第21話
全体集会に姿を現した亜里沙は憔悴しきっている様子だ。
たった一日でここまで憔悴するとはどれだけ悩み苦しんだのだろうか。
誰をも魅了する美貌も影を潜め、目の下にはファンデーションでも隠し切れない隈が出来ていた。
あの見事なまでに美しかったブルネットの髪も荒れてしまっている。
あの自信に溢れた亜里沙の面影も無く別人のように項垂れている。
校長の説明は事実を脚色することなく正確に生徒に伝わった。
半数以上の生徒は昨日現場にいたために知っていたが、初めて聞く者も多くいた。
校長自ら亜里沙を警察に連れて行ったことも、処分は保留されたが被害届が出されたら最低でも書類送検になるという話も生徒達は初めて聞いて驚いていた。
山口先生がそんなことするわけないをと言う声も多かったが、中にはあの先生ならやりかねないという声もあった。
それから亜里沙がマイクで話し出した。
「バスケ部員の人たちには本当に申し訳ない事をしました。私のせいで部を辞めて行った人にも心から謝罪したいと思います。私のしたことは指導者として……」
亜里沙は一通り謝罪の言葉を述べると、壇上を下りて最前列にいる紀香やバスケ部員たちの前に来ると、いきなり土下座をした。
「本当にごめんなさい。心から謝ります。許してください」
と、泣き声のような震える声で言ったのだ。
教職員たちも生徒もまさか亜里沙がそこまでするとは思ってもいなかった。
さらに男子生徒の4割は亜里沙に同情的だったため、「もう許してやれよ」と、声が掛かる。
体育館の雰囲気は亜里沙に同情的になっていった。
確かにこのシーンでは許さない方が悪者になりそうだ。
亜里沙は思っていた。
―――ここまでしたんだからもういいでしょ。これでもまだ許さないなんて言って見なさいよ。
今度はあんた達が悪者よ。あんた達はこの場で私を許しますと言うしかないのよ。
それでも、しばらくはコートの掃除もするし、ボール磨きもやってあげるわ。
對馬先生に健気に反省している姿を見せて信頼を回復しなければならないしね。
そう對馬先生が「もう十分です。よくやってくれました」って言ってくれるまでね。
まず對馬先生との関係を修復して、あんた達にも必ず復讐してやるから
その亜里沙に声をかけるものがいた。
里奈でも菜々美でもない。前キャプテンの沢井だった。
「山口先生、もうそれはいいから壇上に戻って」
3年生の前キャプテンの沢井 美穂が土下座をやめさせ亜里沙と一緒に壇上に上がる。
さらに3年生の元部員が二人壇上に上がってきた。
亜里沙もほとんどの生徒も美穂から和解の言葉が出るものと思っていた。
だが美穂の口から出た言葉は意外なものだった。
「山口先生、その眼の下の隈、ずいぶん時間をかけてメイクしたみたいだけど、目障りだから取らせてもらうわね」
「えっ、沢井さん、なにを…あっ」
亜里沙が言い終える前に二人の3年生の元部員が亜里沙の両腕を抑えた。
そして美穂がポケットからクレンジングオイルを取り出し脱脂綿に浸らせ亜里沙の両目辺りを拭き取った。
すると亜里沙の目の下の隈が綺麗に取り除かれていた。
「あははは、隈も取れたけどアイシャドウなんかも取れちゃった。
あんた化粧を落とすと大した顔じゃないね。目が小さいし」
亜里沙は暴れて腕を振り切った。
3年生の元部員は壇上をもう用は無いとばかりに下りて行った。
「沢井っ、あんた、なにするのよっ」
亜里沙は怒りのあまり怒鳴りつけてしまう。アッと思ったが遅かった。
これでさっきの土下座の効果が半減してしまった。
「山口先生、あんたはいつも髪の毛を椿オイルで艶をだして綺麗に見せかけてたでしょ。
それが今日はボサボサ。たぶん安物のスプレーを使ったんでしょうけど、それで分かっちゃった。
その眼の下の隈はいかにも一晩中反省しましたって雰囲気を作るためのメイクだってね。
