第64話 シャンデリアは二度落ちる
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大広間に雨が降る。現在進行形で降りしきる、野を濡らすような大雨ではない。
炎、雷、風……魔法ならではの属性を備えたとりどりの雨が、魔力を漲らせた黒翼から次々に撃ち出される。一度羽ばたけば風が吹き、飛び交う魔力に当てられてかシャンデリアの魔石照明に煌々とした明かりが灯る。
爆撃機のようにタオジェンが魔法をまき散らす一方、鎧の群れは瑠稀たちと踊り場奥の扉へと飛び込んだサジ達を追うため、二手に分かれ始めていた。
「っち……! おいトリ!」手近にあったスタンドライトを振り回しつつ、シドウは降り注ぐ魔法を打ち払う。「戦い方がセコいんじゃねえのか!?」
『ハア? オイオイ、オレぁ”勝て”とは言われてねえぜ? オッサン達の足止めが出来りゃあ、それで十分なのよォッ!』
「……賢いのベクトルがズルい方にズレやがって……! そらよっ!」
腹が立つのは事実だが、同時にその判断の正しさもまた疑いようがなかった。
スタンドライトをタオジェンに投擲し、側転から後方宙返り、さらには広間の壁面を斜めに駆け上がりながら矢継ぎ早に放たれる魔法を回避する。相対する相手もまた動物だが、シドウ自身の身のこなしも十分ケダモノじみていると言えるだろう。
一方、瑠稀たちも押し寄せる鋼鉄の壁に手を焼いていた。
「水流毒蛇! ルキ、平気!?」
「『リベンシャー』――っ、大丈夫! 効率は悪いけど……!」
蛇行する水と魔力の濁流が鎧を揺るがし、隙を作る。そこへ別方向から迫る刃を弾き、よろけた鎧の頭部に蓄積した力を込めた渾身の掌底が叩きこまれる。
事前に鎧の弱点を把握していたのが大きかった。
二人の息の合った連携により、多数を相手取っても状況自体は決して不利とは言い切れない。それでも数による戦力差は、如何ともしがたいものがあった。
二人で一体を倒す間に、別方向から二体、三体の鎧が攻撃を仕掛けてくる――さらに悪辣な事に、鎧たちは魔法に対する耐性を有していた。
「メロ、この鎧たちってやっぱり……」
「うん。魔法だけだと、怯ませるのが精いっぱいかも……!」
中でも抜きんでていたのが、先ほどメロが放ったような飛び道具の魔法に対する耐性だった。
いくら正確に頭部に命中させようと、多少体をぐらつかせるだけで打倒には至らない。彼らを倒すには近付き、可能な限り物理的な一撃を下してやらねばならなかった。
しかし――それでは、あまりに時間がかかりすぎる。
「『ハンター』、メロ!」スタイルを切り替え、跳躍ざまに鎧の頭部を蹴り飛ばす。「踊り場の方に行けない……!? あっちにいる鎧、サジ達のところに行こうとしてる……!」
戦い方を変える必要があった。
一階にいる鎧だけでなく、踊り場奥の扉へ行こうとする鎧の群れも処理しなければ、サジ達の身に危険が及んでしまう。しかしメロが踊り場へ向かえば、周囲の鎧たちの注目は自ずと瑠稀に向けられることとなるだろう。
「でも、そしたらルキが……!」
「……大丈夫」
ハルバードの一撃を躱し、不安げな瞳に陰りないまなざしが向けられる。
「信じてるから……!」
「……! ふふっ♪」
瑠稀に背を向け――いや、背中を預けてメロは走り出した。
「そう言われたら、メロも信じるしかないよねっ!」
広間の喧騒に可愛げなブーツの音が混じり、跳躍すると同時にメロの掌からシャンデリアに向かってヨーヨーが伸びる。きらびやかな装飾に巻き付いたワイヤーは強靭で、そのままメロの体を空中で大きくスイングさせてゆく。
風を受けて靡くスカートを押さえながら、メロは一瞬、意識を頭上に割いた。
「糸は絡まって~……ないっ!」
アッシュブロンドの髪が軽やかにそよぐ。ヨーヨーを手の内に引き戻し、両手を大きく広げ――刹那、重低音の効いたけたたましい鼓動が空間に木霊する。
歓喜の唸りは止まず、両手側面から顔を出した音の主はさらに回転数を上げて火花を散らす。獲物はもう、目の前だ。
「たああああああぁぁっ!!」
小柄な体を翻し、二重、三重に加えられた回転と加速。
そこに魔力が上乗せされれば――もはや断てぬものなし。
鮮烈なる駆動刃は、並み居る鋼鉄どもをまとめて撫で斬った。鎧の五体は散乱し、その中心に立つは可憐なる一人のオートマタ。物言わぬ残骸に許されるのは、ただその姿を見上げる事のみである。
「ありがと、メロ……!」
剣と槍を躱しざま、手に纏わせた水刃で隙を作りつつ、瑠稀は広間に吊られたシャンデリアに視線を移す。
つい先ほど、半美は鎧を廊下にあるシャンデリアを落とすことによって打倒していた。半ば事故に近い形とはいえ、有効打となったのは間違いない。であるならば――
「ちょっとっ、おとなしくしててよっ……!」
身を躱し、鎧の股の間をスライディングでくぐり抜け、乱舞する斬撃の嵐をすんでのところで掻い潜る。
