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ティアドロップ;オンステージ  作者: だいこん
第5章 I DOLL
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第78話 私たちは何に祈ればいいんだろう


 木崎さんの口から言い放たれた言葉は静まり返ったオフィス内に、そして私の中で残酷なまでに反響した。


 二人のこと、どっちか卒業させなきゃいけなくなった。意味が分からなかった。いや、正確には脳が理解する事を拒んでいたのかもしれない。


 耳より前に垂れた髪を指先でするりと戻しながら木崎さんが顔を上げる。沈痛さの滲む表情が、先の言葉が冗談ではない事を物語っていた。


「え、卒業って……つまり抜けなきゃいけないって事ですか? TOTから?」


 感情がないぜになった陽乃の問いかけに、力無い頷きが返される。


「……待ってください。さすがに話が急すぎるっていうか、いきなり卒業とか言われても、私たち」

「瑠稀ちゃん、違うの」弱々しい笑みを作って私の言葉をさえぎり、「私のせい、なんだよね」


 私と陽乃が疑問符を浮かべていると、木崎さんは近くにあった椅子を掴んで座るよう促してきた。


 長い話になるのか、それともよほど込み入った話なのか。


 得体の知れない不安を抱きながら私たちは椅子に腰かける。改めて話を切り出されたのは、木崎さんがコーヒーをひと口飲み干した後だった。苦みのある芳醇な香りが鼻をかすめていく。


「本当はさ、街で一人だけスカウトしてくるって予定だったんだ。星河社長との約束だったからね、事務所の運営状況もあったけど」

「それってつまり、私だけ……?」

「うん」木崎さんは陽乃に首肯して、「でももう一人、いいなって思った子を見つけちゃった。私と、陽乃(その子)が」


 言葉の先には、木崎さんの瞳に映っていたのは、私だった。視線が重なると屈託のない、けれどどうしようもなく困ったような笑顔が向けられる。


「その日見つけた二人となら、TOTをもっと大きくして、輝かせる事ができるって思った。直感だけど、二人とも青空やかなことは違う魅力を持ってると感じたし……もちろん、二人スカウトしたって事はすぐ社長に伝えて、相談もした。ちょっとワガママ言わせてもらってもいいですか、ってね」


 木崎さんは私と陽乃を交互に見て、


「でも、考えまでは変えられなかったんだろうね。ひとつ……”条件”みたいなのを出されたんだ」

「条件……?」

「『二人が所属してから一年。それぞれの活動の様子やファンの反応を見て、今後の方針を決める』……星河社長に言われたのは、それだけ」


 耳にした瞬間もたらされたのは、天啓(てんけい)にも似た最悪の予感だった。

 活動の様子を見てという事は、パフォーマンスのクオリティやファンの大小、さらには人気の有無まで比較されると見ていいだろう。


 実力と共に人気とファン数を着々と伸ばしている陽乃と、そのいずれもが伸び悩んでいる私。どちらを卒業させるかとなった時の答えは、もはや考えるまでもない。

 さらにチェキ撮影の枚数や握手会チケットの売り上げなども参照すれば、数字という残酷な基準がとどめを刺すかのように機能する事は明らかだった。


 もしかしたら私は本来、TOTにいなかった筈の存在なのかもしれない。


 あの日、陽乃の目にとまらなかったら。

 木崎さんに声をかけられなかったら、今のような状況には陥っていなかったんじゃないか。


 現実逃避のように浮かんだ妄想に、二人の浮かない顔が重なって余計に胸を苦しくさせる。


「瑠稀ちゃん、大丈夫?」


 この間と同じ、陽乃の顔に浮かんでいたのは心配そうな面持ちだった。同時に私はまた、一人で考え込んでいたのだという事に気が付く。私は横髪を耳にかけ直し、


「あ……ああ、ごめん。平気、ちょっと考え事してただけだから」


 胸のざわめきを何とかおさえつつ、取り繕うように笑みを浮かべる。それが今できる、陽乃に対する精一杯の気遣いだった。


 私がもっとサポート出来ていたら――無意識のうちにこぼれ出た呟きなのだろう。木崎さんは吐き出した言葉を吹き飛ばすように息を吐き、気を引き締める。


「……弱音はまだ吐いちゃダメ。このままだと本当にワガママ押し付けただけで終わっちゃう」

「……木崎さん」

「もう一回、社長に掛け合ってみる。進展あったら、私の方から連絡するから――」





 木崎さんから卒業について告げられたのは、TOTに加入して約十一ヶ月が経過した時の事だった。


 年が変わってしばらく経ち、今は六月。梅雨の時期を間近に控えたある日の事、私と陽乃宛てにある知らせが届いた。


「瑠稀ちゃん、これ……」

「……オーディション」


 ”TOT既存メンバー審査オーディション”――メールの表題を見ただけで、どんな内容が書かれているかまで察しがついてしまった。


 添えられていた文面を要約すると、私と陽乃のどちらが残るかは自己PRを含めた質疑応答、歌とダンスの審査に加え、それぞれのこの一年での活動成果を参照して決められるらしい。