だからさっき部室に行ってクレンジングオイルを持ってきたんだよ」
「だから何よっ」
「それで土下座までして、ここにいる先生や生徒の同情を買って、佐々木や山咲が許さなかったら悪者にしようって考えたんでしょう。あんたの考えそうなことだよ」
「うう、う……」
美穂は里奈や菜々美の代わりに悪役を演じようと思っていた。
どうせ卒業まで半年だ。亜里沙を慕う男子に嫌われようがどうでもいい。
それより後輩やみんなの仇を取りたかった。
ここで亜里沙のたくらみを完全に打ち砕くつもりだ。
「あんな安い三文芝居でだまされる筈ないでしょ。私達は何年もあんたに苦しめられてきたんだ。
あんたの腐った性根は部員全員が知ってるよ。誰もあんたを許すわけないでしょ。
あんたって小賢しいだけで、実はまるっきり馬鹿なんだよね」
亜里沙は目論見が完全に失敗したことで冷静さを失ってきた。
さらにこの美穂の全生徒の前で言われた言葉で屈辱のあまり頭に血が上って我を忘れそうだ。
「對馬先生、それにみんな、もう解かったでしょう。山口亜里沙って言う女はこういう腐った女なんですよ。
まあ、對馬先生ほどの人がだまされる訳ないですけど」
ここまで言って美穂は壇上から降りようと思った。
だが、この美穂の拓郎への言葉は亜里沙の理性を完全に奪った。
「沢井―――っ」
亜里沙は叫びながら拳を固く握りしめて美穂に殴り掛かった。
美穂はこんなテレフォンパンチは躱す気になれば軽く躱せたが、わざと顔で受け派手に転んで壇上から下に転げ落ちた。
亜里沙はここで我に返った。
―――やってしまった
体育館は女子の悲鳴や男性教師の怒号で大騒ぎになっていた。
そして亜里沙が生徒達の方を見ると美穂が立ち上がってこちらを見ていた。
口からだらだらと血が流れている。
さらに生徒会の役員がビデオカメラで全てを撮っていた。
美穂は亜里沙のパンチはわざと踏ん張って受けたためかなり痛かったが、これで亜里沙は終わりだ。
「美穂っ」「先輩―っ」
「沢井、大丈夫か」
と、部員たちや教師が駆け寄ってくる。
「先生、私を病院に連れて行ってください。診断書が必要なんです」
「診断書?なんでだ」
「山口亜里沙を傷害罪で訴えるためです。被害届を出すのに必要なんです」
この言葉で校長をはじめ教師たちは女子バスケ部員が亜里沙を想像以上に深く恨んでいることを知った。
もはや、学園としても亜里沙をかばうことは出来ないだろう。
美穂は壇上で呆然と立っている亜里沙に向かって冷たく言い放った。
「山口先生、藤井や山咲はお人好しで優しいから、あんたを訴えたりしないかもって思ってたんだ。
だけど私はあの子たち程甘くないよ、必ず訴えるし、示談には応じないから覚悟してね。
これで藤井や山咲にあんたがしたことも明るみに出るし、本当に終わりだね」
亜里沙は血の気の失せた顔でそれを聞いていたが、やがて膝をついて泣き出した。
「あ、あ、あ、うああああぁぁぁ」
亜里沙は昨日、大きな挫折感を感じ一晩中眠ることは出来なかった。
だが目の下に隈は出来ない体質だった。
それでも心労と疲労は亜里沙の身体に蓄積しダメージを与えていた。
そして今回の挫折は耐性の無い亜里沙の精神に多大な負担をかけていた。
亜里沙は急に目の前が暗くなり意識を落とした。
美穂は病院で全治一週間から二週間と診断され、診断書を受け取るとすぐに両親と共に警察に被害届を出した。亜里沙は5時間後、保健室で目を覚ましたが、その時点で警察から美穂に対する傷害の疑いで任意同行を求められパトカーで学園を出て行った。
紀香達も警察に説得され被害届を出した。
通○省の役人を父親に持ち、米国留学や東大卒業のエリート美人女性教師の女生徒に対する暴行事件は、テレビや新聞の格好の記事となった。亜里沙は妖精監督と呼ばれ高校女子バスケット界でも名が知れていたため連日ワイドショーなどでも取り上げられた。
