《その後の二人》3.魔法の言葉
う~~。さむーい。布団の隙間から入ってくる空気で体が強張る。今日って何曜日? あ、土曜日だ。バイトも無いからまだゆっくり眠れる。そう思って温かい布団の中に潜り込む。むー……。なんだろう。布団よりも硬いものがある。でも温かいなぁ……。
「ん……。ん?」
無意識のうちに温かいものに擦り寄っていたらぎゅっと拘束された。何これ。身動きが取れない。眠気の取れない目をなんとか開ければ、目の前には太い首下。アレ、これって……
「起きたか?」
「!!!??」
驚いて起き上がろうとしたけれど、久我の腕が私を抱きしめていて動けない。そうだ。私、昨日久我の家まで連行されたんだった。
あ!! 言っておくけどやってないからね!! まぁ……色々触られちゃったけどさ……。
「ちょっと離してよ! 起きれない!!」
「俺に抱きついてきたのはお前だぞ」
「え……嘘……」
「ホント」
しまった……。温かいと思って擦り寄った何かは久我だったのか。返す言葉に詰まっていると、寝起きで擦れた久我の声が耳朶に触れる。
「そんなに急いで起きなくても良いだろ」
「だ…だだだって……」
「ん?」
薄着で密着した体。感じるのは互いの体温。パーソナルスペースを越えた距離に私の心臓が限界を訴えてくる。頭の中に浮かぶのは、昨夜私に触れた大きな手のひら。
言葉にしようか散々迷ったあげく、弱弱しく口を開く。
「…………何もしない?」
「…………」
「そこで黙るなぁ~~~!!」
無言を貫く久我に、同じ布団の中できつくきつく抱きしめられた。
結局あの後2人揃って二度寝してしまい、起きたのは10時過ぎ。洗面台を借りて顔を洗い、久我の家にあった買い置きのパンと卵とハムで遅い朝食をとる。冷蔵庫の中に全然野菜が無かったから、野菜も食べなよと注意したらやたらと頭を撫でられた。これ、絶対誤魔化してるよね? ビタミン不足でも肌の荒れない久我が心底憎らしい。
トースターで焼きたての食パンを頬張る久我を向かいで眺めながら、私はずっと気になっていた事を口にした。
「久我ってさぁ、沢渡と何処で知り合ったの?」
「あ?」
「学科違うじゃん」
指摘すれば思い出すように久我があさっての方向に視線を飛ばす。
「あー……、確か食堂」
「食堂? 大学の?」
「あぁ。丁度俺の隣の席が空いてて、声かけられた。その時お互いに一人だったから、テキトーになんかしゃべった気がするな」
「沢渡って人見知りしなそうだもんね」
沢渡の性格を考えればありえる話だろう。全く知らない人間でも遠慮なく話しかける情景が目に浮かぶようだ。
それと、聞きたかった事がもう一つ。
「そういえばさ」
「んー?」
「あんた、沢渡に私の事なんて話してた訳?」
もぐもぐと動いていた久我の口が止まり、マグカップに入ったコーヒーでごくんとパンを胃に流し込む。自分には無い喉仏が動くのを見ていたら、久我がとんでもない答えを放ってきた。
「俺の女」
「なっ……!! いつから私が久我のものになったのよ!!」
「良いだろ。どうせその内俺のになるんだし」
「良くない!」
なんだその意味の分からない理屈!! その内ってどういう事だ! 私の意志は関係無しか!!
手を止めた久我がじっとこっちを見下ろしてくる。……何よその目。何が言いたいのよ。
「じゃあお前、俺が他の女と付き合ってもいいんだな」
「うっ……」
それは……、正直、嫌だ。
分かってる。私は自分の気持ちに自信が持てないだけで、久我のことが嫌いなわけじゃない。それどころか他の女の子の所には言って欲しくないのだから、好意はあると思う。
なんとも言えずに困っていると、不意に影が差す。かと思ったら、いつの間にかローテーブルの向かいから傍に移動してきた久我がちゅっと軽くキスをしていった。
「久我!!」
思わず顔をのけぞらせると、くっと久我が喉を震わせて笑う。
「嫌なんだろ? 分かってる」
「~~~~~~!!」
なんで、久我には私の考えている事分かっちゃうんだろう。だって、久我には赤い糸を見ることなんて出来ない筈だ。私には久我から私に向かって伸びている糸がはっきりと見えているけれど。
「うっさい、キス魔」
「好きな女とキスしたいのは誰だって同じだろ」
「んなっ……」
ボンッと音がしそうな勢いで一気に顔が赤くなる。
好きな女、好きな女、好きな女……。それが、……私? 言葉を告げない私の頭の中には久我の言葉がぐるぐるエンドレスで回ってる。
呆けたまぬけ顔の私を見て、久我は意外そうに目を見開いた。
「今更、そんなに驚くような事か?」
「だ……だって、初めて言われたんだもん」
「何が?」
うぅ……。それを私に言わせんのか!! けど、言わないと話が進まないんだろうなぁ……。恥ずかしくてたまらないけれど、意を決して口を開く。
「…………好き、って」
やっと分かった。赤い糸が見えていても久我の元へ飛び込めなかった訳が。自分に自信が持てなかった訳が。
私はずっと久我の口からこの言葉が聞きたかったんだ。
「…お前……」
「わっわわっ、ちょっと何!!?」
「……今日のお前、可愛すぎ」
「っ!!!」
抱きしめられて額が合わさって、目線を上げれば優しい顔をしている久我がいる。久我の目に真っ赤な顔した私が映ってる。ふっと息が頬かかって、唇が重なった。初めてじゃないけれど、キスを受ける私の心境は今までと全然違う。ドキドキするけど、このまま素直に受け取っていいのだと思える。このまま甘えていいのだと思える
数回唇を啄ばまれた後、久我の顔が離れた。自然と閉じていた目をあければ、口の端を上げた久我の顔。
「もう俺の女だって言っても文句言うなよ」
「……分かったわよ」
ロマンチックとはほど遠い久我の台詞。ちっとも可愛くない私の返事。けれどそれは飾らない私達らしいやりとり。
私には見えない私自身の赤い糸は確かに久我に繋がっているんだろう。気付かせてくれたのは久我のあの言葉。
って、ちょっと待て。コラ、久我。なんでその手は私の太ももを撫でている!!
「今日も泊まっていけ」
「断る!!!」
《その後の二人》 END