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ティアドロップ;オンステージ  作者: だいこん
第5章 I DOLL
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第77話 視線


 TOTに所属し、アイドル活動を始めて約半年ともなれば、自ずと見えてくるものがある。例えばそれは、ファン層や人気。


 リーダーである青空そらのファンは同年代から少し上くらいまでの女性が多く、その中性的な容姿とイメージに惹かれてか、メンバーの中ではもっとも女性人気が高い。


 対してかなこ先輩は男性ファンが多めで、割合的にはちょうど男女半々といったところだろうか。これは本人の芸人気質といじりがいのあるキャラクター、MCの巧みさに加え、ファンサービスの良さが相互作用を生み出した結果だろう。


『こっちがハート作るから、かなこは親指立ててくれ? しょうがねえなぁぁ~オタクはよぉ~』


 頭の中、何度も聞いたまんざらでもなさそうな声が響き渡る。ライブ後のチェキ撮影や握手会でも大きな盛り上がりを見せていたのは、大抵かなこ先輩の列だった。とはいえ本人のキャラクターを鑑みれば、それはごく妥当だとうな事にも思える。


「――はい、ストップ!」


 音楽、手拍子。靴と床の摩擦音、私の思考。


 鳴り止んだそれらの代わりに、レッスンスタジオに明朗な声が響き渡る。すぐに集合がかけられ、私たちはダンストレーナーさんの前に一列に並ぶ。


「……うん。オッケーかな」スマホを一瞥いちべつしてトレーナーさんは顔を上げ、「みんないい感じです。ちゃんと形になってきてる――けど瑠稀ちゃん」

「っ……? はい……?」


 肩にかかる髪を後ろに流し、言葉を待つ。スマホの角でひたいの端をトントンと叩いている様子は、私には言葉を選んでいるかのように見えた。


「お客さんを見る意識……って言えばいいのかな。それを意識して、もっと前に出せたら、今よりきっと良くなると思います」


 「感覚的なところなんだけどね」と言い添えてその日の総括へ移り、次回までに覚えておく振り付けをおさらいしてレッスンは終わった。壁際にいる木崎さんと横に並ぶもう一人に挨拶し、トレーナーさんは荷物をまとめて退室する。


 喉を潤したくてスポーツドリンクをひと口飲み干すと、


瑠稀(るき)


 氷柱(つらら)のように冷たい、澄んだ声が私を振り返らせた。

 

「……星河(ほしかわ)社長」


 目の前に立っている女性は星河織絵(ほしかわおりえ)さん――私が所属する芸能事務所、『星河プロダクション』の社長だ。彫像ちょうぞうさながらに整った顔立ちには控えめな笑みが浮かび、薄紫色の瞳は心まで見透かされそうな聡明そうめいさを帯びている。


 黒のチュールスカートに白のロングトップスを合わせ、肩に羽織っているのはブラウンのショートジャケット。左手首に着けている腕時計は世界的に有名なブランドの品らしいと、以前、青空(そら)陽乃はるのが話していたのを覚えている。


 さらに――社長という肩書きのせいか、それとも本人の纏うオーラのせいか。この人の佇まいそのものが、気品に満ち溢れたものに見えてしまう。


「さっきの言葉……あなたはどう思った?」


 胸までかかる、毛先が巻かれた明るい栗色の髪を弄びながら星河社長は問いかける。ただかれているだけなのに、冷たい指先で頬を撫でられているような感覚がするのはなぜだろう。


「……トレーナーさんの言ってた事ですか? お客さんを見るっていう

「ええ。あなたがお客さんの事をちゃんと見ているのか――私、気になってしまって」


 声に滲むわずかな圧を気のせいで片付けられるほど、私は鈍感じゃなかった。向けられる視線から目をそらさず、星河社長の話に耳を傾ける。


「歌やダンスは、観に来てくれた人に届けるもの……たとえそれがどんな相手でも。あなたはあなたを応援しているファンの事、ちゃんと見ているのかしら?」

「見て……――」


 います――とは口が裂けても言えなかった。ふと私を取り巻く、ファンの事が脳裏をよぎる。


「話題を変えましょうか」そう言って星河社長は一呼吸置いてから、「瑠稀。あなたの武器は、あなたが見出さなくては意味がない。言い換えればそれは”魅力”。でも、あなたの目が曇っているうちはそれも活かせない――木崎」