学園側は取材に対し誠実に対応していたし、被害者の女生徒も学園には責任は無いと言っていたため世間の評判は概ね好感をもって受け入れられたようだ。
亜里沙はその後、重度のうつ病を発病し、家族も見放し自殺する可能性も考えられたため病院に入院した。
美穂や菜々美達が要求した法外な示談金は亜里沙の家族が支払い不起訴になった。
阿久はこんなことがあっても亜里沙を運命の相手と一途に思い続けていた。
そして亜里沙の入院する病院に通って、亜里沙を口説き続けた。
そちて一年半後、他の高校に赴任した阿久は亜里沙と結婚した。
もちろん亜里沙にも打算は十分にあった。
最初は顔を見るのも嫌だったが見舞いに来てくれたのは阿久だけだった。
家族も誰も見舞いになんか来てくれなかった。
何度も会いに来る阿久に対して、精神的に弱っていた亜里沙は少しづつ絆されていった。
こいつなら私を大事にしてくれるだろう、それに家には帰れないだろうし、世間のほとぼりが冷めるまで自分はこの先どう生きていくか見当もつかない状態だ。
拓郎の事は忘れられないが諦めることは出来た。
とりあえず阿久と結婚して生活を安定させ、静かに療養しうつ病を克服しよう。
そしていつか社会復帰を果たしたいと亜里沙は考えたのである。
幸いにして不起訴になったため教員免許は取り消されなかった。
一時は自殺も考えたが阿久のおかげで、前向きな考えを持つ事が出来た。
そして恩人でもある阿久との結婚を承諾したのである。
阿久は幸せだった。まさに苔の一念岩をも通すとはこのことであろう。
もしかしたらこれが阿久の不幸の始まりなのかも知れないが、それは神のみぞ知ることである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
朝、拓郎がいつものように校庭を走っているとなぜか多くの視線を感じる。
普段こんな早朝の校庭には生徒はほとんどいない。
だが見渡すと多くの女生徒が拓郎を見ている。
―――昨日の試合で少し目立ち過ぎたかな。気にしないようにしよう。
拓郎はこんな経験は初めてだったので、女生徒達が憧れの目で見つめていることなど気付かなかった。
だが拓郎が走り終わって水場で上着を脱いで身体を拭き始めた時、数人の女生徒がやって来た。
「先生一緒に写真を撮らせてください」
「えっ、いや、今はまずいだろ」
拓郎は短パンしか身に着けていない。
「構いません、お願いします」
と、一人づつ頬を染め拓郎の隣に立ちデジカメで写真を撮っていく。
すると周りにいた女生徒達も携帯を片手に走り寄ってきた。
「ずるい、先生、私もお願いします」
「私も」
次々とやってきては写真を撮っていくが、中には腕を組ん来た女生徒もいた。
他の女生徒たちのきつい目も気にせず、すごい勇気である。
結局、拓郎は断ることも出来ず短パン姿で嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった。
このことは校内で話題になり、拓郎はこの日を最後に水場での体拭きは出来なくなった。
だが女生徒達とは別に本格的なカメラで拓郎を撮っていた者たちがいた。
松濤学園写真部は、慢性的な資金不足に陥っていた。
部員も5人と少ないので部費も僅かな金額しかもらえなかったが、写真部は機材や撮影のために出かける旅費など多額の金が必要だ。
そこで部長の新井 精華は拓郎の人気に目を付けた。
拓郎が毎朝走っているのを嗅ぎつけた精華は、毎朝早起きして部員と共に拓郎の写真を撮り続けていた。
もちろん男バスとの試合も拓郎を中心に撮りまくっていた。
さらに菜々美や紀香、里奈の写真も撮りまくった。
「ふふふ、對馬先生は爆発的に人気が出てきたわ。この写真は高く売れそうね」
写真部のメンバーも笑いが止まらない状況だ。
「そうですね。今までも随分売れましたが。これからはさらに売れるでしょう。
