第46.5話 心を奪われた
今回のお話は本編と関わりのない、第三章で登場したとあるキャラクターたちが送る日常を切り取ったエピソードとなっております。
前置き、失礼致しました。お話をお楽しみいただければ幸いです。
クラスのちょっとした問題児エイミーと、その友達であるアルフが、俺たちの教室に二人の転移者を連れてきた翌日のこと。
「……はぁ」
ため息をつきながら、ぼんやりと左隣の席を見つめる。今は空席となった……けれど昨日、たしかに隣にいたその人の事を、俺は思い浮かべていた。
(……なんつうか、めっちゃ……その……)
一目見て、胸が”きゅん”としたのを覚えている。エイミーがその人の手を取って教室に連れて来た時、俺は初めて目が釘付けになるという体験をしたのかもしれない。
近寄りがたいクールな雰囲気に、この教室にいる女子では到底醸し得ない大人びたオーラに容姿。その人がいくつなのかは分からないけど、たぶん俺よりは七、八歳くらいは年上だろう。周りの人からは大人びて見られることが多いはずだ……多分。きっと。もしかしたら。
それに――。
『ごめん。隣、座るね?』
俺の隣に座った時、その人が掛けてくれた飾り気のない言葉。けれどそこから滲み出る優しさと言ったらない。
笑みを浮かべるでもなく、あくまでもさり気なく挨拶してくれた感じが凄く好……いや、凄くよかった。窓際の日差しに照らされた、長くてツヤのある黒髪も凄く綺麗だったし、横の髪をさらっと後ろに流す仕草も、なんというかその……やばかった。
それから俺の隣に座った時、髪からふわっと香る匂いが凄く良――。
「って違う! これじゃあ俺が変態みたいじゃないかっ!!」
「ぅわあっ!?」
「――ハッ!?」
バンッ、と思い切りを机を叩きながら立ち上がった瞬間、背後で誰かにぶつかった感触を感じて振り返る。するとそこには、俺にぶつかった反動で後ろの机に激突してしまったエイミーが腰を押さえていた。
「ああっ……!? ご、ごめんエイミー!」
「いだだだ……急に立ち上がってどうしたの、フリオ君?」
「え? ああ、いや。別に……?」
曖昧な返事を返した瞬間、エイミーの眉毛と口が不機嫌そうにひん曲がる。
「うわぁ~、人にイスぶつけといてその態度! 背中に”ぐねぐね”流し込んでやるぅ!」
「おわあああっ!? ちょっ、やめろって!」
言い終えて、エイミーがほぼノータイムで掴み掛かってくる。
その宣言通り、手には水流魔法で形成された”やたらリアルで気持ち悪い芋虫じみたスライム”――通称”ぐねぐね”が握られていた。
くそ、いつ見ても気持ち悪いな……! あんなの背中に入れられたら、背中がくすぐったくてしょうがないだろうに……!
「フリオ君っ! あたしがちょっとした涼しさを提供してやろうと気を利かせてやっているのに、何だねその態度は!」
「いらねえよ、そんなの! いいから離れっ――」
俺の服を掴もうとするエイミーの手を握った瞬間、そういえばこの手があの人と手を繋いでいたんだよな――と。俺の脳は変な方向に直感を働かせ始めた。
「……なあ、エイミー」わずかに速くなり始めた鼓動を押さえつけながら、「その、あの人って、どんな人だった?」
「ん? へ? ……えっ?」
取っ組み合いをやめたエイミーが、きょとんとしながら自分の顔を指さす。なんでちょっと照れてるんだよ。
「いや、エイミーじゃなくて……ってか、なんで今の流れで自分を指差せるんだよ。明らかにお前じゃないだろ」
「いやぁ~、もしかしたらあたしの事好きかなって。へへっ、えっへへっ、うへへっ」
それを見て、思わずため息が漏れてしまう。
(なんなんだコイツ……)
歯を出しながら笑った顔にオレンジ色の髪、シュシュでふたつ結びにした髪型は凄く似合ってるし可愛いと思う。それから俺の事を”君”付けで呼んでくれるの密かに嬉しいと思ってるけど、俺はお前の事全然好きじゃないからな、勘違いするなよ――と内心でエイミーの自意識過剰ぶりを咎めつつ、俺は改めて問いかける。くそ、本当にお前の事なんて好きじゃないんだからな。
「だからその……お前が昨日連れてきた人、いるだろ。ほら、あの……」
「ああ~! あの喋り方が変な方?」
「じゃない方っ!」
おい、こいつわざとボケてるだろ!?
