095 オリオンの落日2
初戦はジルペン湖の入り口付近で南部諸侯軍の偵察部隊と聖オリオン教国の先遣隊であるキプロン王国軍の遭遇戦だった。
当然のように偵察部隊は逃げ帰る。
100隻を超えるキプロン軍とたった3隻の偵察部隊では戦いにならないので偵察部隊の撤退は当然のことだ。
だが、直ぐさま南部諸侯軍が駆けつけ戦闘が行われたが少しばかりの被害があったものの大した被害ではなかった。
これはキプロン軍も同様で数隻が小破程度の被害であり、共に本気の戦いではないので潮が引くと共に両軍も撤退を開始したのだ。
「現在、聖オリオン教国軍はジルペン湖南端のキルバス川付近に集結しております」
既に3度に渡って小競り合いが起こっており、南部諸侯軍にも死者が出ていた。
「恐らく明朝には総力戦となりましょう」
主だった貴族が集まり軍議が行われている。
上座にクリストフ、その左側にベセス伯、クリストフの右側にはブリュトゼルス辺境伯軍を預かるオラーショ・フォン・クリオンス将軍。
男ばかりの貴族の中にはクリストフの直臣であるカルラの姿もある。
カルラは騎士爵なので軍議の末席に加わっているのだが、ペロンとプリッツは別室で控えている。
因みにクララは王都でお留守番であるが、「何で私だけ留守番なのっ!?」と色々と文句を言われた。
「なんか癪なのでこちらから仕掛けてみましょう!」
クリストフがアッケラカンと言い放った言葉に室内はざわつく。
「ブリュトイース伯、それはどういうことでしょうか?」
諸侯を代表しベセス伯がクリストフに質問をする。
「そのままの意味ですよ。取り敢えず聖オリオン教国軍には混乱をしてもらいましょう」
そう言うとクリストフが手を叩き会議室の扉が開かれる。
入室してきたのはフィーリアとリリイアである。
2人はただ入ってきただけではなく、その手には布が被せられたトレーを持ち、そのトレーが諸侯の目を引く。
フィーリアとリリイアはクリストフの前にトレーを置き布を取るとクリストフの後ろに控える。
リリイアは小人族ながら『天下の剣聖』という称号を持っており、今ではクリストフの祖父であるゴーレスに「ワシを超えた」と言わしめている。
ただ、種族の特徴である小さい体により強そうには見えないのだが、人類最強レベルの力を有しているのは間違いないことだ。
「・・・これは?」
誰となく声が漏れる。
クリストフがトレーの上に乗った物を1つ手に取ると少し口角を上げて諸侯を見渡す。
「これは『転移の腕輪』です。この腕輪を嵌めた者を敵の本陣の傍に転移させる物ですね。あ、30分後にはこのジルペン要塞に自動で転移しますので安心してください」
「は?」
諸侯が呆けた声を漏らす。
「つまり敵のど真ん中に転移し、30分間暴れたら自動で戻ってくるってものですね」
「・・・はぁ?」
「奇襲をして即離脱という作戦と言うか、嫌がらせですね。この腕輪は10個しか有りませんが私の部下から2人出しますので残りは8個です。卿ら、もしくは卿らの配下の者で奇襲部隊に志願する者を集いたいと思っています」
数秒の静寂。
「あぁぁぁっははははは、さすがは若様! 面白い! その奇襲には私も参加させてもらおう!」
やや甲高い笑い声の後に参加を表明したのはアズバン騎士爵である。
この会議室には先ほど入室してきたフィーリアとリリイア、それにカルラを除けばあと2人の女性が存在している。
その内の1人がアズバン騎士爵であり、カルラの横の席に座っている赤毛の女騎士である。
アナスターシャ・クド・アズバン騎士爵、30年以上ブリュトゼルス辺境伯家に仕える女傑で剣の腕も然ることながら事務処理能力にも長けた50才に手が届きそうな女性騎士爵である。
クリストフの祖父であるゴーレス・フォン・ブリュトゼルスにその才を見込まれ女性ながら騎士となり、数々の戦いで戦功をあげて騎士爵に叙されている。
家臣の層が厚いブリュトゼルス辺境伯家内にあって十指に入るであろう、豪傑と言っても良いほどの剣の腕である。
