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歪んだ箱庭  作者: パステル
24/24

第二十四話 移行完了

かなり久々の投稿になりましたが、その分ネタの密度は濃いめのつもりです。

 咲き始めの薔薇のような色合いの瞳を伏せて、肩口に切りそ切り揃えたフランボワーズの髪の毛先を指先で絡め取っては溜め息を吐く、儚い雰囲気を醸し出す美しい少女がいた。


「最近のお兄様はずっと外泊ばかりで見掛けないですし、お姉様の足跡だって滅多に報告に上がらないですし…わたくしも魔道具越しの擬似的な体験ではなく、直接この目でお二人が愛を育む時間を見てみたいわ…!」


 口を突いて出る言葉は、凡そこの中央大陸の六割以上を治める大国の姫のものとは思えなかったが、その呟きが聞き取れる距離には誰も居らず、一定の間隔を空けた距離にはその姫の姿を一秒でも長く視界に収めようとする使用人や世話係に専属騎士、更に外周には偶然後宮へ用事のあった高位貴族やそのお付きの姿までもがあった。


「世話係以外はいつも目すら合わせてくれないし、視線が合ったとしてもすぐに逸らされるし…わたくしは本当に嫌われているのね…」


 しかしながら少女は、他者からの感情に疎く色々な意味で少々残念な少女だった。


「…そこのアナタ。ちょっといいかしら」

「はっ、はいぃっ!私に出来る事でしたら何なりとお申し付けください!」

「あらまぁ、頼もしいのね!では、遠出の馬車の用意を」

「…へ?」

「ですから、お兄様のいらっしゃる場所まで行くお忍び用の馬車の手配を。もちろん、お父様方にはなるべく悟られぬよう内密に事を進めてね?」


 だが、残念である事が即ち愚かであるとは限らない。


「なんでもして下さるのよね?」


 この場にいる者の中でも最高位の爵位を持つ文官に向けて、美しくも圧のある微笑みを浮かべた幼い姫は頭の中で既に計画を練り始めていた。



 *****



 少しだけ、一般的ではないプレイをしている自覚はあった。

 だとしても僕は、つい最近までどこにでもいるような平凡なプレイヤーだった。


 なのに、次に目が覚めると僕はーー自分がプレイしていたゲームキャラの【ダーク】になっていた。


 今まではステータスを見る時みたいに頭の中で意識すれば表示されていたメニュー画面が、ハッキリと声に出してみても表示されなくなっていた。

 最初は明晰夢かとも思ったけれど、頬をつねると痛覚緩和フィルター越しとは思えない痛みを、現実と同じかそれ以上に感じて顔を歪めた。


 意識が遠退く間際に聞こえた臨時メンテナンスの影響かとも思ったけど、僕だけでなくこの屋敷にいたプレイヤーの全員がメニューすら開けなくなっている上に、運営が提供している公式掲示板や非公式の掲示板、その他スレッドなどの外部サイトにもアクセスできなくなっていた。


 だけど、夢じゃないと思った理由は他にもあって…


「遂にウチにも、異世界転生キター!!」

「転生じゃない気がするよ?だって僕達、生まれ変わって別人になった訳じゃないし」


 僕のすぐ隣では、全力でガッツポーズをしているテンションがやたら高いベリィさんと、その発言に対して冷静にツッコミをしながら眠たそうに目元を擦るソフランさんが居て、さも当前のようにこの現状を受け入れていた。


「あぁ〜…確かに今の見た目じゃあゲームキャラとは言えリアルと大差ないし、これじゃあ髪染めてカラコンした一般人じゃん…」

「急に落ち込むんかい」

「そう?…そんじゃ、改めて…遂にウチにも、ゲームキャラに憑依キター!!」

「もうソレ、ただ単にベリィが叫びたいだけでしょ…」

「あ、やっぱバレた?」


 どうしてこんな異常事態の中でも平常運転で二人はいられるんだろう。

 …もしかして、僕の方がズレてる…?


「まさか、いやいやいや…」

「ダークくん?どうしたの?」

「ん?なんかあった?」

「えっと…なんていうか、ベリィさんもソフランさんも、いつも通りな気がして…」

「…あぁ、そう言うことね」


 そう言ってソフランさんは、自分が座るソファの隣をポンポンと手で叩いて座るように促すので、意を汲んで隣に座った。


「僕だって一時的かもしれないとはいえ、ゲームの世界からログアウトできなくなったのは不安だよ?でも、運営やシステムAIからの緊急メールがないんじゃ何も対策の練りようがないし、ベリィだってわざとはしゃいで暗くならないようにしてるだけだよ。だから、ダークくんの不安を感じる気持ちは普通じゃないかな」


 自分の心配ばかりしている僕とは違って、お二人は細かいところまで気に掛けてくださった対応だったなんて…!


