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ティアドロップ;オンステージ  作者: だいこん
第5章 I DOLL
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第74話 disappear


 メロが泣き止み、出発の支度が整ったのを皮切りに、ミゼリアさんは私たちを屋敷の地下へと案内し始める。


 そこで見たのは、街に置かれているものと遜色ない大きさの転移石だった。


 金枠でふち取られ、ガラスのような透明な壁で覆われている点も同様で、私たちはそれを利用してセントシャールの街へと転移。いつも通りの体が浮遊するような感覚の後、目を開ければそこには見慣れた街並みが広がっていた。


 たった一日しか経過していないのに随分と新鮮に感じられるのは、屋敷で過ごした時間の密度ゆえだろうか。


『――ハハッ! やっぱうめぇなァ、外の空気ってのは!』

「……少し、埃っぽかったものね。鎧たちには掃除するよう言いつけてきたけど」


 今しがた利用した転移石はサジが転移する際に道標としたものらしく、その昔、大きな戦いがあった頃に屋敷へ運び込まれた代物らしい。


 もっとも最近では使われていないのか、転移石自体は古時計のようにすすけた雰囲気を漂わせ、保管されていた地下室も埃がたまっていた。


「サジ」

「……うん。分かってる」


 短い言葉のやりとりに名残惜しむような感情が滲んでいたのは、きっと私の気のせいではない。ご飯は三食食べる事、寝る時間は早めに、それから家にもたまに顔を出す事――そこから続く会話はどこまでもありふれた、日常的な話題ばかりだった。


 これからミゼリアさんは、自らの行いの罪を償うためにギルドへ自首しに向かう。私はそれを未だ信じることが出来ずにいた。


 それでも、それがミゼリアさんの決めた事であると同時に本人にとって必要な事であるならば――寂しいけれど、私たちに出来るのは励ますように見送る事だけなのかもしれない。


「みんな」


 逡巡(しゅんじゅん)を重ねるうち、気付けばサジの視線はこちらに向いていた。


「姉さんの事、見送りたいから。おれも一緒についてく」

「ふっ……いいんじゃない?」葵さんは淡く微笑み返し、「話したい事いろいろあるだろうし、ね?」


 その言葉に異論を唱える人はもちろんいなかった。


 あとは二人を見送るだけと言うタイミングで、私は慌ててポケットに手を突っ込む。ライブ前、ミゼリアさんが髪にしてくれた花弁の髪飾りを取り出して、


「あの、ミゼリアさん。これ……」

「ああ……いいのよ、それは」淡雪のように白く柔らかな手が、私の手をそっと握らせる。「最初からあげるつもりで贈ったものだから。……ルキのステージ、とても素敵だったわ。本当にありがとう」


 瞳に浮かぶ柔和な笑みと同じ、優しい言葉だった。お礼の気持ちを伝えたいのは、むしろ私の方だ。


「私の方こそ……ライブ、最後までやり通せたのは、絶対にミゼリアさんが支えてくれたおかげです。本当にありがとうございました」

「……そう。なら良かった」


 あたたかな温度が私の手をそっと押し返し、譲り受けた髪飾りをポケットにしまい込む。向けられた笑顔とステージで見た景色ごと胸に刻み込むように。なにもかも、かけがえのない思い出だった。


 「あなたたちにも迷惑をかけてごめんなさい」と言ってミゼリアさんが頭を下げると、方々から優しさに満ちた言葉がかけられる。


 今度お店に来た時はパンケーキを食べさせてあげると言ってメロは手を握り、シドウさんと半美さんも、もう気にしていないという事を伝えてからりとした笑みを向ける。私と葵さんも同じ気持ちだった。


 申し訳なさそうな、それでも安堵の滲む表情がミゼリアさんの顔に浮かぶと、


「約束する……今度はちゃんと、お客さんとして遊びに行くわ。――サジ、タオジェン」


 (きびす)を返し、人が行き交う街並みをふたつの背中が歩いてゆく。二人の頭上を飛び回るタオジェンさんだけは唯一対照的で、けれど今はその騒がしさが頼もしい。


 サジとミゼリアさんがはたしていつ、また再会できるのかは分からない。だからこそ、私は小さくなっていく背中に願わずにはいられなかった。


 一日でも早く、二人が家族として再会できる日を。


「……タイミングずらしてから行った方がいいかもな。こりゃあ」

「へ? 何が――ってああ、コレの事です?」


 半美さんがそう言ってポケットから取り出したのは、屋敷へ転移する前に用意した携帯用転移石だった。加えて今ギルドへ返却に向かえば、気持ちよく見送った二人の空気に水を差してしまいかねない。