そしてアズバン騎士爵は女性でありながら身長が188cmと長身で更に筋肉質の大柄であり、クリストフがこの世界に転生?して体力をつけるために剣の稽古をしていた時に何度か手ほどきを受けたことがあるのだが、その時よりクリストフを若様と呼んでいる。
そしてゴーレスとも気が合う数少ない戦馬鹿である。
「アナは相変わらずですね。それと、私の部下を除く8人の内、より多くの戦功をあげた3人には私から褒美を出しましょう。これが今回の褒美です」
アナというのはアナスターシャのことで、剣の手ほどきを受けていた時に無理やりそう呼ばされたのはクリストフにとって良い?思い出だ。
そしてクリストフは3個の指輪を取り出し机の上に置く。
「この指輪は『豪腕のリング』『疾風のリング』『鉄壁のリング』です。どれも私が作成した英雄級のマジックアイテムです。これを上位3人に褒美として進呈しましょう」
アズバン騎士爵の参戦表明だけだったのが、クリストフが指輪の説明をすると諸侯から参戦表明が殺到した。
まったくもって現金な方々だとクリストフは内心で苦笑いをする。
しかし、諸侯が我先にと参戦表明をする理由は簡単で英雄級のマジックアイテムが褒美として貰えるためである。
英雄級のマジックアイテムがこの世界でどれほどの価値があるのか、間違いなく家宝になる物であると諸侯の脳内計算機がはじき出した結果である。
ただ、腕輪は10個しかないので早い者勝ちとなってしまったのは仕方がないことである。
諸侯から多くの参加表明があったが、数に限りがあるので手を挙げた順にクリストフが指名して混乱を避けた。
「今一度申しますが、敵陣のほぼど真ん中に転移させますので命の保証はありません。生きて帰ってくれば英雄、死ねばただの無駄死になるでしょう」
アナスターシャ・クド・アズバン:アズバン騎士爵家当主
フリードリッヒ・クド・セバイス:セバイス騎士爵家当主
アムレイザ・クド・ブレム:ブレム騎士爵家当主
ウレイモネン・レストス:ベセス伯爵の外孫(分家に嫁いだベセス伯爵の三女の息子)
ロジブリ・アクスム:フォードン伯爵家家臣
レイザー・ハイリフ:バネス子爵家陣借り
クザント・アッテンボロー:フォリム男爵家家臣
アレクセイ・ジン:ドーソン騎士爵家家臣
この8人にフィーリアとリリイアの2人を合わせた10人が今回の敵陣強襲作戦のメンバーである。
「連携の必要はありません。敵の本陣に切り込み1人でも多くの敵兵を殺した者に褒美を進呈します。それと総大将、将軍、隊長級の首であれば功が大と評価します。最大の目的は敵軍を混乱させるもので褒美の方はオマケだと考えてください。まぁ、タダの嫌がらせなので思う存分暴れてきてください」
クリストフは効果的に敵軍を混乱させるために8人を競わせるつもりであるが、8人にしてみればここで功績をあげ、名声を得ると共に英雄級のマジックアイテムを入手するチャンスでもあるので奮起しないわけがない。
「よう、フェデラー殿は行かないのか?」
「ブリュトイース伯爵家からは私よりも戦力になる者が2人も参加していますからね」
フェデラーはアナこと、アナスターシャ・クド・アズバン騎士爵に気軽に声を掛けられ、苦笑いをし答える。
この2人はブリュトゼルス辺境伯家の騎士団の元同僚でありフェデラーにとっては自分を鍛えてくれた鬼教官がアナなのだ。
「へ~、お前さんより腕がたつ者があの娘らなのかい?」
「ええ、あの2人は間違いなく天才ですよ。アナ殿もビックリしますよ」
「それは楽しみだね」
フェデラーは思い起こす。
ゴーレスとの模擬戦ではあるが、リリイアが既にゴーレスを圧倒する力を付けていることを。
そしてそのリリイアと剣の腕が互角であるフィーリア、だが、フィーリアの得意な得物は槍であり、槍を持たせたフィーリアはリリイアを圧倒するのだと。
アナは戦馬鹿ではあるが、決して脳筋ではない。
それ故、フィーリアとリリイアの佇まいから只者ではないと考えていたが、フェデラーの言葉を聞いてそれは確信に変わった。
「面白いねぇ、やっぱり若様についていけば良かったかねぇ」