「ソフランさん…それにベリィさんも、気遣ってくださってありがとうございます!」

「別に気に負わなくていいよ。だって僕達は仲間でしょ?」

「そうそう!それにウチは素ではしゃいでただけだから!」

「「え?」」

「…えっとぉ、それよりも!ケモ耳さん達とマラカイトくんのお話は長いねー?」


 若干強引な話題の逸らし方だったが、この件についてはトウドさんとアラレさんが年長者なのでと名乗り出てくれて、僕達の代表としてマラカイトさんに連れられて奥へ行った。


「ケモ耳さんじゃなくて、白虎のアラレさんとおまけね?」

「おまけって…狐の獣人のトウドさんだって、率先して行ってくれましたよ」

「っていうかさぁ、ソフランはまだ馬鹿にされた時のこと気にしてるの?」

「…別に」

「やっぱり根に持ってるぅ!」


 ソフランさんが怒っているもう半分の理由は、ベリィさんのことを軽くみた言い方だったからだけど…ソフランさんも素直に言えないんだなぁ…



 *****



 一方その頃、会議室では…


「お前じゃあ話しにならないな」

「おや、奇遇ですね?僕もそう考えていたところです」

「時と世界を超えた兄弟喧嘩はするな!これじゃあいつまで経っても結論が出ないだろ?」

「こんな捻くれた()()は俺の家族じゃねえ」

「そのままそっくりお返ししますよ。今世では姉上とは()()の狐獣人さん?」

「…敢えて一部を強調したような言い方だな?」

「事実を述べただけですが」

「…上等だ、今からツラ貸せよ」

「えぇ、勿論。ですが貴方からの決闘の申し込みですので、僕に貸し一つという事で」

「だーかーらぁッ!マウント取り合って兄弟喧嘩するのはやめろって言ってんだろうがッ!!」


 一向に、何の話も進んでいなかった。



 *****



 堰を切ったように泣いていたアトラクトを落ち着かせられるように、順を追って情報の擦り合わせを行った。

 明け方近くになると泣き疲れたのか規則的な寝息が聞こえてきたので、アトラクトをベッドへ寝かしつけると、起こさないように慎重にベッドから起き上がる。

 時間としては、朝の鍛錬には遅く、朝食にするには少々早い。

 そう考えながら一階に降りると、足音を聞きつけたらしいダークとベリィとソフランの三人に取り囲まれて切実な声で『何か食べたい』とせがまれたので、きっと昨夜の食事では身体に必要なエネルギーが摂取できなかったのだろうと思い、参考書通りの分量で作った朝食を振る舞った。


「そういえばさ、トワちゃんはこのゲームにそっくりな異世界に転生した、最初の事例ってことだよね?」


 全員が無事に完食してくれた事を見てから、朝食の感想を聞こうと思った矢先に、ベリィが今回の事態へ疑問を問い掛けてきた。


「えっ…と、マラカイト達から説明はされていなかったの?」

「僕達は何も聞けていないです」

「今日以降の予定も?」

「ウチ達三人は少なくとも何も聞いてないし、情弱だよ?」

「…まさかとは思うけど、自分達の現状把握とかは…」

「実は、マラカイトくん達はアラレさんともう一人の対応をしてたっぽいから、夜ご飯も頼めなくて食べそびれたんだよね」

「…ぅ、ぁ……」


 衝撃のあまり手にしていた朝刊を紅茶の注がれたティーカップの上に落としてしまった。

 音を立ててティーカップが倒れると、テーブルクロスの上に溢れていく。

 机やテーブルクロスは撥水加工だから問題ないが、朝刊には染みができてしまったから一刻も早く片付けてしまわなければ。

 …いいや、問題なのはそれらではない。


 大切な客人への夕食を出し忘れてひもじい思いをさせた?

 緊急事態とは言え、我が家の品格が問われる由々しき事態だ。

 それよりも、その肝心な緊急事態の対処を行なっていない?

