16 待ち合わせ
殻は自分で割らなくてはならない。ユイちゃんからの誘いに応じたのは、おばさんのその言葉があったからだと思う。
ユイちゃんは、あれから何度もわたしにメッセージを送ってくれていた。ネットで見つけたおもしろい動画、新しい音楽、目にとまった人たち。
だけど学校の話題だけは、慎重に避けていた。
スマホの画面からにじみ出る優しさも、わたしを後押ししてくれたのだと思う。
それでもこうして一人でバスに乗り、待ち合わせたショッピングモールでユイちゃんの到着を待つあいだ、わたしはやっぱり少し緊張していた。
もう一か月以上も学校を休み、高校の友だちとは——かつては友だちだと思っていた子たちとは——誰とも会っていない。そんな中で唯一やりとりを欠かさずにいてくれたユイちゃんに、どんな顔をして会えばいいのかわからなかった。
「そんなに嫌なのでしたら、断ればよかったのではないですか?」
雑踏の中でも、ハンスの声は不思議とよく聞こえた。
「なに?」
「ミサキの挙動は落ち着きません。非常に神経質になっていると思われます。ここへ来ることに抵抗があったことがうかがえます。心理的負担が大きいのであれば、断ればよかったのではないでしょうか」
「友だちはね、大事にしないといけないの」
わたしは自分に言い聞かせるようにいった。
実際、わたしは自分に言い聞かせていたのだ。そうでなければ、この人混みの中、行き交う人を眺めながら立っているなんて耐えられそうになかった。
高校では、大勢の中にいるのが普通だった。
教室には三十人からの生徒がいたし、登下校のときにはもっとたくさんの人に囲まれる。
それが、突然少人数としか顔を合わせなくなった。わたしの世界は急にほんの数人しか入れないくらいに小さくなってしまったのだ。
おばさんの水族館には行ったけれど、それもバックヤードだったから、たくさんのお客さんと一緒にいたわけじゃない。わたしの世界におさまるだけの数だった。
ところがショッピングモールはそうはいかない。
ほんの数秒で、わたしの目の前を数十人の人が行き過ぎる。水族館で見た、イワシの群れを思い出す。
「わたしたちにはよくわからないだけで、イワシにだって一匹一匹個性があるのよ」頭の中に、リョウコおばさんの言葉がよみがえった。
「大きい小さい、太い細い、わたしたちにはそれくらいしかわからないけど、よく見てれば性格だって違うわ。わたしたちはイワシをひと塊の群れだと思ってるし、一匹一匹をちゃんと見ようとしていないだけなのよ」
目の前の人々もきっとそうだ。わたしにはただの群衆であっても、一人一人は違っていて、一人一人に個性があって、一人一人が違うことを考えている。
見ようとすれば、見えてくるのかも知れない。リナのことも、もしもわたしがもっとよく見ようとしていれば、こんなことにはなっていなかったのかも知れない……。
そんなことをぼんやりと考えながら目を上げると、人混みの中にあきらかに他とは違う存在が立っていた。
ユイちゃんだ。
別にユイちゃんが特別目立つ格好をしていたというわけじゃない。他の人々と違って、わたしにとって初めから意味のある存在だから、際立って見えるというだけだ。
ましてやいまは、友だちと呼べる存在は彼女一人。この場でなくても、わたしにとってユイちゃんは特別なのだ。
ところが。
ところが、ところが。
ユイちゃんはわたしを見つけていないらしい。もう手を伸ばせば触れそうなほど近くにいるのに、ユイちゃんはまだキョロキョロと左右を見渡している。
特別さはいつも等号で結ばれているわけじゃない。
わたしにとってのユイちゃんの特別さと、ユイちゃんにとってのわたしの特別さは、イコールで結ばれてはいないのだ。
だってユイちゃんはちゃんと学校に行っているし、連絡を取り合ったり、おしゃべりをしたりする相手はわたしだけなわけじゃない。今日だって、ここに来るまでのあいだに誰かと過ごしていたかも知れないし、スマホで誰かとしゃべりながら来たのかも知れない。
そう思うと、わたしは途端に自分がイワシの群れの一匹に戻っていく気がした。
そのとき、ユイちゃんがわたしに気付いて声をあげた。
ユイちゃんに会ったらなんていおう、どんなふうに声をかけよう?わたしはずっとそんなことを考えていた。
あんまり深刻にならないように、でもやけに元気にっていうのも白々しいし。ユイちゃんだって話すきっかけをつかむのはむずかしいだろうから、やっぱりわたしから話しかけて……。
そうやって準備してきた心構えを全部ぶち壊しにするように、ユイちゃんはわたしを見ていった。
「え、うそ?どうして?」
どうして?
その目は、あきらかにわたしを見て驚いていた。
ユイちゃん、いったい誰と待ち合わせをしているつもりでいたの?




