第48話 ハッピービスクドール
店内に入って早々、メロとシオンさんは棚やハンガーラックに陳列された服を物色し始めた。店先で抱いた雑多という印象はやや変化を遂げて、今では随分と混沌とした品揃えだという風に変わっている。
「ねえシオン、どんな服が似合うと思う?」
「そうだね……どちらかと言えば甘すぎない、綺麗めな感じの服とか。脚がすらっとしてるから、ラインのすっきりした服とか似合いそう」
「あ、それわかる! う~ん、これは迷っちゃうかも――」
それとなく聞こえてくる会話では、二人が悩んでいる様子が伝わってきた。
けれど服を選ぶ手は早く、似合いそうな服の傾向が固まれば、あとはパズルのピースをはめるかのようにして組み合わせが決まっていく。
いくつかのやり取りを経て服を手に取ると、メロが私の方を見て試着室を指さした。
「ルキ、いっかいこれ着てみて!」
「うん。いいよ」
二人がまず選んでくれたのはホワイトシャツにダブルブレストのベスト、そしてフラップ――大雑把に言うとひらひらとした布飾り――が腰に装飾されたコルセットパンツ。
燕尾服のように鋭角な裾も相まって、上下一式を合わせればさながらアニメや漫画に登場する、執事のような装いになる事が出来た。
髪はメロに結んでもらい、黒髪のポニーテールは二人が選んでくれた服装によく似合う――姿見を見た瞬間、思わずそう自賛してしまうほど馴染んでいた。
「えへ、やっぱり結んで正解だったね♪」自慢げにメロが呟き、「ルキの髪っていつ見てもサラサラだから羨ましい」
「あ……ありがと。メロの金髪もよく似合ってると思うけど」
思わず頬が緩んでしまう。元の世界にいた頃から、私の黒髪はよく人から褒められていた。
主に学校で仲のいい同級生からだけど、こうして面と向かって言われると少しだけ恥ずかしく、それでも純粋に嬉しかった。
「とてもよく似合っていますね、瑠稀さん。……メロちゃん、第二候補の方も着せてみる?」
「着せてみる!」
「うん。それからさっき見つけたんだけど、このハットと手袋も合わせて――」
「……シオンさんも楽しそう」
普段から上品な佇まいを崩さないシオンさんだからこそ、時折見える楽しげな表情がいっそう印象的に見える。この試着を一番楽しんでいるのは、もしかしたらシオンさんなのかもしれない。
着ていた服を脱いで戻してくると、ほどなくしてシオンさんから服装と小物を渡される。手にしたそれを見た時、私は思わず目を疑った。
まだ着た事のない服のジャンルだったからだ。けど、
「……シオン。これ……」
「うん。色の使い方が工夫できそうだけど……凄くいい感じ」
二人が私を見る目は、想像した以上に驚きに満ちていた。
「……似合ってますか?」
「「似合ってます」」
黒のゴシックドレスは胸元と肩にシースルー素材が使われ、透けたレースからはうっすらと肌が見える。何より私の目を引いたのは、二人が添えてくれたミニハットだった。
青いバラと黒い羽根が添えられたミニハットはミステリアスな印象を際立たせ、差し色に使われている青が全体の雰囲気をを上手く引き締めてくれている。
革製の黒いミニバッグに、手を包むレースの手袋も空け具合が絶妙で、どちらもプラスアルファのアクセサリーとして申し分ない。
「……なんか、凄……」
品を感じさせつつも、どこか儚げな雰囲気。ほどかれた黒髪は光を反射して艶やかに、その印象をより強くしている気さえした。
「――おにゃぁーいっすねぇお客さぁん。ご購入されますかぁ?」
カケラほどのやる気も感じられない店員さんの声が、私の意識を引き戻す。
「えっ? ああ、いや……」
「そうなんすかぁ? うち、レンタルもやってますけど」
「……えっと、レンタル?」
「はぁい。一日だけ自由に着れるんす」
それについてメロとシオンさんが説明してくれたのは、一拍間を置いてからの事だった。
変な歩き方をしていないだろうか。
変な目で見られてはいないだろうか。
街を歩くだけでこんなに落ち着かない理由は、しかしガラス窓に映る自分の姿を見れば明らかだった。
「……誰、これ」
そこに映っていたのは、私の知らない私――言葉とは裏腹に、ふっと笑みがこぼれ出る。