 貴族以前に人としての大問題だろう。


「…ねぇ、さっきからトワちゃんの目の焦点があってないんだけど…大丈夫かな?」

「わかりません…」

「僕達に聞かれても、ねぇ?」

「まっ…」

「「「ま?」」」

「マラカイトッ!!今すぐ此処へ来なさァーいッ!!!」



 *****



 秒針が時を刻む音が部屋に響く、高位貴族などの令息令嬢用のゲストルーム。

 ダークグレーの長い髪を後ろの高い位置で一つに結えた碧眼の少年が、静かに報告書のページを捲っては、その内容に目を通し眉間に深い皺を刻んでいる。


「…隠れていないで、出てきたらどうなんだ」

「もぉ〜、殿下は偉そうだなぁ〜」


 殿下と呼ばれた碧眼の少年の影が伸びると、ある程度伸びた所でぷつりと途切れ、立体的な人の形へと姿を変える。


「偉そうなんじゃない。事実としてお前より私の方が身分が高いんだ」

「お前じゃないよぉ〜!」


 碧眼の少年はそれを見ても一切動じることもなく、霧散していく影の中から姿を現した白髪金眼の少年を睨みつける。


「僕には猊下から与えられたカルミアって名前があるんだからねっ!」

「あぁ、そうだったな。それで、こんな時間になんの用だ?」

「そうそう!実はね、時間が余ってたし眠れないから猊下への報告をした帰りに後宮へ寄ったんだけど「ーーッ!!」うわぁっ〜?!」


 カルミアという少年の驚く声と重なるようにして、庭の木々に止まっていた小鳥たちが下の階から響く怒号に驚き、慌てて飛び去っていった。


「…朝から元気だな」

「トワちゃんが怒る声、すっごく懐かしいなぁ〜。最後に聞いたのは学生の頃だったっけ〜?」

「私達の事ではないのだし、今は別にいい。それで、話の続きはなんだ?」

「ひょえ?」

「だから、帰りに後宮へ寄ったからなんだっていうんだ?」

「…あれ、なんだっけ…?」

「そんな事だろうと思った…」



 *****



「全く…!マラカイトもトウドお兄ちゃんも、それにオーロラもヴィオも!揃いも揃ってこの三人の存在を忘れるなんて…!」

「申し訳ありません、トワお嬢様…」

「…ごめんなさい」

「私にではなく、ダークとベリィとソフランに謝罪して許しを乞うんだ」

「御三方に対し、この度は配慮が至らず大変申し訳ございません!」

「なんていうか…その、ごめん…」

「そんなっ、謝らないでください!」

「ウチにもだよ!全然気にしてないしっ!」

「僕も大丈夫だから!って言うか、第二王子様とカルミアくんも食べてないのはいいの?」


 ソフランがチラッと私へと視線を向けてくる。


「あの二人は自分の力だけで生き残れるし、一食ぐらい用意しなくても大丈夫さ」

「褒められているのか貶されているのか、よく分からないんだが…」

「トワちゃんの性格なら、僕達は十分しぶといって褒めてるんじゃないかなぁ?」


 だが、カルミアの言う通り。

 私は彼らを正当に評価しているし、護衛対象と守りたい友人ではあるが、保護対象だとは考えていない。


「あの、ツキネ…じゃなくて…トワ?」

「なんだいアラレ?あと、呼び方ならトワと呼んでくれるかな?」

「…あぁ、分かった。それじゃあトワ、なんでボクは叱らないんだ…?」

「そりゃあ喉を痛めて掠れ声になっていたのだから、またトウドお兄ちゃん達の喧嘩の仲裁をしていてくれたんでしょう?自覚なき愚かな行為の指摘をしたとしても、止めようと頑張ってくれていた功労者に対して叱責するほど私は常識知らずでは無いさ」


 そう言いながらゆっくりと首を動かし、未だに唸り睨み合う兄と弟の姿を見て、特大の溜め息を吐き出す。


「被害者である三人にまだ謝りもせずにいるマラカイトには、以降は大切な事柄をを託すのはやめよう。」

「姉上っ?!」

「そして。トウドお兄ちゃんは妙に喧嘩腰になりやすいと分かったから、集団の統率者に相応しくないと理解したよ」

「ツキネッ…!?」


 今更になって慌てふためきだす二人を見て、苛立ちよりも悲しみが大きくて。


「託した私が馬鹿だっただけだ」

「そんなっ…!」

「…ツキネに、見放された…」


 つい、心の声が漏れ出して、二人に対してクリティカルヒットしていた。

 だがそんな些細な事ばかりに掛かり切りではいられない。


「とにかく。当面の間は元プレイヤー組の五名のリーダーはアラレで、サブリーダーはダークとする。異論のある者はいるかな?」


 ぐるりと見渡すが、誰も異論はないようなので話を続ける。


「それと、元プレイヤー組と私が呼称した理由だけど。少し長い話になるから全員よく聞くんだよ?」


 私の問い掛けを聞いていた者達は皆、黙って頷いている。


「先ず、キミ達五名には二つの共通点がある。それは『同じゲームを遊ぶプレイヤーだった』という事と『此の世界の眷属である』という事だ。一つ目は言わずもがな、第一回大規模イベントでお互いの顔を見ているのだから知っている事実だろうから飛ばすけど、質問があれば最後に纏めて聞いてくれ」


