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ティアドロップ;オンステージ  作者: だいこん
第5章 I DOLL
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第81話 移ろいゆく夜空の下で


 みんなで夕飯の支度をしていると、メロが葵さん、サジ、シドウさんに声を掛けているのが横目で伺えた。話の内容は今日のお昼休み、私と半美さんにしていたものと変わらない。


 明日は休みの日だからヌリのところに行きたい。メロの記憶について、何か話が聞けるかもしれない――私と同じく同行を願い出たのは葵さんで、()しくも以前、マスカルーナの街に向かった時と同じ面子めんつが揃った。


 サジもシドウさんも、揃って半美さんと似たような理由で断りを入れたので、明日は三人でヌリさんのもとへ向かう事となる。


 そうして迎えた翌日の朝は、間もなく鮮やかな夜に切り替わる。


「いつ見ても思うけど、相変わらず夜なんだね。この街って」

「体内時計狂わないようにしないとね。まあ、それが難しいんだけど」


 太陽の昇らない街、マスカルーナ。


 転移して早々私たちを迎えたのは、相も変わらずプラネタリウムのように美しい幻想的な夜空だった。頭上に輝く星々が宝石のように空の闇を飾り、同時に時間帯の認識がねじ曲がりそうになる。


 この街を訪れたのはいつぶりだろう。なづなとライモンさんにお願いされて来たのは覚えているけど、たしか一、二ヶ月ほど前だったような気がする。

 メロに声を掛けられて一歩、前に踏み出そうとした瞬間、


「――だ~れだっ?」


 背後から伸びてきた手が私の視界を覆いつくす。若干幼さを残した高めの声。それを聞いて思い浮かぶのは、あの子しかいない。


「……なづなでしょ」私は軽くため息をつき、「声で分かるから。手、下ろして」

「へへっ、はいはいっと――あれ、なんか前と髪の匂い違くね? すっげぇいい匂いする」

「……そうやってあからさまに嗅がれると恥ずかしいんだけど。やめて」


 振り返りざま、(なび)く髪をおさえながら距離を置くように後ずさりする。


 フードのない白のパーカーにデニムのショートパンツ、加えて肩から斜め掛けにされたボディバックと太もものガーターリングは、改めて見るとなづなのトレードマークのような印象だ。


 その一方で今のなづなは、何故かサングラスを掛けていた。似合う似合わない以前に存在感が強すぎて、正直な感想、目元だけ浮いてる感が否めない。

 足元の紙袋には主に食料品が詰め込まれ、それをなづながひょいと抱え上げるとメロが問いかける。


「久しぶりだね、なづな! そのサングラスどうしたの?」

「ああこれ? 別に。今すっぴんだから、あと目元のクマ隠してるってだけ」

「ふっ……まあ似合ってるんじゃない? 私はいいと思うけど」

「うお、パイセンあざっす! あれ? てか、なんか雰囲気変わりました――?」


 なりゆきのまま、私たちは雑多な商店が立ち並ぶ通りを歩いていく。ヌリさんのアトリエはなづなとライモンさんのお店、『星の踊り場』の先にある為、こうして歩く分には問題ない。


 そしてやはりと言うべきなのか、道中、話題の種になったのは葵さんの変化だった。


 なづなはその雰囲気の変わりようをすぐさま読み取り、順応し、会話に花を咲かせてゆく。意外に思ったのは、なづなが葵さんの変化を笑わなかった点だった。


 喋り方が独特だった以前と今とを比べて馬鹿にするでもなく、ただ会話の流れでのみ笑みをこぼし、「やっぱりパイセンは面白い」と言って葵さんを肯定する。二転、三転とシフトする話題の中で葵さんの笑顔も増え、その様子を見た私とメロは安心したように笑い合う。それから、


「ああ、”ヌリセン”なら今ウチにいるよ? あの後仲良くなって、フツーに(ウチ)まで通ってくれるようになったし」


 私たちの目的地が変わったのは、この街に来た理由を話したタイミングでだった。




 なづなとライモンさんの営むお店――骨董(こっとう)カフェ『星の踊り場』は、以前から見違えるような変化を遂げていた。


 破損個所の修繕は無事に終わり、外観とガラス窓から見える内装は、古めかしくもモダンチックな印象に。中に足を踏み入れればその印象を裏切らない、穏やかで居心地のよさそうな空間が広がっていた。


「ああ、買い出しありがとう。なづな――と……?」


 ぴたり、ティーカップを下げていたエプロン姿のライモンさんと視線が重なる。するとその表情はみるみる内に驚きと喜色に染まり、


「おお!? ルキ、アオイ、メロ! 久しぶりじゃないか!」

「どうも。お邪魔してま――」

「これぞ感動の再会、いや奇跡的なめぐり合わせといった方が正しいか!? ああすまない、席に着いて待っていてくれ。すぐにお茶を用意するから!」

「――ぶっふぉっ!?」


 ライモンさんは腕をまくって厨房へ駆け、直後に耳を震わせるむせ返ったような声が私たちの視線を引き付ける。


 落ち着いた空間とは裏腹のなんとも騒がしい出来事の連続に、しかし、視線の先にいる人物の姿を見て私たちは言葉を失った。


「い、いちごうッ……げぇフッ! じゃない、メロ!?」

「……っ!! ヌリ~! 会いたかったよぉ~!」


 眼鏡の奥にある濃紫こむらさき色の瞳は丸くなり、メロの足取りが弾んだ声に乗せられていっそう軽くなる。以前見た時と印象が全く異なるものの、今メロが抱き合っている人は間違いない。