退店際、せっかくだからと――何がせっかくなのかは分からないけど、おそらく記念にという程度の意味なのだろう――メロとシオンさんがしてくれたメイクのおかげで、頬には淡い朱色のチークが、唇は普段より艶やかなルージュで赤く彩られていた。
結局私はこの服装をレンタルする事にして、カフェに帰る時に返そうとなんとなくの予定を立てる。二人まだ他のお店も見て回りたいと言っていたので、あの服屋さんで別れることになった。
出歩き始めは気恥ずかしさが勝っていたものの、しばらく街を歩いていればなんてことはない。次第に気持ちも落ち着いて、胸の奥から特別感が湧いてくる。
なんでもない日の筈なのに、装いが違うだけでこうも心持ちが変わるなんて――案外、自分は単純なのかもしれない。
頭の中で独りごちて、私は適当に飲み物を買ってベンチに腰掛ける。
『――いつか見てみたい。ルキの歌ったり、踊ったりするところ』
空を見上げれば異世界に来て間もない頃、メロに言われた言葉が雲のように思い浮かぶ。
「見てみたい、か……」
どうしてだろう。
その言葉が頭から離れず、最近の私は空き時間を見つけてはカフェの屋上でダンスの練習をするようになった。迷惑にならないよう歌は口ずさむ程度であるものの、声自体は問題なく出せる。
もう人前でパフォーマンスする事はないと思っていた私が、今、こうしてダンスや歌の練習をしている……複雑と言えば複雑だけど、意外な事もひとつだけあった。
それは所属していたアイドルユニット――TOTを抜けてから約数ヶ月が経った今でも、歌やダンスを忘れていなかったという事。若干うろ覚えの箇所があるだけで、自分が思う以上には覚えて、動けている。
詰めなければいけない部分はあるものの、最近は一曲通しでパフォーマンスする事も出来るようになった。この調子でいけば、メロには近いうちに――
「……ねえ。隣、いいかしら?」
「えっ?」
艶気を帯びた透明感のある声が私の顔を上げさせる。
「大丈夫? さっきから歌とかダンスがどうとか言っていたけど……」
「あ……口に出てたんだ」横にずれてベンチのスペースを空け、「すいません、ただの独り言で……どうぞ」
「……いいえ。そう言う時って、誰にでもあると思うから」
吹き抜ける風に髪をおさえると、その人の桜色を湛えた右目にかかる前髪がかすかに揺れた。
透明感のある白髪は淡い桃色へとグラデーションし、首にかかる程度の長さに整えられたウルフカットの毛先は内側へハネるようにアレンジが加えられている。
見た感じの印象では二十歳前後だろうか。そう年が離れているようには感じない。
「ごめんなさい。少し、人混みに疲れてしまって……」
「ちょっとわかります。今日、休日ですし、人多いですよね」
女の人が隣に座り、ふと鼻をくすぐったのは香水のような甘い香り。
ともすれば人を惑わす、蠱惑的な香りに感じられたのは、この人の装いや仕草にどことなく色気が漂っているせいかもしれない。
スカート丈の短い黒のワンピースはシースルー素材によってデコルテと背中部分が透けており、シュラグ――方から腕を覆う、ボレロのような長めの袖――も肩の空いたデザインで大胆に肌を見せている。
長く、淡雪のように白い足は持て余すように組み、ラインストーンがあしらわれたアンクルストラップのパンプスが煌びやかに足元を引き立たせ……身に纏う様々な要素が、私の目には新鮮かつ、ある意味では衝撃的にすら映った。
「素敵な服装ね。よく似合ってる」
沈黙を破るひと言が、私の意識を引き戻す。
「あ、ありがとうございます。これ、友達が選んでくれた服なので嬉しいです」
「そう。いい友達ね――」
不思議な感覚だった。
偶然会った名前も知らない人間と会話する。日頃あまり体験しない出来事に、やはりここは異世界なのだと今さらながらに実感した。元の世界であれば、このような経験はほとんどないだろう。
「あ、すいません。飲み物捨ててきます」
流れるまま会話を続けていると、飲み物が底をついた。
すぐ近くにあるごみ箱まで歩こうと立ち上がった瞬間、
『――おうおう、帰ったぜェミゼリアちゃん……ってアラァッ!? この子ダレ!? えっ知り合いィ? それとも友達ィ? あ、とりあえずお名前聞かしてもらってもいーい?』
甲高くも捲し立てるような言葉の雨が、空から降り注いだ。