 特に視線を感じた、ヴィオとは敢えて目を合わせずに一息で言い切る。


「二つ目の『此の世界の眷属である』という共通点だが、この件に関しては私はあくまでも闇の精霊王である友の代理だから、詳しい原理や摂理については今すぐには答えられない事は承知の上で聞いてほしい」


 なにせメイから聞いたのは酷く簡略的な暗号のようなーー長年の付き合いがある仲でなければ、理解が追いつかない言語での単語を羅列したものだったのだから。


「大前提として、此の世界…キミ達のような天体に詳しい世界の者に言うならば、そうだな…惑星名セレスティアルは、ある意味では地球の科学と酷似した()()という文明が発達を遂げた、別の星域にある同程度の質量と規模の惑星なんだ。星域が異なると言えども同じ次元に存在し、座標も殆ど重なり合うように位置するから、キミ達が私の空けた穴に容易く落ちてしまったのだろうがね。まぁなんであれ、キミ達『プレイヤー』は此の世界の理に逆らった存在であり、セレスティアルに住む者達からすれば、あの第一王子が急に擁護していなければ友好国からの旅人なんていう肩書きも与えられない、異世界からの侵略者に違いは無かった。だが今では寧ろ、此の世界を縦横無尽に歩き回れていたその足には枷が付けられており、無事に天寿を終えて生まれ変わるまではそれこそ、天文学的な数字よりも地球への転生は低い確率で不可能にも等しく、此の世界からは逃れらない運命にあると言えるだろうね」


 ここまで間髪入れずに語った私へ、無言でシキが水の入ったコップを手渡してくれたのでありがたく貰い受けてから、一滴残らず飲み干した。


「お気遣いありがとう、シキ」

「話が長くなるのはトワの癖だからな」

「そうだ。折角の機会だから、此の場にいる者全員に我が主人と同じ職務の友人を紹介しようか」


 カルミアは微笑み返してくれるが、シキは仏頂面になってしまった。

 だが構うものかと、二人が座る椅子の間に移動して二人の肩に手を置く。


「こっちの、目つきが少々鋭くなっている御方が、私が影として仕えているシキサイ殿下。この大陸最大規模の土地を支配するこの国ーーミスティックレガリア王国の第二王子だ。そしてその隣に座っているのは、私とは国営の軍事学校時代からの友であるカルミア。彼も影として仕えているが、主人については詮索しないでくれた方が自分の身の為だろうね」

「他にも紹介の仕方はあっただろう…」

「そうかい?紹介した内容なら全てが事実だろう?」

「トワちゃんはうっかり屋さんで忘れてるみたいだけど、みんな闇の精霊王様に見せてもらって知ってるよね!ちゃんと言っておくと、僕の主人様は天上教の教皇で在らせられるニゲラ様で、とっても優しい主人様なんだぁ〜!」

「カルミアの主人自慢は聞き流していい。それより、そこの獣人族二名も異世界の者なのは理解したが、トワとは一体どういう関係なんだ」

「トウドお兄ちゃんとアラレとの関係性は、元兄と親友だけど…言ってなかった?」

「言ってなかったが?」

「まぁ、二人は獣人族の出の者ではないし、攫って来た訳でもないから。種族間抗争の問題には発展しないさ」


 それに、いざという時は獅子族の族長を務めているバーナードに助けを求めれば、大抵の場合は丸く収まっているのが現状だし。

 だから安心して大丈夫だという意味も含めてシキに微笑みかけると、深い溜め息を吐かれた。

 うーん、解せない。


「…取り敢えず、世界の眷属となったからには元プレイヤー組にも凡庸の方の【鑑定】で良いから取得してもらって、最大レベルまで到達してもらいたい。取得方法やレベリングの方法は片っ端から【鑑定】をして抵抗を突破することだが…折角だし、我が家の領地内にある鑑定許可エリアをじっくりと見て回りながらレベル上げをして、ついでに買い出しもしてくれると助かる。買ってきて欲しい材料はーー」



 *****



「なるべく質の良い竜種の鱗を六枚に、各自の魔力と相性の良いマナを含んだ木材。新鮮なマンドラゴラの花と朝摘みの薬草に品質が良い毒消し草の三種類は、マジックポーチに入れて運ぶように注意。それから、面白い素材もあれば買うこと。最後のは…もう少し考えないと」


