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『酔いの連鎖』  作者: こうた
第4章 証言の中の自分

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第1話 食い違う記憶

取調室ではなく、今度は“確認室”と呼ばれていた。


名前が変わっただけで、意味は同じだった。


小畑辰巳は、椅子に座ったまま資料を見つめている。


机の向こう側には、検察側の調査官と、遺族側代理人の弁護士が並んでいた。


空気は前よりも冷たい。


そこに「感情」はほとんどない。


あるのは整理された事実だけだ。


調査官が資料を置く。


「ここからは証言の整合性を確認します」


ページには、複数の供述が並んでいた。


小畑のもの。


田中平蔵のもの。


市村敏弘のもの。


白石夏美のもの。


同じ夜のはずなのに、微妙に違う。


調査官が言う。


「まず、最初の飲酒の発言について」


スクリーンに音声が流れる。


『いけるだろ、まだ』


小畑の声。


間違いなく自分だ。


しかしその直後、田中の証言が映る。


「小畑さんが盛り上げていたのは事実ですが、全員の空気でした」


次に市村。


「止める感じではなかった。むしろ流れ」


白石。


「誰かが止めると思っていた」


食い違いではない。


“責任の逃げ場”が違うだけだ。


調査官は淡々と続ける。


「では、被害者の拒否について」


映像が切り替わる。


広岡翔平。


首を振る。


手を軽く上げる。


「もう大丈夫です」


その仕草。


同じ場面を、全員が見ていた。


しかし解釈が違う。


田中の供述。


「本気の拒否には見えなかった」


市村。


「酔ってるからだと思ってた」


白石。


「止めるべきだった」


小畑は黙っている。


調査官が言う。


「つまり、同じ現象でも認識が一致していない」


その言葉は静かだが鋭い。


直美の弁護士が口を開く。


「それは“見ていたが見ていなかった”ということです」


小畑の胸がわずかに締まる。


見ていたが見ていなかった。


その表現は正確すぎた。


調査官は次の資料を出す。


「次に、飲酒継続の判断」


テーブル上のグラスの映像。


誰かが注ぐ。


誰かが笑う。


誰かが沈黙する。


そのすべてが連続している。


調査官が言う。


「ここで重要なのは、“誰が止められたか”ではなく、“誰が止めなかったか”です」


その瞬間、空気が重くなる。


田中の言葉が頭に浮かぶ。


“全員の空気”


市村の言葉。


“流れ”


白石の言葉。


“誰かが止めると思った”


そして自分。


“いけるだろ”


全部が繋がっているようで、どこかでズレている。


直美が静かに言う。


「翔平は何度も拒否しています」


その声は揺れない。


「それでも続いています」


調査官が頷く。


「この点について、被疑者側はどう説明しますか」


“被疑者側”。


その言葉が、小畑の中で初めて現実として響く。


小畑はゆっくり口を開く。


「……止めるべきでした」


調査官は一瞬間を置く。


「“べき”ではなく、行動としては?」


小畑は息を吸う。


「止めませんでした」


その一言で空気が止まる。


直美は何も言わない。


ただ静かに見ている。


調査官は資料を閉じる。


「では、この点は一致しました」


一致。


それは安心ではない。


むしろ確定だ。


部屋を出ると、廊下の光が白すぎた。


田中が先に立っている。


「俺ら、全部バラバラっすね」


市村が笑う。


「同じ場面見てたのに」


白石は何も言わない。


小畑は思う。


記憶は共有できない。


証言は重ならない。


残るのはただ一つ。


“結果”だけだ。


そしてその結果は、すでに動かない形でそこにあった。

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