 連絡やスケジュールの確認をしていたのだろう。タブレットを操作していた木崎さんを召使いさながらに呼びつけて、星河社長はスタジオを後にする。


 (しと)やかな後ろ姿にお疲れ様ですと声を掛け、


「……どんな相手でも」


 壁一面に張られた鏡。そこに一人ぽつんと映る、自分の姿に呟いた。




 一足遅れて着替え終わった私はスタジオの入り口でみんなと合流し、そのまま家路につく。スタジオに来たとき見た夕焼けは、いつの間にか夜空に変わっていた。


 今日のように、星河社長や木崎さんがスタジオに様子を見に来ることはごくたまにある。


 その際の緊張感はかなこ先輩が背筋を伸ばすほどで、必然、帰り道の話題の種にもなってしまう。かなこ先輩は白い息を吐いて、


「今日のダンスちょいキツだったなぁ……うう、腰()て」

「社長と木崎さん来たからだよね、絶対。張り切ってたし」

「でも星河社長、あんまり話したことはないですけど綺麗な人ですよね。あの雰囲気は、ちょっと苦手ですけど……」

「……それ、ちょっとわかる。浮世離れしてる感じだよね」


 気遣いを含んだ共感ではなく、実際私が肌で感じたからこその相槌だった。すると青空が思い出したように「あ」と呟いて、陽乃の方を見る。


「そういえば社長、今日は陽乃の事よく見てなかった?」

「えっ!? わわ私、なんか変な動きしてました!?」

「……たぶん逆、じゃないかな」


 私はレッスン中の記憶を振り返り、


「目をつけられてるって言うより、感心してたと思う。それに……」

「それに?」

「……笑ってた、ような気もする。本当に」


 ちょうど陽乃と星河社長の間に、私が挟まるような位置関係だったからよくわかる。特に後半、通しでダンスをする際はその視線の先に間違いなく陽乃がいた。


 この半年間で分かった事だけど、私たちの中で総合的なパフォーマンス力がもっとも高いのは青空だ。


 ダンスは振りコピのショート動画を投稿するだけあって上手く、曲のリズムや感情を表現する力も群を抜いている。それはそのまま歌にも活かされ、心地良い歌声を濁りなく、安定感を保ったまま聴く人に届けている。


 しかし、自分はどうして急にこんな事を考えたのだろう。疑問に思ったのも束の間、納得はすぐに降りてきた。星河社長に言われた言葉だ。


「――同じ振りでも、はるすけがやると可愛さが違うんだよなぁ。あたしがやったんじゃ絶対そうはならん」

「ああ、なんかわかる。つい目で追っちゃうんだよね。いつも目線くれるしさ」

「えへへ……な、なんか照れますね……」

「それッ! その笑った顔ッ、あたしすき!!」


 青空の言葉を聞いて合点した。


 比較になってしまうけど、陽乃の歌と踊りは青空に比べればまだまだ発展途上――というより、本人や講師の人が言うには”器用貧乏”らしい。それでも陽乃の武器は、魅力は、青空が言う通りのものなのだと私も思う。


 一度目を合わせた人が自然と目で追いたくなるような、人を惹きつける魅力。


 それを”カリスマ”とひと言で括ってしまうのは簡単だけど、答えからは少し外れている気がした。


『――あなたはあなたを応援しているファンの事、ちゃんと見ているのかしら?』


 陽乃はお客さんを、ファンの事をきっと見ている。それなら陽乃にある魅力は、


「…………距離感」


 星河社長の言葉と、その視線の先に陽乃がいた意味がぴたりと重なった。


 陽乃がお客さんに見られているのは、陽乃がお客さんを――いや、”人”をちゃんと見ているからだ。気付いたところで、服の裾を誰かが引っ張った。


「瑠稀ちゃん、大丈夫……?」心配そうな面持ちの陽乃と目が合い、「どこか具合悪い? ずっと静かだから……」

「え? ……あ、うん。ごめん、ちょっと考え事してた」


 言われて初めて、私はみんなの会話が耳に入っていなかった事に気が付いた。取り繕うように淡い笑みを返すと、肌寒さを感じる夜風が頬を撫でる。


 もっとみんなの輪に加わらなきゃ。そう思って耳を傾けよう、口を開こうとするほど、意識は自分の内に沈んでいった。





 「ネタです」と告げて手を振り、去っていく人。

 呼吸を荒くして自分の欲望、願望を恥ずかしげもなくぶつけてくる人。


 いやしい視線が私のどこを見ているのか、考えるのが怖くなった時すらある。その人達を私のファンとして見る事は、どう足掻いても難しかった。


 いつからだろう。

 人の目を見てパフォーマンスする事が出来なくなったのは。


 出来なくなったファンサービスは「塩対応が神」だと持てはやされ、どんな反応を返せば正解なのか、いっそう答えを分からなくさせる。


 視線が怖い。

 あの人たちのまなざしを受け止めることが出来ない。

 初ライブをした時に掴んだ筈の、”楽しい”という感情がどんどん遠くなっていく。


 陽乃は日に日に実力を伸ばしていき、それを証明するかのようにファンも増え始めた。その一方、私は自分の笑顔がぎこちなくなってきた事に気付き――


「ごめん。陽乃、瑠稀ちゃん」


 それはある日、木崎さんから唐突に告げられた。


「二人のこと……どっちか卒業させなきゃいけなくなった」


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