうるさい奴にぶつかった気がしたけど、あまり覚えてない。

 こんな状態で授業なんて集中できるはずがなかった。開放された窓を見れば、ペンキで塗ったようなインチキ臭いくらいどぎつい青い空が目に刺さった。



 昼休み、何だか食欲もなかった僕は、気分転換に屋上へ出てみることにした。

 案の定そこはバーベキュー用の鉄板の上みたいな灼熱地獄だった。とても階段室の上なんて登れない。

 せっかくここまで来たので、僕は仕方なく階段室の日影に腰かけ、スクールバッグに忍ばせていた例の古書を開いてみた。

 ずっと眺めていれば、何か新しい発見があるものかと思ったが、相変わらずその汚らしい本には、スワヒリ語ともアラビア語とも言えないような奇妙な文字と、悪魔を崇拝する秘密結社が描いたような気味の悪い絵があるだけだった。

 


 「はー、手掛かりってこれだけかよ……」



 霧島はその存在自体、この世界からキレイさっぱり消え去ってしまったわけじゃない。所々その存在の痕跡は残されていた。

 そうだ。言うなれば、霧島は世界から忘れられてしまっているんだ。それはきっと、彼女の身に何か起こっていることに違いない。

 何一つ事態が進展しないことがもどかしくて、僕はもう途方に暮れるしかなかった。

 で、そんな僕に、また意外な声が掛かるんだ。



 「吾妻、こんなところにいた。探したんだよ」

 「え、毘奈?」



 よりにもよって、今一番会うのが気まずい奴が、ご親切にこの灼熱の屋上くんだりまで訪ねてきてくれたってわけ。

 天真爛漫な毘奈が、あんな風に泣くなんて小さい頃以来だった。当然僕は言葉を詰まらせるが、謝るにはいいチャンスかもしれない。



 「ああ、毘奈。こないだはごめん。俺さ、気を失って混乱してたみたいなんだ」

 「違うの……」



 毘奈は徐にしゃがみ込むと、凄く神妙な顔をして僕の両肩に手を乗せた。何だか様子がおかしい。



 「吾妻の言ってたことがずっと気になってたの。霧……島さんだっけ? 上手く思い出せないんだけど、胸がもやもやするの。なんだか凄く大事なことを忘れっちゃってる気がする」

 「毘奈……お前……」



 霧島 摩利香という少女の存在は、消しゴムで消されたノートの落書きみたいに、毘奈の記憶の中で僅かに浮かび上がろうとしていた。

 おそらく毘奈は、この学校で僕の次くらいに霧島と深く関わった人物だろう。僕が霧島のことを名言したのも影響していたのかもしれない。

 毘奈は目の前で、顔をしかめながら頭を抱える。彼女が僕の想像以上に霧島のことを大事に想ってくれていたこと、それと世界から孤立してしまった僕のことを、何とか理解しようとしてくれてるみたいで嬉しかった。

次回8/2に更新予定です。

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