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『酔いの連鎖』  作者: こうた
第6章 償い

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第2話 社会の中の名前

判決の翌日から、世界の見え方が変わった。


変わったというより、「区切られた」と言った方が近い。


小畑辰巳は朝の電車に乗っていた。


車内はいつも通り混んでいる。


誰もこちらを見ない。


それなのに、視線がある気がする。


根拠のない感覚。


だが、それが消えない。


駅のホーム。


広告。


ニュース画面。


どこにも自分の名前はない。


それでも、「見られている側」にいる感覚だけが残る。


会社へ向かう途中で、足が少し重くなる。


復帰手続き。


配置調整。


人事面談。


それらはすべて「社会に戻すための作業」として進んでいく。


だが、小畑は気づいている。


戻るのではない。


“別の立場で配置される”だけだ。


オフィスに入ると空気が変わる。


以前の同僚が軽く会釈する。


それ以上はない。


それで十分でもあり、不十分でもある。


人事担当が資料を差し出す。


「こちら、復帰後の配属案です」


そこには「限定業務」「対外接触制限」の文字。


小畑は静かに頷く。


想定していたものだった。


しかし、実際に見ると重い。


それは罰ではなく、位置の固定だった。


昼休み。


田中平蔵からメッセージが届く。


《初出社です》


短い。


小畑は返信する。


《お疲れ》


すぐ既読。


少しして田中から返事。


《普通に戻れないっすね》


その一文に、小畑は少しだけ目を閉じる。


戻れない。


もう何度目か分からない言葉。


市村敏弘からもメッセージ。


《会社、席だけある感じです》


白石夏美からは何も来ない。


それが一番“現実的”だった。


午後。


上司との面談。


上司は慎重な言葉を選ぶ。


「社会的影響がある案件なので」


「周囲への配慮として」


「段階的に」


言葉は柔らかい。


だが意味は一つだ。


“小さくなること”。


目立たないこと。


前に出ないこと。


小畑はただ聞く。


反論も説明もない。


できないのではない。


必要がないと分かっている。


会議室を出ると、同僚の一人が立っていた。


少し迷ったあと、頭を下げる。


「……大変でしたね」


その一言に、何を返すべきか分からない。


大変だった。


確かにそうだ。


だが、その言葉では足りない。


小畑は小さく会釈する。


それ以上はしない。


できない。


夕方。


帰り道。


空は薄く明るい。


その明るさが逆に現実を際立たせる。


田中から電話。


「なんかさ」


少し笑っている。


「俺ら、名前で呼ばれなくなりそうじゃないっすか」


小畑は歩きながら聞く。


「どういう意味だ」


「“あの件の人たち”って感じで」


沈黙。


その言葉は冗談ではない。


田中は続ける。


「名前より先に出来事が来るっていうか」


小畑は空を見る。


それはすでに起きている。


白石から短いメッセージが届く。


《通勤つらいです》


それだけ。


小畑は少し迷って返信する。


《俺もだ》


既読はすぐつく。


でも返事はない。


沈黙が続く。


それは拒絶ではない。


共有の限界だった。


夜。


一人の部屋。


テレビはついていない。


音もない。


ただ静かに、小畑は思う。


判決は「終わり」ではなかった。


それはただ、


社会の中における自分の“配置図”だった。


そしてその配置は、


もう簡単には変わらない。

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