「あっははははっ! 冗談、冗談だってぇ! フリオ君が言ってるのって、もう一人の髪の長いお姉さんの事でしょ?」
「お、おう……でゅっ、どんな人だった?」
若干どもりながら、人差し指を顎に当てて思案するエイミーの言葉を待つ。今の首を傾げる角度、天才的に可愛いな……じゃなくて。
「ん~……なんか、健気な人だったよ」
「健気……」
エイミーの口から出てきたのは、俺の中ではあまり予想していなかった単語だった。でも、健気……健気か。言われてみれば、たしかにそんな雰囲気はあったかもしれない。
昨日、その人が授業を見学してる間、俺はほぼずっとその人のことを横目で見てたけど、たしかにあまり自分から主張することはなさそうというか、控えめな印象だった気がする。
現にその人は、一緒に見学しに来たもう一人の転移者の人――なんかよくわからない、変な喋り方のお姉さん。頭は良かった――に対してそこまでテンション高めというか、ノリ……ノリ? まあよく分かんないけど、とにかく控えめだった。語彙力が無さすぎるな、俺。
「たしかに、健気っぽいかもな」
想像力を働かせ、分かったようなそうでもないような――断じて知ったかぶりではない――雰囲気を出しながら言葉を返すと、
「ねー。あたしが魔王になった時も真面目に働いてくれたし。あんな健気なメイド他にいないよね」
「だよな……いや、え!?」
エイミーの口から出てきたのはこれまた意味不明な言葉の羅列だった。
「え? フリオ君、なんできょとんとしてるの?」
「いや、するだろ!? なんだよ急に、魔王とかメイドとかっ!」
「やー、昨日たまたまあの人たちとごっこ遊びする流れになってさ。あたしとアルフとマヤで、勇者と魔王の戦い的なのやってたの! あたしが魔王で、あの人があたしのメイド!」
「年上の人をアゴで使えるのって気分いいね~!」と、傍から見たら最悪な感想を述べるエイミーに俺は一抹の不安を覚える。
今更だけどコイツ、今からこんなんで大丈夫なのか……? 将来、エイミーが働くところの同僚や部下にはならないようにしよう。
しかし――。
(……メイド、か)
メイド。それが意味するものが何なのか、知らないほど俺は無知でもなかった。
偉い人に傅いたり、世話をしたりする人という意味なのは本で読んだことがあるから知っているけど……それ以上に印象に残っているのが、あの”身なり”だ。
(髪長いし、絶対に合うよな。いや髪は関係ないけど。でも絶対似合うよな……)
服屋でもたまに、ちらっと……本当にちらっとだけ見た事あるけど。
エプロンのような、それでいて普段着る服としても成立しているあの服装はなんとも言えない惹かれるモノがあった。街でもそれっぽい服を着ている、俺と同じ歳くらいの金髪の子を見かけたことがあるけど、ちょっと……いいなって思うし。別に好きとかじゃないけど。
「その人、メイド服着てた?」
「ううん。フリオ君、頭だいじょうぶ?」
「そっか……」
あっけらかんとしたエイミーに視線を向けられながら、俺の脳内ではクラシカルなメイド服に身を包んだあの人のイメージがほぼ完成されてしまっていた。
髪はそのまま……いや、後ろで結んだ方が? ゆるめに巻いた髪を首の横に垂らすのも大人っぽくて――。
「っていうかエイミー、あの人の名前知らないの?」
と、膨らみ始めた妄想はふと浮かんだ疑問によって頭の隅に追いやられてしまう。
エイミーは「あ」と口に出しながら、
「そういえば聞いてない!? あたし魔王なのにメイドの名前も覚えられてないとか、魔王失格なのではっ!?」
「マ、マジか……」
「遊びに夢中になってたから聞くの忘れてたんだぁ。昨日、帰ってる途中にも会ったんだけど……」
「マジかっ!!?」
沈みかけた気持ちが一気に息を吹き返す。
えっ、ちょっ、いや待て待て待て……帰りに会ったって事はつまり、帰りに会ったって事なんだよな? それってつまり――。
(もしかしたら俺も、街でばったり会えちゃうかも……って事!?)