對馬先生の写真集でも作りますか。すごい利益が予想できるのですが」
「さすがにそれは学園の許可が必要だわ。幾らここが自由な校風でもさすがに許可は出ないと思う。
それに對馬先生が許してくれるとは思えないもの」
彼らは拓郎の写真を売った金を自分たちの懐に入れる事はしなかった。
あくまで写真部の予算に組み入れていた。
この辺りは流石に松濤学園の生徒である。
バレた場合に後ろめたいものは何もないと言い訳できるし、写真部の予算は自由に使えるからだ。
「それに最近は山咲さんや篠崎さん達の写真も男子生徒からの需要も増えると思います。
最近はかなりの人気ですし」
「そうね、みんな稼ぐわよ。今しかチャンスは無いと思いなさい」
拓郎や菜々美のA4サイズまで拡大した写真は、今まで一枚1000円で売っていた。
だがこれからは1500円にしようなどと話している。
A3サイズの写真も発売して2000円で売ろうかとも考えていた。
水場で身体を拭いている拓郎の写真なら女生徒達に間違いなく売れるはずだ。
普通サイズの写真も10枚セットで1500円と高いが飛ぶように売れるだろう。
部のデジカメプリンターで幾らでもコピーできるし、元値はただみたいなものだ。
いずれ学園や生徒会にバレて止めさせられるまで売りまくろうと目論んでいた。
後日談だが、実際彼らは荒稼ぎして、学園にバレるまで30万円以上の売り上げを上げていた。
当然、禁止されるものと思っていたが、生徒会に写真部の活動を止めないように生徒達の陳情が集まった。
実は全生徒の半数以上が写真部の売り上げに協力していたのだった。
彼らは写真部が提供する拓郎や美少女たちの高品質な写真を認めていたのだ。
しかたなく学園も拓郎も寛大な処置をするしかなかった。
売り上げの半分を生徒会に渡す事、生徒会は部活の予算に組み込むことを約束させた。
さすがに拓郎も写真集の発行は許さなかったが、バスケ部の練習や試合には写真部の同行を許してくれた。
おかげで写真部はこの先もそれなりの利益を上げることが約束された。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
火曜日は考古学部の入部試験が行われる予定だったが、入部希望者が8人と減ってしまったため中止となった。ほとんどの入部希望者の生徒は拓郎がバスケ部の監督・顧問になったため希望を取り消していた。
残った8人の女生徒は考古学部入部試験のために真面目に考古学を勉強しているうちに、考古学に興味を持ってしまいそのまま入部した生徒たちである。
新しく顧問となった寺尾佑理は満面の笑顔で新入部員を迎えた。
せっかく拓郎に無理を言って副顧問になって貰ったのに、廃部になってしまったら元も子もない。
あの時、顧問を押し付けられた悠里は拓郎に『先生が考古学部を創部したのですから、責任も感じてください』と迫ったのだ。
それが功を奏して拓郎も副顧問になってくれたし、悠里の手を握って『頑張りましょう』と笑顔で言ってくれた。悠里は本当にうれしかった。まあそれから中沢優奈や青木智子とひと悶着会ったのだが。
さっそく悠里は部員たちに拓郎が副顧問になってくれて週に一度講義をしてくれる事、月に一度、日曜日に博物館や遺跡巡りを拓郎と一緒に行くことを告げた。
8人しかいないが部員たちは大喜びである。全員で万歳三唱もおこなった。
最初は拓郎が目的だったことも確かであるが、今は純粋にに考古学を学びたいという目的で入部した部員たちである。拓郎もこの部員たちなら講義にも力が入ると言うものだろう。
「みんな私は部の顧問になるのも初めてだし、古文を教えているけど実は考古学は詳しくないのよ。
でもこれからは對馬先生がいるんだから頑張っていきましょう」
「「「はい、先生、頑張りましょう」」」
と、何を頑張るのか怪しいが、新生考古学部はいきなり大盛り上がりを見せていた。
