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ティアドロップ;オンステージ  作者: だいこん
第5章 I DOLL
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第84話 ストロベリー・ブルーベリー


 経過した時の早さに気付いたのは、立て続けに鳴り響いたドアベルの音を聞いた時だった。窓際にある置き時計を見れば、時刻は既に正午過ぎ。入店すると同時にお客さんたちは注文を済ませ、次々に席に着いていく。


 中でも親子連れのお客さんが多かったのは、店の奥に設けられているキッズスペースのおかげだろうか。子供たちとたわむれるなづなとエイミーの姿を見ていると、「ここでお昼済ませちゃおっか」と葵さんが提案したので私たちは素直に頷いた。


「……メロ?」


 食事中――いや、具体的には食事をする前から、メロはやけに静かな様子だった。

 気になって何度か声を掛けようか迷ったものの、気を利かせてかその役目はヌリさんが買って出てくれた。


 かすかな違和感が、口にするホットサンドの味を分からなくさせる。ほどなくして昼食を済ませると――


「――へっへぇ、いいモンもってますぜこいつぁ……それでなづなちゃん、まずはどうするの?」

「瑠稀の髪(なげ)ぇからなぁ。まずはすぐに出来るヤツ教えて、そっからちょい難易度高めのアレンジかな。おし、見とけよエイミー」

「……一応言っておくけど、変な風にしないでよ。あとエイミー、鼻息くすぐったい」


 良い感じのヘアアレンジを覚えたい。そうせがむエイミーの為に私はなづな付き添いのもと、自分の髪を貸していた。いわゆる”練習台”というやつだ。


 手がなめらかに滑っては髪をくくり、時に編んだりもしながらこなされるアレンジがエイミーから感心の声を引き出していく。時折かけられる褒め言葉に照れくさくなって視線を逸らしていると、葵さん達の姿が目にとまった。


「……なるほどねぇ。いや、妙だとは思ってたんだ」


 ティーカップを置いたライモンさんの吐息に納得の色が滲む。


「以前キミと共に戦った時、攻撃がやけに正確だったし……殺気、といっていいのかな。とにかく怖いくらいの精度だったから」

「怖い……いや、まあそうですね。楽しかったのは本当なんで」

「楽しかったって言えばアオイさん、僕たちと遊んでくれた時も楽しそうでしたよね? ほら、ごっこ遊びに付き合ってくれた時」


 聞こえてくる会話を耳にしただけで、あらすじはなんとなく理解できた。ライモンさんは既に勘付いていたのだろう。葵さんの戦いぶりを見て、かつて隠していたものの片鱗に。


 けれど取り繕ったりせず、素直に自分の気持ちを打ち明ける葵さんを見ていると、思わず誇らしさに頬が緩む。互いに談笑し合う三人の姿を見れば、その内面が受け入れられている事はすぐに分かった。


 エイミーの手を離れ、さらりと降りてきた髪の感触が首筋を撫でる。

 黒髪から香る桜の匂いに、店内に漂うコーヒーの香り。耳を賑わせる談笑の声は時間の流れを忘れさせるほど楽しく、穏やかで。


 みんなで過ごすひと時は、駆け足のように過ぎていった。





 久しぶりの再会を惜しみつつ、私たちはセントシャールの街へと帰る。


 転移する前に見た青空には茜色が差し、浮かぶ夕陽が往来する人々を切なげに照らしている。時の早さを実感したのは、今日二度目だった。


 カフェまで歩くうちに夕飯にはちょうどいい時間になるだろうか。少し、早いような気はするけど――逡巡(しゅんじゅん)を断ち切ったのは、雑踏の中に落ちてきた一言だった。


「あっ……アイス」


 メロが指さす方向を見てみると、広場の片隅に構えられた一軒の出店が目に入る。


 そこには最近、私たちのカフェの店先でよく見かける四人組の女の子達の姿もあった。あのお店でアイスやドリンクを買っていたのだろう、(かたわ)らに置かれたチョークボードには売られている物のラインナップがずらりと書き込まれている。