 トワさんに渡された買い出しリストの書かれたメモを読み上げながら唸り声を上げていると、馬車の速度が緩やかになった。


「ここからの街道を境界線に、辺境伯様の領地でも特に栄えている街の一つである貿易港に入ります」

「あれ?この街並み、なんだか見覚えがあるような…」

「この街って確か、僕達が最初のチュートリアルで上陸した港町ですよ」

「へぇ、ダークくんとベリィは此処でトワさんに出会ったんだ」

「ソフランは最初からダークとベリィちゃんと一緒じゃなかったの?」

「僕は元はフリーダムシナリオだったんですけど、ベリィに呼ばれて邪道シナリオに路線変更したんです」


 正面に座っていたアラレさんに聞かれたので答えていると、ガタンと音を立てて完全に馬車が止まっていた。


「皆様、目的地に着きましたよ」


 オーロラちゃんが先に降りて外側から扉を開けてくれると、馬車の外に広がる鑑定可能エリアである露店街には既に多くの人が行き交っていて、僕達は出遅れを取り戻すべく馬車の外へ出た。


「まずはマジックポーチの中の金貨を両替しに商業ギルドまで行って下さい。馬車を預ける役目は私が変わりますので、合流するまではヴィオがシキサイ殿下とマラカイト様、何よりも眷属の皆様の周辺警備にあたって下さい」

「おっけー」

「商業ギルドは右手前側の建物ですので、受付の際にはすぐに所持金は見せずにトワお嬢様より預かっている家紋を見せる事で、奥の部屋にて手続きを済ませて頂く事になると思われます。この街は貿易港ですので、領主様の領地の中では最も様々な部族が行き交う街です。必要以上に金貨や高純度の魔石を人前で見せないようにして下さいね?」



 〜〜〜〜〜



 商人らしき恰幅の良い人の出入りが激しい商業ギルドのドアを開けて室内に入ると、外の露店街ほどではないが人がごった返していた。


「ようこそ、商業ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 人の波に押されるようにして、今のメンバーでは比較的小柄な僕とベリィとダークくんが受付らしいカウンターまで移動すると、少し目つきの鋭い受付嬢らしき女性に話しかけられる。


「今日はお金を両替しに来ました。それじゃベリィ、お財布を出してくれる?」

「すぐに出したら駄目ですよ!あの、僕達はお金を崩しに来たので、奥の部屋で対応をしてもらえるって聞いたんですが…」

「では、身分証の提示をお願いします」

「ウチ達自身の身分証は持ってないんだけど、トワちゃんから預かってるコレで大丈夫なはず…だったよね?」


 マジックポーチの中をゴソゴソと漁ってベリィが家紋の彫られたタイピンを取り出して見せると、受付嬢さんの表情が曇ったように見えた。


「…失礼ですが、私どもの方でお客様のマジックポーチを【鑑定】させて頂いてもよろしいでしょうか?」


 ベリィとダークくんと顔を見合わせるが、トワさんから貰ったマジックポーチの説明時には僕達以外には物の出し入れが出来ないように魔力を登録してあるらしいし、別に構わないという事で受付嬢さんにマジックポーチの一つを手渡す。


「…あァ?」


 しかし、マジックポーチを【鑑定】している受付嬢さんの表情が険しくなったかと思うと、鋭い目つきでジロリと視線を向けられた。


「テメェらが盗んだのか?」

「「「はい?」」」

「ハッ!その反応がどこまで信用出来るか分からねえが、あるとすればガチで何も知らねえスリなのか…まぁどっちでもいい。魔血登録までは上書きしていなかったのが仇になったな。誰か!衛兵を呼んでこい!」