アナはゴーレスによって騎士爵にまで引き上げてもらった恩があるため、ブリュトゼルス辺境伯家から離れることを不義理と考えブリュトイース伯爵家に仕えるのを控えた経緯がある。
もっともクリストフはゴーレスの孫なので移籍したとしても不義理にはならないのだが、これはアナのケジメでもあった。
そしてそんな不敵な笑みを湛えたアナの顔を苦笑をして見ているフェデラーであった。
奇襲は夕方、陽が落ちた後に行われることになり、それまでに各自各陣営で準備をすることになった。
転移できるのは10人、その10人が敵陣に転移してから30分で自動でジルペン要塞に転移する。
このたった30分のうちにできるだけ高位の者を打ち倒すか、敵兵を大量に打ち倒す必要がある。
勿論、たった10人しか転移させられないので奇襲とは言え、数に押されて無駄死にをする恐れもある。
そしてそんな諸侯の思惑とは別にクリストフは予定していた別の命令をカルラに下す。
予定通りフィーリアとリリイアを含めた10人が聖オリオン教国軍の本陣付近に転移する。
「さて、ここからは競争だよ。せいぜい武功を挙げようじゃないか」
アズバン騎士爵が愛用の剣を抜きさると全員がそれぞれの武器を見つめ、そして誰となく走り出す。
フリードリッヒ・クド・セバイス。
セバイス騎士爵家当主であり、ブリュトゼルス辺境伯家の騎士団に所属している猛者である。
フリードリッヒは愛用の十文字槍を両手で振り回し、近付く敵兵をバッタバッタとねじ伏せる。
今回のクリストフの提案はフリードリッヒにとって願ってもない好機であった。
フリードリッヒはブリュトゼルス辺境伯家の家中でも中堅の騎士であり2年前に父親から家督を継いだのだが、今の地位にあまんじる気はなく今回の戦役で手柄を挙げる機会を窺っていたのだ。
自分の代で男爵に成り上がり、領地持ちになってみせるというのがフリードリッヒの口癖でもある。
そんなフリードリッヒの前に絶好の機会が与えられた。
隊長級の印であるマント、それも大隊長クラスの真紅のマントを纏った者が目の前に現れたのだ。
「我は神聖バンダム王国騎士、フリードリッヒ・クド・セバイス! 貴君には恨みはないが、その首貰い受けるっ!」
フリードリッヒは走りながら奇襲には不適切な名乗りを揚げ隊長首を狙うも、敵もさる者でフリードリッヒの名乗りを受けた瞬間に剣を抜きさり、フリードリッヒの一閃を剣で受ける。
だが、フリードリッヒの十文字槍は僅かに隊長の肩口に傷を残し、更に自慢の十文字に引っ掛けた剣を隊長の手から弾き飛ばす。
「ぐっ!」「うおぉぉぉぉっ!」
そのままの勢いで十文字槍を薙ぐと、隊長の首が宙を舞う。
アムレイザ・クド・ブレム
ブレム騎士爵家当主であるアムレイザは嬉々として敵兵を血祭りにあげていた。
アムレイザ愛用の武器は大斧であり、敵を斬るのではなく殴る、破壊する、ぶっ飛ばすのが趣味で血を見るのが何より好きなサディストであり、ある意味では異常者である。
「貴様の血は何色だぁぁぁぁぁっ!」
大斧の刃は敢えて研いでおらず、そんな鈍らな刃で人の体を破壊するのが何より楽しいのだ。
「は~っはは! もっと血を出せぇぇぇぇぇぇっ! 臓腑をぶちまけろぉぉぉぉぉぉっ!」
身長178cmと決して大柄ではないのだが、全身を筋肉で覆いつくし体中に痛々しい傷痕をつけた異常者が鈍らな大斧を振り回し死を振りまく姿は、聖オリオン教国兵にとっては悪魔や死神に見えただろう。
ウレイモネン・クド・レストス
ベセス伯爵の三女が分家であり家臣筆頭であるレストス家に嫁入りして生まれたのが、ウレイモネンである。
ウレイモネンとて多少は腕に覚えがあるのだが、しかしこのような無謀なと言うよりは自殺行為と言っても過言ではない奇襲作戦に参加などしたくはないのが本音である。
されど、祖父であり自分が仕えているベセス伯の命とあらばこの命を掛けて作戦に参加せざるを得なかった。
何で自分がバトルジャンキーどもに混じって自殺行為をしなければならないのか?
