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ティアドロップ;オンステージ  作者: だいこん
第4章《後編》 眩き魔王
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第72話 この海を漂う私へ


 降り注ぐ色彩、光と踊るシルエット。

 切り取られたコントラストの中で彼女は歌い、踊り舞う。


 やわらかに揺れ動くライトは水底みなそこを照らす陽射しのようで、柔軟な肢体したいがきれ良くリズムを刻んでいく。ステップを踏めばスカートの裾が風を切り、追随(ついづい)するように美しくなびく黒髪が躍動感を主張する。


 まるで、陽光と戯れているかのようなパフォーマンスだった。


 凛とした視線が見る者を惹き付ける。次の一挙手一投足に期待を抱かせ、目を奪う。響く歌声は切なげな歌詞と相まってしなやかに、しかし、滲み出る芯の強さが静かに叫んでいた。


 光が届かない海の底でも、悲しみに暮れた夜空の果てでも――私はステージ(ここ)に立って、歌っていると。


「……やっぱいいなぁ……」


 半美は思い出す。在りし日の自分と、暗がりにいた自分を救ってくれた彼女の姿を。


 酔っている時なら手を振ってはしゃいだだろうが、諦めていた光景が目の前によみがえったとなれば自ずと醒めるというもの。だが――今はそれでいい、それがいい。


「――すっごぉ!? ルキ、あんなに踊れたんだ……!」

「しかも歌うまっ……レベル高くない?」

『なあなあミゼリアちゃん、後でサイン貰いに行こうぜサイン!』

「タオジェン、静かに。……歌が聞こえない」


 約一羽をのぞき、声を潜めて聞こえてくる歓声が半美の頬を緩ませる。嬉しいという感情は当然ある。しかしその笑みは、以前から”アイドルの氷見坂瑠稀”を知っていたという優越感からくる笑みだった。


「――――っひひ!」


 声は出さない。

 瑠稀ちゃんの集中を削ぐような真似は、絶対にしない。


 だからこそ、半美はただ突き上げた腕を振り続ける。席を立ち、己の内から湧き出る高揚感に従って。気付けばその熱は周りにいる者にまで伝播でんぱしていた。

 横に並ぶ彼らがどんな表情をしているのか、半美には――いや、たとえ半美でなくとも、顔を見ずして分かってしまう。


 止まっていた時計の針が動き出す。

 その感覚は、目の前にいるアイドルも同じだった。





 ひどく、孤独だと思った。


 周りに気を遣う必要がない広すぎるステージ。数えるのも億劫おっくうになるくらい存在する客席に、高い天井。その全てが、今の私には余りある。


 夢はやっぱり武道館だと、いつかかなこ先輩が言っていた。

 その場のノリなのか、本気だったのかは分からない。けれど同調するように陽乃が強く頷いて、続いて青空そらが、私がというように同じく首を振ってしまったのを覚えている。


 このステージは――武道館よりも広いのかな。


 直上から降り注ぐライトが足元に模様を作り上げる。水底に降り注ぎ、揺蕩(たゆた)うように揺れる陽射しの模様。必死にパフォーマンスをこなすうち、気付けばラスサビ前のパートに入っていた。


 胸に手を添え、うつむき、うなだれるように頭を下げる。肩から黒髪がすべり落ちると、一瞬の静寂が場内を支配する。


(……もし)


 私がアイドルを辞めてなかったら。

 みんなと、踊れてる未来もあったのかな。


「――――っ!」


 暗闇から浮上するようにステージ上が淡く、(まばゆ)くライトアップされてゆく。顔を上げると前髪が跳ねて、私の意識は目の前にいる”お客さん”へとシフトする。


 そして――口角を上げて、片目を閉じて。向けた指先で、あの子のハートを撃ち抜いた。


 かつて苦手だったファンサービスを、アイドルじゃなくなった私がやる。いったいなんの皮肉だろうと思いつつ、けれどあの子は、この時をずっと楽しみにしていた筈だから。


(……やば、私、なんか――)


 どうしてだろう。一瞬だけ吊り上げるはずだった口角が下がらない。それどころか笑みまで消えず、胸の鼓動がどんどん早くなる。


 ああ、そっか。

 アイドルって、ライブって。

 こんなに楽しかったんだっけ――





 これまでに浴びたどんな光よりも優しい光が、目を閉じた私に差す。さざ波のように引いていく音の波が余韻よいんを残し、静寂が薄暗闇に溶けていく。意識を自分に向けた時、私は少しだけ驚いた。