そして拓郎が考古学部のために今まで準備していた大量の資料を基に部活が始まった。
どうやら何とかなりそうだと悠里はほっとしていた。
中沢優奈や青木智子は『どうせ、對馬先生がバスケ部の顧問になったら考古学部に入部する人なんかいないから廃部になるわよ』と高をくくっていたが、今頃は悔しがっているだろう。
だが、中沢優奈はあの会議で考古学部の顧問にはなれなかったが、ただでは転ばなかった。
家に帰った優奈は食事を終えると学園の理事長である父の書斎に向かった。
優奈の父、中沢純一郎は学園から呼び出され亜里沙の不祥事について報告を受けていた。
そして近日中に緊急理事会を開催することになっていた。
「お父さん、山口先生によって傷つけられたバスケ部員達にはメンタルケアが必要だと思うんです。
この不祥事で学園のイメージも若干落ちるでしょうし、対外的にもなんらかのアピールが必要です」
「ふむ、優奈はどうしたいのだ。具体的に言いなさい」
「はい、今回對馬先生に顧問が替わったことで、山口先生に辞めさせられた部員も戻ってきます。
30名を超える大所帯になりますから、いくら對馬先生でも隅々まで手が回らないでしょう」
「続けなさい」
「そこで私がバスケ部の副顧問になって、部員たちを精神的にケアしたり支えていきたいと考えています。
對馬先生も運動部の顧問になるのは初めてですし、高校バスケの協会への手続きとかスケジューリングや予算の配分、遠征のための準備等、細かい仕事までやるのは大変でしょう。そういった細かい仕事を行い、陰になり日向になって部を支えていく存在が必要なんです」
「ふむ、父兄や対外的にはバスケ部に対して、学園が気を使っていると思われるかもしれんな」
「はい、実際にそういったマネージングは私が行い、バスケ部を強くしていくのは對馬先生に任せることで部員たちを完全にサポートできると思います」
「なるほどな、それがいいかもしれんな。いままで放っておいた女子バスケ部を学園としては全力でサポートするといった姿勢を見せることで、PTAや外部を納得させる事が出来るだろう」
「では私がバスケ部の副顧問になるのはよろしいですね」
「ああ、明後日の緊急理事会には校長も教頭も出席する。その会議で私の方から言っておこう」
「はいっ、有難う御座います」
「ところで優奈はその對馬君についてはどう思っているんだい」
「はい、素晴らしい先生だと思います。学園に相応しい立派な経歴をお持ちですし、人としても魅力的な方です」
「それは私も良く知っている。いつも優奈が話してくれるから私も彼の事は調べたからね。
私が聞きたいのは優奈自身、對馬君に対しての感情だよ」
「ええっ、それは……正直に言えば惹かれています。すごく魅力的な方ですし」
「そうか、ふむ…わかった。私も優奈を応援しよう。彼はお前に相応しいかもしれん」
「有難う御座います、お父さん」
こうして優奈は女子バスケ部の副顧問になった。
それが発表されたとき、青木智子の悔しがりようは半端ではなかった。
後日、優奈と智子が教員用女子トイレでばったり会った時のことだ。
「中沢先生、父親の権力を利用してまで對馬先生に近づきたいの。あまりにも卑怯じゃない」
「何を言うのですか、青木先生。父は学園のために言ってくれたんですよ。誤解です」
「まあいいわ、精々對馬先生の信頼を損ねないよう頑張りなさい。ふふふふ」
「そういうのを 負 け 惜 し み って言うんですよ。青木先生。うふふふ」
「なんですって」
「あははは、負け犬の遠吠えは耳に心地よく聞こえますね。あははは」
「何のことかしら、まあ、あなたがしくじったら何時でも替わってあげるから、覚えておきなさい」
二人とも笑っているが目は少しも笑っていない。
それどころか火花が散っているようだ。
何はともあれ、今日から新体制で女子バスケ部が始動した。