「「はいっ!」」


 瞬く間に騒めきが広がっていき、職員らしき人達が入り口へ駆けて行こうとした時。


「その必要はない」


 いつの間にか僕達を取り囲む野次馬の声が、自然と静けさに呑まれていった。


「この三人も、正真正銘トワの大切な客人」


 人だかりが真っ二つに割れると、その奥からトウドさんとアラレさんを引き連れたヴィオくんが歩き出て来て、僕達を背に庇う。


「ようこそ、オブザーバー様。久方ぶりにございます」

「そうだっけ?ていうか、相変わらず商業ギルドには狂信者ばっかりだ」

「お褒め頂きありがとうございます。ですが先程の言葉通りの解釈ですと、この方々が数月程前から妖精姫様が守護しておられる、噂の異国人のお客様でしょうか?」

「商業ギルドには関係のない事だし、余計な詮索は無用だから。奥の部屋と鑑定士を借りるけど、先に行ってもいいよね?」


 そう言ったヴィオくんの足元には見覚えのあるーー転移魔法の魔法陣が大きめに展開されていたので、慌てて僕達は魔法陣の中に入る。


「…承知致しました。現在ギルドマスターが此方へ向かっているとの事ですので、もう少々お待ちください」

「別に対応はギルマスじゃなくてもいいんだけど…あぁ、それだったら待ち時間の内に商業ギルドの方で商人カードの登録をしといて」

「それではお連れ様の初回登録費の五名様分になりますと、小銀貨五枚になります」

「こっ、小銀貨五枚ィ?!」

「無理ですよ!?」


 隣にいるベリィが裏返った声で叫ぶが、叫んでしまうのも無理はない。

 今の僕達は居候暮らしをしていてお小遣いまで貰っているけど散財してばかりだし、僕達三人の中で唯一貯金をしているダークくんですら慌てているんだから、もしかしたら小銀貨を日本円に変換したらとても高い買い物なのかもしれない。


「ヴィオくん!僕達じゃまだ払えないっぽいから、登録はしなくていいよ!」

「大丈夫。これもトワからのおつかい費用から出すし、使った用途を言えばトワも納得する」

「そんな、でも!」

「こういう時は相手の好意に乗るのがマナーだし、そんなに気にする額でもないから」


 アラレさんとそのおまけがヴィオくんに引き寄せられて、目の前の景色が陽炎のように揺らいだ刹那ーー僕達は革張りのソファの上に着地していた。

 その正面には、さっきから姿の見えなかったマラカイトくんと馬車を預け終えたのか合流していたらしいオーロラちゃんが座っていた。


「今回の件も姉上に知られたら、また暫くは研究室への立ち入り禁止令を言い渡されるんじゃないのか?」

「立ち入り禁止の間はトワに構ってもらうから大丈夫だし」

「下心を言える分は前回よりもマシですが、庇い立てなどなくとも私は気にしていませんよ?」

「僕は領地経営の為にも領民の声には耳を傾けているが、騒ぎ立てているのは未熟な交易商や信用に足りない噂雀ばかりだ」

「だからこそ美味しそうな餌を撒いたに過ぎない…それよりも」


 ヴィオくんの瞳が妖しく光ったと思った後の事だった。


「ぴゃっ?!」

「きゃっ!?」

「ひゃあ!?」


 モフモフ天国ーー通称モフ天のメンバー達が降ってきた。



 *****



 温かな熱を確かに宿した褐色の小さな手を軽く握って手を繋ぎ、アトラクトの前を歩く。


「ケホッ、コホッ!トワちゃ〜ん…この部屋埃っぽいよぉ…」

「最近はすっかり掃除を忘れていたからね…本当は嫌なら、今すぐ引き返してもいいんだよ?」

「…ヤダ。アタシだって、聞きたいことならいっぱいあるもん」

「そうだったね。だったら、此処から先は繋いだ手を離してはいけないよ?」


 別邸の屋敷の地下深くにある、羊皮紙に描かれた転移陣のスクロールが所狭しと発動待機状態にされている部屋。

 部屋の半分より奥には、真っ白な少女の姿の偽神を三人纏めて背中合わせに縛って放置されている。

 しかし、その半分より奥の空間は周囲とは違い異質で、四方を特殊な付与魔法を掛けたガラス板で囲まれており、内装もゲストルームよりは劣るものの、下位貴族や豪商の住む部屋だと言われても違和感はない程度に設備も整っているので、使用される事は今まではなくとも、何度も点検をしてきた身としては観賞用の熱帯魚を入れる水槽から水を抜いて人類用に仕様変更をしたように見えた。