……なんてこった。
たぶん、昨日今日あった出来事の中で一番驚いてるかもしれない。
「――ルキ」
「へ?」
突然聞こえてきた声の方向に振り返る。するとそこには普段からエイミー、アルフと行動を共にすることが多い女の子、マヤが佇んでいた。
「あ、マヤ! おはよー!」
「おはようエイミー。フリオもおはよう」
「お、おう。おはよう」
互いに挨拶を交わしながら、俺はすぐさまマヤに問い返す。
「なあマヤ、さっき言ったルキって……?」
「昨日、フリオの隣に座ったお姉さんの名前。知りたがってたから」
「っ!?!?!?」
ルキ!? あの髪の長いお姉さん、ルキって名前なんだ!?
「ありがとうマヤッ! 今日のお昼、俺が奢るよ!」
「いらない。お弁当あるから」
「そっかあ! うん、分かった!」
心の底からマヤに感謝しつつ、俺は席に着いて朝のホームルームを待つ。
斜め前の席ではマヤの透明感のある灰色の髪が揺れていて、ちらりと見える左目尻の黒い三ツ星のビーズシールがまた印象的に映えていた。
あの眠たげな目と言い、マヤは普段からぼんやりした印象なんだけど……今日に限って言えば、俺からはまるで神様のように神々しく見える。ちょっとつかみどころのない性格を変に思う奴もいるけど、俺はむしろ、マヤのそんなところを気に入ってる。断じて好きとか、そういう特別な感情を抱いた事は無いけど。
せいぜい班決めの時によく一緒になるから、ちょっと気になるなとか、その程度だし……。
「そういえばここ、あのお姉さんたちが座ってたんだよね。あたし今日はここで授業受けよっかな――」
「おい! そこはルキさんの席だぞ! 勝手に座るな!」
「ちょっ、ええっ!? いいじゃん別に!」
「よくない!」
「あたしがいいって言ったらいいの!」
「ダメったらダメだ!」
「……ねえ。フリオ」
「おおう!?」
すぐ横から、俺とエイミーを落ち着かせるためか比較的穏やかな声が聞こえてくる。
そこにいたのはマヤと同じく、普段エイミーと一緒にいることが多いアルフだった。藍色の髪の隙間から生えるキツネ耳をぴょこぴょこと動かしながら、アルフが呟いた。
「前々から思ってたんだけど……フリオって結構、惚れっぽい性格だよね。女の子のことすぐ目で追ったりするし、今だって顔赤いし。結構分かりやすいよ?」
「はあっ!? いやっ、女子とか全っ然好きじゃねーし!?」
かあっと顔が熱くなるのを感じながら言い返す。
「……フリオ、女の子のことみんな好きなの?」
直後、耳に入ってきたのはマヤの偏見に満ちた一言だった。
「フリオ君! やっぱり一回保健室行った方がいいよ!」
「うう、うるっせえ! とにかくエイミー、その席はあの人――いや、ルキさんの席だから! ほら、自分の席戻れって!」
「えぇ~!? もう、しょうがないなぁ~」
「……フリオもしかして。いや、さすがに……でも、うーん……」
アルフの独り言も気にせず、俺は誓う。
今日から隣の空席は……もしも、本当に万が一。
ルキさんがまた見学に来てくれた時の為に俺が守ろう――と。
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