広間にあるシャンデリアは大きく、ひと一人が乗ったところではびくともしないだろう。槍を振るう鎧の肩に跳び乗って、瑠稀は静かに覚悟を決めた。
「疾風跳躍――!」
数瞬のあいだ重力から解放され、シャンデリアの頂点に着地すると同時に、風と戯れていた黒髪がするりと瑠稀の背中に舞い降りる。瑠稀は横髪を耳にかけながら、
「――シドウさん! このシャンデリア、落としてください!」
「はああ!?」『ああア!?』
直下から浴びせられる驚愕に満ちた声。メロに踊り場の鎧を倒すよう頼んだ時、瑠稀の中ではかすかに勝算が浮かんでいた。
これだけ大きいシャンデリアなら、下にいる鎧たちをまとめて倒すことが出来る――向けられる確信を帯びた視線が、シドウに納得をもたらした。
「ハッ……なるほどなぁっ!」足元に転がっていた椅子を鎧に投げつけると、間抜けな音が木霊する。「おい鎧ども! んなトコに縮こまってねえで、こっちに来て一緒に遊ぼうぜ!」
己がすべきことは十分理解している。ゆえにこそ、この挑発は鎧たちを一網打尽にするために必要なものだった。しかし、敵方も決して烏合の衆ではない。
『お嬢ちゃんッ!』今一度黒翼を羽ばたかせ、両翼に魔力を漲らせる。『それ、結構”お高いヤツ”だけど弁償出来んのォ!? ヘヘッ、なあ! やめとけって!』
「……だったら、私たちの邪魔するのやめてくれます?」
『ヒッハハハハァッ!! 無理だねェ! ――岩塊飛刃ッ!』
赤き瞳と瑠稀の視線が交差する。
大地の色を宿した黒翼からは”く”の字型の刃が複数枚射出され、左右から挟み込むような弧を描いて瑠稀へと襲い掛かる。
「……『シューター』。サジには後で謝らないと……!」
思考がいやに落ち着いていたのは、途切れない緊張感がもたらした産物か。静かに息を吐きながら、瑠稀は右の指先に魔力と意識を集中させて狙いを定める。
「雷光狙撃・跳弾――!」
標的として捉えたのは奥に控えるタオジェン――ではなく、こちらに迫りくる一枚の飛刃だった。
もっとも近い一枚に狙いをつけて魔力を撃ち出せば、その勢いはまさしく電光石火。稲妻の尾を引いた弾丸は飛刃から飛刃へと跳ね返り、イルミネーションのような光の軌跡を残してその悉くを撃ち落としてしまった。さらに、
「まだ……もう一発っ!」
左の指先から放った魔法弾が、跳躍する弾丸の軌道を変化させる。飛刃を砕き切った弾丸の次の獲物は、もはや言うまでもないだろう。
『アァッ!? オイオイオイオイッ!? しつけぇぞこのタマァ!』
自由闊達に跳ね回る一条の雷光と、慌ただしく翼を動かして逃げ惑う一羽のカラス。光と影、決して並ばぬ両者の羽は、比翼にして連理の翼とは成らなかった。そして、
「――待たせたな、ルキ!」
「こっちも準備オッケーだよ! ヨーヨーでまとめて締め上げてるからっ!」
視界の端に飛び込む影と頼もしい声を聞けば、シャンデリアに佇んでいる理由はない。
「『ハンター』、お願いします! シドウさんっ!」
「火炎――脚撃ォッ!!」
シャンデリアからの跳躍ざま、黒髪の隙間越しに見えたのは猛き炎の脚撃だった。
振り下ろされた踵は見事シャンデリアの頂点を捉え、打ち下ろし、鎖を断ち切って直下へと落ちてゆく。直後に轟いたけたたましい衝撃音は、その威力を如実に物語っていた。
床には踊り場の比ではないほどに残骸が散乱し、広間に鎧はもう見当たらない。
掃除を終えた後の光景にしては散らかりすぎていると言わざるをえないが、もはや瑠稀たちの前に立ちふさがる鋼鉄の壁は完全に消え失せた。
残るは中空をせわしなく飛び回る、ただ一羽の黒鳥のみ――
『あああああクソっ! シゴト上がるにゃまだ早ぇだろ鎧チャン!』
「ハッ……いいじゃねえか別に。働き過ぎは体に毒だぜ?」
『――雷光突撃!』
両翼を駆け巡る紫電が軽口をかき消す。
『悪ィがオッサン、俺らは今がガンバり時なんでね! 立ち止まってらんねえのよォ!』
「……そうかい。じゃあ――」
片目を閉じ、もう片方の目で飛来する黒鳥を見据えた刹那、
『――熱ヅゥッ!?』
タオジェンの目に一点の、しかし、無視できない熱が迸った。
一人と一羽、その間にかけ橋のように燻ったのは紫煙の軌跡。シドウは顎をしゃくって、咥えていたアロマシガレットをタオジェンの目に向けて放ったのだ。
不意打ちの小技ゆえ、相手をひるませる以上の効果は期待できない。だが、
『ァゴォッ!?』
生じた隙を突くことが出来れば、小癪な小技も立派な喧嘩の技となる。
懐に飛び込み、天に向けて打ち出されたシドウの掌底は、タオジェンの顎を正確に打ち抜いていた。
「……舌噛んでたら治してやるよ。一応、保険の先生なんでな」
臥した黒鳥に鎧の残骸、明かりを失ったシャンデリア……広間を取り巻く騒音多重奏は、今、ここに終演を迎えた。だが休んでいる暇はない。
互いに大事ない事を確認し合った後、瑠稀たちは踊り場奥の扉を開ける――