 そして、偽神達の頭上の一箇所にだけ音声を拾い聞き取る魔道具とスピーカーのような拡声器もどきが設置されている。


『喉渇いたぁ〜!お腹すいたよぉ〜!』

「ーーッ!?」


 室内に設置されたスピーカーから呑気な声が聞こえる。

 私の背に隠れて恐る恐る近づいていたアトラクトは、声にならない悲鳴を上げるとすっかり硬直してしまった。


 繋いだ手の指先に込もる力が強くなる。

 無意識下であろうその仕草が可愛くて、つい口元が綻びそうになったけれど何とか堪えて、安心させるように微笑んで見せる。


「怯えなくとも大丈夫。此方側の姿や声は、私から離れなければ認識されない」


 そっとアトラクトの手を引いてあげると、食い入るように偽神達に見入っていく。


『ユリ、必要以上に抵抗してエネルギーを消費しないでください』

『だってぇ、じっとしてるのもう飽きたんだもん〜!!』

『縛り上げて狭っ苦しい場所に放り込んで一度も水すら与えられないなんて、昔の捕虜以下の扱いじゃない!』


 一歩、また一歩とアトラクトが偽神に近づいて行く。


「本当にこの子達が、アタシやマザーを操っていた存在なの…?」

「おっと、それ以上はまだいけないよ」


 アトラクトの足先が防音結界から出そうになったところで、軽く手を引いて首を横に振る。

 振り返ったアトラクトの表情は驚きに染まっていたが…まぁ、無理もないか。


「トワちゃん…これって、マジックミラーだよね…?」

「あぁ、その通り。最初は知り合いからの依頼で、遮光ガラスを再現しようと試行錯誤した結果生まれた偶然の産物だったけれどね。ただの板ガラスに付与魔法で視界を一方通行に上書きした物だから、効果は今のところマジックミラーと大差はないよ」

「そういう言い方って事は、地球にある本物を模したって事だよね?それじゃあ明らかにオーバーテクノロジーだよ…」

「更に言えば、これはただ部屋を区切り仕切る壁ではなく、異能力者専用の特別な檻だ」

「これが檻!?ってことは、この部屋って監獄!?」

「物置き部屋としての方が、今までは機能していたけれどね」


 驚きに表情を変えていたアトラクトに向かって小声で囁き、口元に人差し指を当てて見せてから、正面のガラス板に手のひらを翳して軽く魔力を流し込む。


「今から尋問を開始するけれど、もう大丈夫だと言うまで静かに聞いていられるかな?」

「それぐらい!…多分、できるもん」

「もし途中で何か捕虜に聞きたい事があれば、小声で耳打ちをしてくれれば私が代わりに聞き出すから」

「…わかった」

「うん、アトラクトはいい子だね」


 そう言ってから私とそれ以外の境界線をハッキリと意識するようにしてから、流し込んでいる魔力の波を、ラジオの周波数を合わせるように微調整していく…


「魔法もスキルも発動しなくて、ステータスを筋力に極振りしてみても千切れない縄とか、頭おかしいんじゃないの!?」

「解析完了…解析結果、該当するデータ無し。システム内データには存在は見受けられない物体と空間です。が、しかし…過去に閲覧した際のシステム内部にフレーバーとして存在していた魔封じのアイテム等に効果が酷似しています」

「ボタン、アンタねぇ…また代表の個人データを解析したの?そのうち告訴されても知らないわよ」

「あっ、ぼく知ってるよぉ〜!ボタンはGMの遠戚なんでしょお?」

「黙秘権を行使します」

「なにそれ!?ちょっとボタン!私は聞いたことないわよッ!」


 …ふむ。魔力の波長はこの波形なら声もクリアに聞き取れそうだね。


「あぁー、マイクテステス。本日は快晴なり、本日は快晴なり」

「「ーーッ!?」」


 捕虜の頭上にある拡声器から流れる私の声にもノイズは走っていないし、ここまでは概ね予想通りの反応だ。


「あぁ〜!自爆NPCちゃんの声だっー!!」


 捕虜のうちの一名の発言は除くが。


「ユリの独特な呼称から推測するに、最凶キャラ一覧表No.100のトワイライト・リリックのようですね」

「まぁ、此処に放置されるまでの抜け落ちた記憶から考えれば、ボス格がいきなり出てきてもおかしくはないわよねぇ」


 意外とイレギュラーな今の状況にも冷静なようだが、よくよく考えてみれば彼女達の世界ではスピーカーは当たり前のように使用されているのだから、今更声が聞こえたとしても一々関心を持つ訳がないか。


「聞こえているようだから続けるけれど、好待遇な部類とはいえ、今のキミ達はなんの異能力も持たない非力な捕虜に過ぎない」

「何が()()()よッ!縄でぐるぐる巻きにされていたんじゃ絨毯以外の物に意味は無いじゃないッ!!」

「シャクヤクの意見に深く同意します。最も、貴方の常識が私達の持つ常識とかけ離れていない場合に限りますが」

「成る程。それは盲点だった」


 パチンと指を鳴らすと、捕虜三名を纏めていた使い捨ての魔道具である魔封じの縄が解け、景色に溶けるようにして消失した。


「これで満足してくれたかな?」


 然し。


「閉じ込められている時点で満足なんてする訳がないでしょッ!!」

「では、どうしろと?」

「じゃあぼくは色んな味のアイスが食べた〜い!」

「私は紅茶とフルーツケーキをワンホールでお願いしますね」

「アイスレモンティーとプリンね。バケツサイズでいいわよ」

「捕虜の癖に随分と我儘な要望だな」


 まぁ一応、この後の尋問がスムーズに進められるように先行投資として全て用意したが。



 *****



【エゴカオ】ゲーム内掲示板6【押し活交流場】



 20:名無しのプレイヤー

 モフ天の午前の配信見て気付いた奴おる?