こんな思考に囚われているウレイモネンは転移をすると敵が居ないと思われる方向に身を隠しながら移動するのであった。
30分間息をひそめ続けるために。
ロジブリ・アクスム
フォードン伯爵家に鉄壁のアクスムありと言われるほどの猛者である。
その勇名は神聖バンダム王国内だけではなく、聖オリオン教国にも広く知られていた。
そんなアクスムは当然の如く数々の戦功をたてており何度か叙爵の話があったのだが、「戦場にてあい果てる所存」と全ての話を断っている。
アクスムは左手に長剣、右手に大盾と通常とは逆に剣と盾を装備をしている。
これはアクスムが左利きというわけではなく、利き手に堅牢な大盾を装備することで大盾でも敵を殴りつけたり先端で突き刺したりとする彼独自の戦闘スタイルなのである。
「推して参るっ!」
レイザー・ハイリフ
レイザーは西部貴族のレベンス男爵家の長男である。
では何故今回の戦役にバネス子爵家の陣借りとなっているのかと言えば、父親であるレベンス男爵が外に作った庶子であった故に長男ではあるのだが長男として認められてはいないという理由がある。
レイザーは父親には似ずに筋肉質であり、父親の援助を受けていない母親を助けるために冒険者となって今でも冒険者として活動しているランクAの冒険者である。
レイザーの母親は平民であり、レベンス男爵は貴族家の出身である正室との間に男子を2人もうけているのでレイザーが嫡子となることはない。
それだけではなく、正室やその子らはレイザーやレイザーの母親を目の敵にしており、事ある毎に難癖をつけてくる。
それでも母親が生きている間は大人しくしていたが、レイザーが冒険者として依頼で1ヶ月ほど家を留守にした間に母親が流行り病で急逝すると何の面倒も見なかったレベンス男爵に絶縁状を送りつけ、貴族派であるレベンス男爵とは敵対関係にあった国王派のバネス子爵家の門を叩いたのだった。
元々バネス子爵とは依頼を通じて知り合っており、バネス子爵の砕けた性格もあり親しくしていたのでレイザーはバネス子爵の客人として遇されていた。
「魔物の方がよほど恐ろしいわっ!」
クザント・アッテンボロー
フォリム男爵家の嫌われ者、これがクザントの風評である。
つまり今回のことでフォリム男爵は邪魔者であるクザントを排除しようと考え、奇襲作戦に参加させたのである。
クザントは代々フォリム男爵家に仕える従士の家柄ではあるのだが、金遣いの荒いフォリム男爵に何度か諫言をしたことで完全にフォリム男爵に五月蝿い男と思われている。
クザントもまったく行いを改めないフォリム男爵を既に見限っており今回の奇襲作戦は自身の名声を得るための踏み台としては好都合であった。
「先ずは生き残るべし!」
アレクセイ・ジン
魔法使いであるアレクセイは王立魔法学校を卒業後、遠縁であるドーソン騎士爵家に仕えることとなった。
魔法使いは高給取りなので騎士爵家ではあまり見られないのだが、遠縁ということもありドーソン騎士爵家に身を寄せることになったのだ。
アレクセイは魔法使いではあるが、金勘定が得意であり瞬く間にドーソン騎士爵家で頭角を現し、今ではドーソン騎士爵家になくてはならない存在になっている。
そんなアレクセイはクリストフが奇襲作戦をぶち上げた場に従者としてドーソン騎士爵の傍に控えており、直ぐさま参加表明をするように主であるドーソン騎士爵に進言するのだった。
アレクセイ自身、これは無謀とも言える賭けであることは分かっていたのだが、それでも愛着が湧いているドーソン騎士爵家に繁栄を齎すためとこの賭けに乗り出したのである。
「さて、目的の場所は・・・と・・・」




