第三話 氷は、人に向けていい力じゃない
属性鑑定から、さらに一週間が経った。
俺――神白たくまは、毎晩誰もいない広場で魔法の練習を続けていた。
「……っ」
掌へ魔力を集める。
魔力収束。
属性変換。
魔力コントロール。
この世界の魔法発動に必要な三工程。
最初は意味すら分からなかったが、加護のガイド機能のおかげで少しずつ理解できるようになってきた。
そして今。
俺の右手には、半透明の氷の短剣が握られている。
「……できた」
まだ不格好だ。
刃も少し歪んでいる。
だが確かに、“武器”だった。
思わず笑みが漏れる。
「十万も魔力あるんだし、楽勝だと思ったんだけどな……」
だが現実は甘くない。
《現在魔力量:11,204》
「減りすぎだろ……!」
短剣一本作っただけ。
それだけで九万近い魔力が吹き飛んでいた。
氷属性。
想像以上に燃費が終わっている。
「マジで狂ってんなこの属性……」
膝に手をつきながら息を吐く。
けれど。
短剣を見つめる目だけは、少し熱を帯びていた。
「……でも」
俺は近くに転がっていた石へ向き直る。
「試してみるか」
軽く振るう。
その瞬間。
スパンッ。
「……え?」
石が、豆腐みたいに切れた。
しかも。
切断面が一瞬で凍りつき。
次の瞬間、内側から砕け散った。
パキパキパキッ!!
氷の音と共に、石が崩れる。
「…………」
俺は固まった。
いや待て。
なんだこれ。
「……これ、人に使ったらダメなやつだろ」
背筋が寒くなる。
この短剣。
ただ切れるだけじゃない。
“内部から凍らせて壊す”。
そんな危険な力だった。
数日後。
俺たちは実技研修として、ダンジョンへ来ていた。
「では各班、指定区域の探索を行え」
帝国兵の声が響く。
薄暗い洞窟。
湿った空気。
そして。
「おーい荷物持ちー、さっさと来いよ」
「……」
俺は大量の荷物を背負わされていた。
氷属性は戦力外。
だから雑用係。
それが帝国の判断だった。
「大丈夫? 神白くん」
朝霧が心配そうに振り返る。
「無理すんなよたくま」
「たくっち死にそうじゃんw」
三人だけは普通に接してくれる。
それが救いだった。
だが。
俺は気づいていなかった。
帝国が、既に俺を“処分対象”として見ていたことに。
「――っ!?」
頭に強い衝撃が走った。
視界が揺れる。
「な……」
振り返る。
そこにいたのは、最初に俺を馬鹿にしていた陰キャ男子だった。
「悪いな神白」
ニヤニヤ笑っている。
周囲には帝国兵。
「お前……何を……」
身体に力が入らない。
睡眠薬か何かを盛られた。
「抵抗すんなよ雑魚」
ドサッ。
俺は地面へ倒れ込む。
視界の端では。
「やめてください!」
朝霧の声。
「たくまに何してんだよ!」
森田が兵士に押さえつけられていた。
かんなも腕を掴まれている。
「離せっ!!」
その姿を見て。
胸の奥が、ぐちゃりと歪んだ。
「ははっ」
陰キャ男子が笑う。
「正直さぁ、俺こいつら嫌いだったんだよね」
「……っ」
「陽キャってだけでチヤホヤされてさ」
朝霧の髪を乱暴に掴む。
「や、やめ……っ!」
「お前も可哀想だよなぁ神白」
俺を見下ろしながら言った。
「この世界じゃお前はゴミ同然」
さらに。
「悔しかったらやり返してみろよ」
その瞬間だった。
《魔力使用を確認しました》
頭の中に声が響く。
《異常な殺意を確認しました》
空気が冷える。
《魔力総量を増加します》
そして。
俺の視界の端に、数字が浮かんだ。
《現在魔力量:100,000,000》
「…………は?」
次の瞬間。
ピシッ。
帝国兵の足元が凍った。
「なっ――」
パキパキパキッ!!
凍結が一瞬で広がる。
床。
壁。
空気。
全てを侵食するように。
「ぎ、ぁ……!」
帝国兵たちは悲鳴すら上げられなかった。
一瞬で氷像になったからだ。
「ひっ……!?」
陰キャ男子の顔から血の気が引く。
俺はゆっくり立ち上がった。
身体が異常に軽い。
いや。
違う。
力が溢れている。
「神白……?」
森田が呆然と呟く。
俺は陰キャ男子の前へ歩く。
「ま、待っ……」
氷の短剣を生成。
今までとは比べ物にならない速度だった。
そして。
ザンッ。
「あぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!?」
男の右腕が宙を舞う。
切断面が一瞬で凍る。
次の瞬間。
パリンッ。
腕が砕け散った。
「ひっ……ひぃ……!」
男は腰を抜かした。
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしている。
俺は冷たい目で見下ろした。
「次、こいつらに手出したら」
殺気が漏れる。
「殺すぞ」
その一言で。
男は白目を剥いて失神した。
「…………」
静寂。
そこでようやく、俺は我に返った。
「……俺」
やりすぎた。
いや。
でも。
三人を傷つけられて。
我慢できなかった。
「たくま……」
朝霧が震えた声で俺を呼ぶ。
その顔を見て。
俺は決めた。
その夜。
三人を城へ送り届けた俺は、一人で荷物をまとめていた。
「……俺がいると、お前らが危ない」
帝国はもう俺を敵として見る。
なら。
一緒にいるべきじゃない。
窓の外を見る。
夜風が冷たい。
だけど。
不思議と心は静かだった。
「行くか」
俺は荷物を背負う。
そして。
一人、アヘレス帝国を後にした。