 多少肩で息をしているものの、練習やリハーサルの時よりも呼吸の乱れが少ない。体の内側に在るものは今までに感じたことが無いほど熱く、眩しい輝きを放っている。その正体は考えるまでもなく分かった。


 ただ楽しかったんだ。

 ステージにいる時間が。みんなの前で、歌と踊りを披露している一瞬一瞬が。


「…………ありがとう、ございました」


 瞳が光を感じ始めると、自然と笑みがこぼれてしまう。


 最前列から数えて四列目、真正面の七席から聞こえるささやかな拍手は、決して場内を沸かせるほどのものではない。なのに――いやむしろ、だからこそと言うべきだろうか。一人一人の奏でる音が、熱量が、私には凄く近いものに感じられた。


 場内が開演前の明るさを取り戻すと、メロを先頭にして次々とみんなが上がってくる。そこでようやく、私はもうひとつの感情に気が付いた。


「いや、あの……そんなにまじまじと見つめられると、恥ずかしいんだけど……」

「えぇ~? でもすっごく似合ってたし、かっこよくて綺麗だった! アイドルってすごいんだね、ルキ!」

「あたしもメロちゃんと同じ感想……へへ。久しぶりに見るライブ、良かったよ。瑠稀ちゃん」


 まっすぐな瞳で伝えられる言葉だからこそ、ありがたくもあり、同時に照れくささを刺激されてしまう。急にむずがゆくなって髪の毛をいじっていると、サジが小さく笑いながら話の波に乗り始めた。


「普段じゃ絶対見れないよね。あんな瑠稀さん」

「ハッ、たしかにな。月並みな感想にはなるが……感動したわ」

「……歌、私に今度教えてよ。表現力あって、凄かったし」


 日頃、耳にしない頻度で褒め言葉を投げかけられると、


「ルキ、”約束”! 覚えててくれてありがと!」


 メロの小さな手が私の手を包み込む。

 まるでライブ後の握手会のようだと思ったのは、手を握られてるせいか、あるいは未だ冷めやらぬ高揚感のせいだろうか。私が返せる言葉は、ひとつだった。


「……こちらこそ。ライブ、最後まで観てくれて、ありがとうございました」


 微笑みながらそう言うと「おお……! なんだか今の、アイドルっぽい!」と興奮を帯びた語気で返ってくる。その感想に思わず笑ってしまって、私たちの間にしばらく笑顔が交わされる。


 髪をかけ直そうと横髪に指を添えたが、その必要はなかったとはたと気が付いた。ミゼリアさんが右耳の上にしてくれた髪飾りが、私の髪を留めていたからだ。


『良かったぜェお嬢ちゃん! ミゼリアちゃんの衣装センスもバツグンだったし、見ごたえ最強! つまりはサイコー!』

「それはどうも、タオジェン。……でも、本当にいい歌と踊りだった」


 縁の下の力持ちと言えば、やや聞こえは悪いかもしれない。それでも、今までで最高のライブパフォーマンスを披露出来たのは、ミゼリアさんが舞台裏で支えてくれたからだと私は思う。


「あの、ありがとうございました。ミゼ――」


 視線を本人に向けてお礼を言う。ただそれだけの筈だった。


「……っ!? う……!」


 メロが私の手から手を離し、額に指を添える。目をしばたたかせる様子は心なしか苦しげに見え、どこか具合の悪さを感じさせる。


「メロ……? 大丈夫?」

「あ、いや、うん。平気……」言葉とは裏腹にかすみがかったような語気で、「頭が痛い訳じゃなくて……っうぅ!?」

「メロ……!?」

「何か――思い、出、す……?」


 思い出す。途切れ途切れに聞こえてきた言葉が、記憶の海から忘れかけていたひとつの事柄を引き上げる。


 ――メロが生まれてから経過した六年のうち、約四年の記憶が失われている。


 メロの親であるヌリさんから聞いた話が頭の中をよぎると、震えていた唇がかすかに言葉を紡ぎ始めた。


「…………記憶、転移……広場……これ、って……ま、ち……?」


 するとメロははっとしたような面持ちになり、


「……メロ、思い出したかも――」


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