 特にラストのスパチャ読み上げシーン後の辺り


 21:名無しのプレイヤー

 同じ修行を乗り越えた新米グループ配信者のブロッサムとの再会は熱い

 プレイヤーかNPCか判別がつかなかったが、獣人のメンバーも二人増えてたし


 22:名無しのプレイヤー

 最初に跡をつけ出した時はぴこの見間違いかと思ったが、最後に持ち前の豪運と引きの強さを見せててビビったわ


 23:名無しのプレイヤー

 カメラが追尾式だったのも幸運だったよな


 24:名無しのプレイヤー

 次回の配信では、祝再会スパチャが豪雨のように降り注ぐでしょう


 25:名無しのプレイヤー

 箱推しガチ勢のワイ、推し活でグッズ買い漁って次の配信でお祝いスパチャ送れないかも知れん…


 26:名無しのプレイヤー

 もっと悲惨なお財布事情の奴がいるかもよ?


 27:名無しのプレイヤー

 >25

 まだまだ下は見下ろせるだけ居るから食費切り詰めよ?

 >26

 前回イベで上位入賞できた俺氏、戦力強化のし過ぎでリアルもやし生活&ゲームでは雇われ用心棒なう。


 28:名無しのプレイヤー

 >27

 真面目に仕事して推し愛の分だけ稼いでもろて


 29:名無しのプレイヤー

 結局のところ戦闘職だと最前線組は特に消費アイテムでゲーム内通貨尽きるし、生産職だと品質も高めなきゃ売れんが何より出店費稼ぐために数揃えなきゃなので時間が溶ける溶ける


 30:名無しのプレイヤー

 職を選ばずに経験値も貨幣も稼げるイベント来たらいいのにな

 そうすれば推しを推せるしゲーム内でお近づきになれるかもなのに


 31:名無しのプレイヤー

 >30

 おまわりさん、コイツです


 32:名無しのプレイヤー

 そんな懐が寒い奴らに朗報

 運営からのイベント告知見た?



 *****



「やっぱり…あなたなら、此の世界を選ぶと思っていたわぁ…」


 遥かなる高みの異なる星域に存在する、こたつを中心として広がる仮想空間という異様な空間にて。


「…くふふっ!」


 世界の観測をしながらその世界に生きる一人の少女を眺めては怪しげに微笑む白髪赤眼のアバターの女性が、こたつに入って寝転びみかんを口にして、現代科学の技術の推移にしては小型化されているタブレットを弄っていた。


「思い出し笑いをするような事でも、何かあったのかい?」

「何って、兄さんが教えてくれたんじゃないの」


 女性から兄さんと呼ばれた相手の姿は可視化されていなかったが、女性は声が聞こえるスピーカーよりも手前の空間へ手を突き出すと、次の瞬間には光学迷彩で景色と同化していた男性のズボンの裾を掴んでいた。


「あの子の幸せそうな笑みを見ているだけで、私まで嬉しくなっちゃうのよ」

「そうか…やはり初代システム管理者のお前を呼び戻して正解だったよ」

「もう、素直じゃないところまで本当にあの子とそっくり。妬けちゃうったらないわ」


 大型のモニターに映し出されるのは、現在いるこの仮想空間とは繋がっていない管理者権限所有者三名のいなくなった無機質な空間。


「とにかく、妹の笑顔が戻ったようで何よりだよ」

「兄さんだって、嬉しいでしょう?」


 乱雑に置かれた溶けかけのアイスのシミが広がる書類の山に、先程の席よりは整ってはいるもののやはり書類がそれなりの資料とともに広げられた小鏡と食べかけのお菓子がある席。

 他二つの席と違い、寸分の狂いなく整えられ起動したままのパソコンの画面には、ゲームのセキュリティコードの上書きが完了されたと表示されている。


「…あぁ。当たり前じゃないか」


 そんな部屋の中央付近には、一寸先すら見えない暗闇へと繋がる大きな裂け目が存在し威圧感を放っていた。

読んでいただきありがとうございました。

良ければまた読んでくださると嬉しいです!

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