 行われるのは今日からちょうど一か月後、社内のレッスンスタジオにて――


「あはは……なんか、大変なことになっちゃったね。もうメンバーなのに、今更オーディションなんて」

「……そう、だね。本当に……」


 身をすり減らしているような笑顔だった。

 私も上手く返事を返せなかったのはファンに疲れていたせいか、あるいは陽乃と似たような心境だったからかもしれない。


 レッスンを終えた私たちは、今日も四人一緒で帰路につく。夕方にも関わらず明るい空に夏らしさを感じていると、


「なあ、アイス食わん?」

「お、いいね。二人はなに食べる?」


 それまでしていた会話の流れを断ち切って、唐突にかなこ先輩が提案する。急な話題転換に私たちが困惑していると、青空が私に微笑んだ。


「チョコミント、食べたくない? こんな日はさ」

「……それ、本当は食べたいの、青空の方でしょ?」


 どうやら図星だったようで、「はは、バレたか」と言って無邪気な笑みが返される。とはいえ甘いものが食べたかったのは事実だったので、私も遠慮なく青空に微笑み返し、かなこ先輩の提案に乗る事にした。


 帰り道にあるコンビニはもはや行きつけと言っても過言ではない。たまにアイスを買っては近くにある広場へ向かい、他愛もない話で盛り上がる。


 それが初ライブを終えた後から続く私たちの日常、その一部だった。


「どっこいしょ……っとぉう、うぇい」


 広場の階段、独特な声を上げながらかなこ先輩が私の隣に座り込む。すると私の顔を覗き込んで、


「……めっちゃいい匂いする」

「え? ああ、アイスですか?」

「いや、瑠稀から。凄い女子高生(JK)って感じの香りする」


 声のトーンがやたらと真面目だったので、思わず吹き出してしまった。


「……いやあの、なんかちょっと気持ち悪いんですけど……」

「――あ、ホントだ。たしかにそんな香りする」

「普段からいい匂いしますよね。瑠稀ちゃん」

「ちょっ、青空に陽乃までっ……!?」


 浮かない顔をしているのを見抜いてか、あるいは単に優しさからなのか。内心私が気落ちしていると、かなこ先輩はやんわりとした悪ふざけを仕掛けてくるようになった。


 これが迷惑かと問われればむしろ逆で、最近考え事をしがちになった私にとっては清涼剤のように心地よく、ありがたかった。便乗して笑う青空と陽乃に笑い返し、私たちはようやくアイスを口にする。


「陽乃もアイス、いっこどう? ――あっ」青空が箱の中を一瞥いちべつして、「……このハート型のやつ以外でお願いします、陽乃様」

「えっ!? いいですけど、それってレアなやつですよね! 写真撮っていいですか?」

「おソラって何気に凄ぇよなぁ……あたしだったら確認する前に食っちゃうもん」


 幸せな時間だった。


 四人で喋っている間は不安や嫌な事も忘れられて――ずっとこの時間が続けばいいのにと思ってしまうのは、少し重いかもしれないけど。自然体の自分がみんなと笑い合えているこの瞬間は、何よりもかけがえのないものに感じられる。


 人や車が流れる速さと同じように、時間はあっという間に過ぎてゆく。

 買ったアイスは気付けば無くなり、まるで残り香のように指先には冷たい感触が残っている。涼しげに頬を撫でていく風は、夏の到来を私たちに予感させた。


「もっかいさ。こんな風に話そうよ」


 淡く茜色に染まった空に、青空の視線が注がれる。


「話とかもなんでもいいからさ。みんなでいられたら、単純に嬉しいじゃん?」


 私と、おそらく陽乃の心まで見透かしたような言葉だった。けれど青空もかなこ先輩も、私たちが置かれている状況を知っている筈がない。


 守秘義務という言葉を知らないほど私たちは無知でもなく、その件に関しては機会を見計らって私から話すと、あらかじめ木崎さんに言われていたからだ。


「……うん、そうですよね」吹き抜けるそよ風の中、陽乃の言葉が落ちてくる。「私もみんなで、またここに集まってお喋りしたいです!」

「うおぉし! よく言ったぁはるすけぇ! ……しかしいい匂いすんなぁ」

「かなこ先輩……もう」


 ――風が吹く。

 切なげに過ぎる夏の風が、私たちの髪を撫でていく。なんでもない事を話せる、なんでもないこの時間が、私は大好きだった。


 オーディションまであと一ヶ月。

 夕焼けは慰めるように、私たちを淡く照らしていた。


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