 バニラ、ストロベリー、チョコレート――”チョコミント”の字に目がとまった瞬間、


「あ、ホントだ。二人とも、なんか食べてく?」

「いいんですか?」「え、いいの?」

「「……あ」」


 重なった声がまるで架け橋のように私とメロの視線を結びつける。葵さんが小さく吹き出すと、私たちにまでささやかな笑いが伝播でんぱした。


「……メロはなにが食べたい?」

「ストロベリー! ……と、ブルーベリーで迷ってる」

「じゃあ私がブルーベリー頼も。瑠稀は?」

「私はチョコミントにします」

「……へぇ、なるほど。”食べれる系”なんだね、瑠稀は」


 ”食べれない系”だった葵さんに微笑み返し、私たちはそれぞれ買ったアイスクリームを片手にベンチヘと座り込む。鮮やかな青緑色をしたアイスは見た目そのままの爽やかさで、そよ風のように涼しげない味わいが口の中を満たしていく。


 ひと口だけ互いのアイスを味わったり、何とはなしに街の風景や流れる人波を眺めたり――そうして思い出すのはやはり、TOTのみんなで帰り道にアイスを食べた日々の事だった。


 爽やかな後味が何気ない日々の記憶をよみがえらせ、しかしそれらは夕焼け空に溶けていく。


「二人は、帰っちゃうんだよね。元の世界に」


 意外にもその言葉に大きな驚きはなかった。


 昼食を食べる前からメロの口数は少なくなり、それからもどこか遠慮がちな面持ちを浮かべていたのがずっと気がかりだった。ここまでの帰り道でも、メロはずっとひとつの事を考えていたのだろう。それは私も同じだった。


 元の世界に帰るという事は、つまり、メロ達と――


「……そう、だね」


 呟くと一滴、アイスがしたたり落ちる。


「そっか……うん。やっぱり、そうだよね」


 自分を無理やり納得させるような、明るい声だった。声が震えないよう我慢して聞こえたのも、きっと私の気のせいじゃない。アイスが一滴、また落ちた。


「急、だったもんね」葵さんがアイスに視線を落とし、「でもまあ……いや、やっぱりごめん。駄目だ、言葉選んじゃうな……」

「もう、アオイも気にしなくて大丈夫! アイス、早く食べないと溶けちゃ――」

「……三人とも、何してるの?」

「ぅわあぁっ!?」


 不意に声のした方向に振り向くと、そこに立っていたのはサジだった。

 抱えた紙袋からは食材がはみ出し、もう片方の手にはバニラ味のアイスが。驚くメロを横目にサジはひと口、アイスを頬張ほおばった。


「瑠稀さん。もう用事は終わったの?」

「えっ? ああ、うん。今から帰るところだった……?」

「そっか。もうすぐ夕飯だから」


 驚きのあまり不自然に語尾がつり上がってしまったが、サジはさして気にした様子もなく流してくれた。空を見上げればたしかに日が傾き始めている。アイスを平らげて家路につくまでに、そう時間はかからなかった。


 通りを抜けてカフェに続く小道へ足を踏み入れると、すれ違う人の数も徐々に少なくなっていく。灯り始めた街の街灯は、私たちを導くかのように足元を照らしていた。


「ごめん。話、途中から聞いてたんだけどさ」私たちの前を歩くサジが口を開く。「おれは寂しいなって思った。二人が帰っちゃうの」


 葵さんが何か言いかけるも、「でも」と言ってサジはすぐに話を続けた。


「その時、姉さんの気持ちが分かった気がした。それまではいて当たり前だった人が離れていくのって、こんな寂しさなんだ、って。……でも、見送ることが出来るのは、残された人だけだから」


 私たちのカフェ、その入り口でサジが立ち止まる。

 窓ガラス越しにはホールの清掃をしている半美さんとシドウさんの姿が見え、掃除用具を片付けるとすぐに厨房へと入っていった。


「寂しくても、おれは見送るよ。見送りたい。一緒にいられる、最後の一瞬まで」


 のどかに響くドアベルの音に、けれどその言葉は消されない。


 厨房から聞こえた何気ない「おかえり」の言葉が、どうしてだろう。

 今日だけは、今だけは、すごく大切な言葉のように聞こえたのは。


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