第10話 判決の前夜
夜の裁判所は、昼間よりも現実感が薄い。
灯りはあるのに、人の気配が遠い。
小畑辰巳は一人、建物の外のベンチに座っていた。
明日は判決だ。
その言葉だけが、ずっと頭の中で反響している。
田中平蔵が少し離れた場所で立っている。
市村敏弘は煙草を吸っているが、火はつけていない。
白石夏美は来ていない。
それが逆に現実を感じさせる。
「来れない」という選択もまた、関係の一部になっている。
田中がぽつりと言う。
「明日で終わるんすかね」
小畑は答えない。
終わる、という言葉はもう信用できない。
市村が言う。
「終わるっていうか、確定するだけっすよね」
その言葉が一番近い。
何かが終わるのではなく、
今まで揺れていたものが固定されるだけ。
田中は空を見上げる。
「俺さ」
間。
「今でも夢で、翔平くんが普通に飲んでるんすよ」
小畑は視線を向ける。
田中は続ける。
「で、普通に笑ってるんすよね」
少し笑う。
しかしその笑いはすぐ消える。
「でも、目だけずっとこっち見てるんすよ」
市村が小さく言う。
「俺も見ます、それ」
白石がいないのに、その話は共有されている。
小畑はゆっくり言う。
「俺も見る」
沈黙。
三人とも同じものを見ている。
違うはずの記憶が、同じ像に収束していく。
田中が言う。
「これ、罰なんすかね」
小畑は少し考える。
罰。
それは外から与えられるもののはずだった。
しかし今感じているものは違う。
内側から崩れていく感覚だ。
「……分からない」
それしか言えない。
市村がベンチに座る。
「でもさ」
少し間。
「もし戻れるとしても、戻れない気もするんすよね」
その言葉に、小畑は反応する。
戻る。
何に戻るのか。
あの夜か。
それ以前か。
それとも“何も知らなかった自分”か。
田中が笑う。
「戻ったところで、同じことする気もするんすよ」
その一言で空気が止まる。
誰も否定できない。
なぜなら、それは“構造”の話だからだ。
個人の悪意ではなく、
場の癖。
文化。
空気。
それらの中で繰り返されていたもの。
小畑は空を見上げる。
夜は静かだ。
でもその静けさは、安心ではない。
判断がまだ下されていない空白。
明日、その空白に名前がつく。
田中が立ち上がる。
「じゃあ、また明日っすね」
その言葉は軽い。
しかし重い。
市村も頷く。
「明日で、全部決まるっすね」
白石はいない。
その不在が、もう一つの答えのように感じられる。
小畑はゆっくり立ち上がる。
判決は、何かを終わらせるためにあるのではない。
ただ、
これまで曖昧だったものに“名前”をつけるためにある。
そしてその名前は、
もう誰にも変えられない。