 メロの親である、ヌリさんその人だった。


「……瑠稀。なんだか、結構見違えてない? あの人」

「たしかに……なんか、吹っ切れたみたいな感じ」


  瞳と同じ濃紫色をした髪は頭の横、いわゆるツインテールにしてくくられており、髪の毛を遊ばせるようにスタイリングされている。


 白のブラウスシャツはノースリーブで細く色白な腕が見え、黒地に白い柄の入ったネクタイとの組み合わせはシンプルながらも見映えが良い。目の下のクマも薄くなり、何よりも印象的だったのはメロに向けられている屈託のない笑みだった。


 今のヌリさんは以前と比べ、十分見違えたと言って差し支えないだろう。

 口の端についた食べカスすらもチャームポイントのように見えてしまい、交互にやってくる驚きと感心が私と葵さんを戸惑わせる。


「驚いただろう?」


 思わず頷きそうな言葉を呟いたのは、トレーに飲み物を乗せて厨房から出てきたライモンさんだった。


「彼女、キミたちと別れてからずっと変わる努力をしていたんだよ。なづなやオレにまで、おしゃれの事を聞いてね」


 なづなからここへ来るまでに聞いた話が思い起こされる。ヌリさんがこのお店に通うようになった理由は、もしかしたらそれも大きいのかもしれない。


 髪型が似合っていてかわいい、服もおしゃれで素敵、今度一緒に買い物に行こうね――その努力に報いるかのように紡がれる言葉の雨は、ヌリさんの顔を次第に赤くさせていった。


 本題を切り出すのはお茶を挟んだ後でいっか。葵さんの提案に頷き返すと、


「あぁーっ!? ねえ、あれ見て! アルフ、マヤ!」


 聞き覚えのある声と名前に背筋が震えた。


 喜びにではなく、むしろその逆――その声の主に植え付けられた、若干ながらのトラウマが刺激される。ばらばらに駆け寄ってくる足音に目を向ければ、そこにいたのはやはりあの三人組だった。


 オレンジ色の髪をおさげにして結んだいたずらっ子のエイミーに、キツネ耳を生やしたまとめ役の男の子、アルフ。そして常に眠たげな眼をしている女の子マヤは、私と葵さんにとってはある意味忘れられない存在だった。


「あ……! たしか、この前学校見学に来てくれたおねえさんたち、ですよね?」

「うん」私は三人に視線を向け、「アルフと、エイミーと、マヤだよね。久しぶり……で合ってるのかな」

「こんにちは、おねえさん。会えてびっくり」

「……こんにちは。それ、こっちのセリフなんだけど」


 葵さんがマヤに苦笑いを返したのも無理はない。

 覗かれた夢の内容に加え、心の奥に秘していたものまで暴かれたとなれば、その反応はむしろごく当たり前のものとさえ言えるだろう。


「そういえば……ねえ、エイミー達はどうしてここに?」


 場の空気を取り持つように私はエイミーに話題を振る。するとエイミーはサロペットのポケットに手を入れ、


「へへん、今日はお休みだからみんなで遊びに来たんだぁ~! ライモンは本の読み聞かせめっちゃ上手だし、なづなちゃんは知らない世界の事いっぱい教えてくれるし!」

「個人的になんですけど、僕はライモンさんにはよく、武器の稽古もつけてもらってます。あ、ここの紅茶は飲みました? すごく美味しいですから、おすすめですよ」


 なづな”ちゃん”という呼ばれ方をしている事が微笑ましくなり、私と葵さんは遠慮なく笑い合った。ささやかに響く笑い声は二度、三度と繰り返される再会を祝うかのようで、私はふと逡巡しゅんじゅんしてしまう。


 なづなとの再会に始まり、ライモンさん、見違えた様子のヌリさん、果ては魔法学校で出会った三人組とまで。異世界で過ごしてきた日々が、順繰りに頭の中を駆け巡っていく。


 長いような、短いような――でも、今触れるべきは私の過去や思い出じゃない。


「ふふっ……ありがと。仲いいんだね、みんな」

「そりゃいいよ。いつも一緒だもん!」


 エイミーの心強い笑みに私は淡く微笑み返す。そのまま席に着き、ライモンさんの淹れてくれた紅茶を口にするとアルフの言っていた美味しさがよく分かった。心温まる味わいで、お茶菓子にもよく合う。


 窓辺から覗く星空はまるで星座の早見番を動かすかのように、ゆっくりとその配置を変えていた。


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