 すっかり存在を忘れていたそれを順に預けると、シドウさんは「ああ、そうだ」と言って振り返り、


「俺ぁ適当に時間潰してからギルドに向かうが……今日はまあ、各自、自由行動って事で」





「……とりあえず、いったんカフェ戻る?」


 残された私たちの行き先を決めたのは葵さんのひと言だった。


 言うまでもなくそれは家路につくことと同義であり、たぶん、今日はもうカフェから出ずに一日を終えるんだろうなと思ったのはちょうど入り口のドアノブを回した時だった。とはいえ、どこかで落ち着けるタイミングが欲しかった私にとっては、それもさして気にするほどの事ではない。


 ライブに、メロの記憶が戻るという出来事、ミゼリアさんとの別れ――まだ午後もなかばだというのに、特筆すべき事が起こり過ぎている。


 ようやくひと休み出来たという心地になったのは適当に飲み物を作り、カフェのテーブル席にそれぞれが腰を落ち着けた時だった。


「ねえ、ちょっと気になる事があってさ」

「気になる事?」

「うん。メロが楽屋で話してた、元の世界の話。頭の中で情報を整理してたんだけど……」葵さんはグラスに注がれた冷水を口に含み、「メロって、どうやって私たちの世界に転移してきたんだろう……って思ってさ」


 瞬間、ぱきりと耳ざわりのいい音が耳を震わせる。音の出所は葵さんの手前に置かれたグラス、水とともに注がれた氷からだろう。これ見よがしに響いた、否応なく私たちの意識を引き寄せる。


 同時にその疑問は、私が抱いていた一抹の疑問を刺激した。


「ああそれ、あたしも気になってた」反動をつけて半美さんが背もたれから背中を離し、「それにメロちゃん、どうやって異世界に帰ってきたのかな?」

「……メロ、そのあたりの事は何か覚えてない?」


 話題の中心に据えられたメロに問いかけると、しばしこめかみに指を添えて考え込む。すると記憶の糸を辿るようにゆっくりと、


「どうやって転移したかは思い出せないけど……ライブを見てる時、途中で具合が悪くなって。周りの人に声を掛けても、誰にも気付いてもらえなかった。それから」

「それから……?」

「その場で横になって、目を閉じたの。そしたら――次に目覚めた時は王都にある、誰もいない屋敷の中にいた」


 ――誰にも気付いてもらえなかった。

 メロの話を咀嚼そしゃくし、考え、引っかかったのはその一文だった。


「……葵さん」

「ん……? どうしたの瑠稀?」


 胸の内にある疑問の霧が瞬く間に霧散し、ほぼ確信に近い想像を暴き出した時。私の唇は反射的に動いていた。


「私……メロの事、見てません。そのステージで」


 静まり返った水面に石を放り込んだ時のように、どよめきの声が波及する。けれどまだ、ほんの少しだけ足りない。あと一歩の距離を埋めるために、私はメロに問いかける。


「メロ。その時のライブ、どのあたりから見てたか覚えてる?」

「えっと、位置はたしか……」メロは人差し指を口元に当て、「……前の方、ステージ前の段差。そのあたりだった」


 ああ、やっぱり――頭の中で思わず膝を叩きそうになった。


 メロのいた位置は噴水広場に設けられた客席の最前列、そこよりもさらに近い、ほぼステージの手前にいるような位置だ。

 客席の中のお客さんに紛れ込んでいたならまだしも、至近距離にいるような相手を見落とすはずがない。華やかで目立つゴスロリ服を着た子であればなおさらだ。


 だからこそ、メロからは私が見えていて、私からはメロが見えてない。

 歪ともいえる景色の食い違いが、私の胸に強い違和感を渦巻かせる。


「メロちゃんの言ってる位置、瑠稀ちゃんのほぼ目の前じゃん……? どういうこと?」


 即座に位置関係を把握してしまうあたり、やはり半美さんもあの時のライブを見に来てくれていたのだろう。けれど語気に交じる驚きの感情は、私の違和感を裏付けるかのようだった。半美さんにも、メロは見えていなかったんだ。


「分かりません……でも、メロには見えてたんだよね?」

「う、うん。絶対、見間違いじゃない……! じゃなきゃ何も思い出さなかったし、ルキの事も分からないままだったから!」

「……もしかして、だけどさ」


 緊張感が漂い始めた空間に、葵さんの声が落ちてくる。


「元の世界ではメロ……目には見えない、幽霊みたいな存在なんじゃ……?」


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