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『酔いの連鎖』  作者: こうた
第5章 罪を背負う

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第3話 予見できたという言葉

法廷の空気は、少しずつ“議論”ではなくなっていた。


それはもう説明ではない。


評価の積み重ねだった。


検察官が立ち上がる。


「争点の中心は予見可能性です」


その言葉で、小畑辰巳の背筋がわずかに硬くなる。


予見可能性。


またこの言葉だ。


検察官は続ける。


「被告らは、被害者がアルコールに弱いことを認識していたか」


資料が配られる。


そこには白石夏美の証言。


《事前に本人から“弱い”と聞いていた》


市村の証言。


《明確には知らなかったが、様子はおかしかった》


田中の証言。


《飲めないタイプとは思っていた》


そして小畑の供述。


《認識はあった》


裁判長が静かに資料を見る。


検察官は続ける。


「したがって、予見は可能だったと評価されます」


その瞬間、言葉が重くなる。


“可能だった”。


それは未来ではなく、過去への評価だ。


弁護士が立ち上がる。


「異議があります」


空気が動く。


「当時の飲み会文化において、軽度の拒否は日常的に処理されていました」


検察官はすぐ返す。


「日常的であっても、結果を免責する理由にはなりません」


静かな衝突。


裁判長は両者を制する。


「続けてください」


検察官は映像資料を提示する。


「ここに注目してください」


スクリーンに広岡翔平の顔。


少し青ざめている。


手がグラスから離れている。


視線が下がっている。


検察官が言う。


「この時点で、通常の飲酒状態ではないことは明らかです」


田中が小さく息を吐く。


市村が視線を逸らす。


白石は手を握っている。


検察官は続ける。


「それにも関わらず、被告らは継続しています」


その一言が、部屋の温度を下げる。


弁護士が反論する。


「しかし、急激な悪化は予測困難であり——」


検察官が遮る。


「予測困難ではなく、“無視された”のではないですか」


沈黙。


その言葉は強い。


直美が静かに言う。


「私は、無視されたと感じています」


その声で、視線が一点に集まる。


小畑は動かない。


無視。


その言葉が胸に刺さる。


本当に無視していたのか。


それとも見えていたのに流したのか。


検察官は続ける。


「救護義務についても検討します」


資料が変わる。


時間の一覧。


20:05 異常確認

20:10 会話減少

20:12 反応遅延

20:18 救急要請


検察官が言う。


「この間に、適切な救護行為はありませんでした」


弁護士が即座に補足する。


「しかし現場では“様子見”が一般的判断でした」


様子見。


その言葉が弱く響く。


検察官は淡々と返す。


「結果として死亡しています」


その一言で、議論が止まる。


裁判長が静かに言う。


「評価の対象は“結果”ではなく“行動”です」


その言葉が残る。


行動。


小畑は思う。


自分たちは行動していた。


笑って。


飲ませて。


流して。


でもそれは“行動”ではなく、“流れ”だった。


その違いが今、責任に変わっている。


裁判長が小畑を見る。


「被告人、あなたは当時、危険を認識できたと考えますか」


沈黙。


長い沈黙。


小畑はゆっくり答える。


「……今なら、分かります」


その瞬間、直美の目がわずかに動く。


小畑は続ける。


「でも当時は……見ていたのに、止められませんでした」


言い終えたあと、静寂。


それは言い訳でもなく、否認でもない。


ただの事実だった。


裁判長は記録する。


「供述として記録します」


木槌の音が鳴る。


その音は、過去ではなく現在に響いていた。


そして小畑は気づく。


“予見できた”という言葉は、


責めではない。


すでに過去を書き換えるための言葉だ。

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