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ティアドロップ;オンステージ  作者: だいこん
第3章 トラウマ≒思い出
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第37話 変わらぬ世界の共通項


 カフェの営業時間、その終わりがじき、やってこようかというタイミングだった。


「アオイ、ルキ。二人とも明日ヒマか?」


 厨房のキッチンでスキレットを振るいながらシドウさんが問いかける。落とされた視線の先では焼き目のついたソーセージが油と踊り、食欲をそそる芳醇な香りが漂ってくる。


 明日は定休日で特に予定もないので、暇かどうかと問われれば考えるまでもない。ただ――これは私のわがままだけれど、シドウさんのき方は少し苦手だった。


 予定が空いているかどうかを先に尋ねられ、肝心の用件は後出しに。やる事が不透明なのでどう返事を返すべきか悩んでしまい、気持ちの悪いもどかしさだけがつのっていく。そう感じていたのは、私だけではないようだった。


「しからばシドウ殿、詳細をどうぞ。そのように尋ねられると、ワイとしては先に要件を言って欲しくなります。判断がしづらいので」

「……私も、出来れば先に何をするのか聞きたいです」

「ああ、そりゃ悪かった……っと」


 熱した鋳鉄ちゅうてつの上を転がり、サラダやスクランブルエッグが乗せられたお皿の上にソーセージが鎮座ちんざする。さらにトーストやドリンクもトレーの上に並べながら、


「この街の学校に興味がないかと思ってな。あ、別に入学しろってワケじゃねぇぞ?  中を見て回ったり、生徒と話したり……お前らと同じ、転移者の人間も普通に通ってんだ。アオイ、これ三番テーブル――」


 学校という単語を耳にした瞬間、今朝に見た夢の欠片が浮上する。葵さんが配膳に向かう間もシドウさんは口と手を動かし続けた。


 なぜ私たち二人にそんな話を持ち掛けたのかと聞いてみれば、きっかけは私たちの留守中、シドウさんがサジから聞いた話だった。二人とも、どっちの世界で過ごしたいか悩んでる。何かしてあげられる事ってないかな。いつの間にそんな事をと驚く気持ちはあったけれど、そこにはこそばゆい嬉しさも同居していた。


 普段、表には出さないものの、サジなりに私たちの事を気に掛けてくれている。

 戻ってきた葵さんに同じことを話すと、左様ですかと言って下げてきた食器を流し台に置いた。


「元の世界に戻る手がかり探しも、最近はご無沙汰でしたからな。まして学校など、このような機会でもなければ足を運ぶ事すらないでしょう」


 ”元の世界への転移には、失敗のリスクが存在する”――現状、私たちの手元にあるのは手がかりとも呼べない、半美さんから伝えられた情報のみ。しかし、このまま口を開けて待っているだけでは何も変わらない。


「……たしかに。行ってみてもいいのかもしれませんね」


 葵さんと視線が重なり、頷き合う。シドウさんはにっと笑みを浮かべ、


「ハッ、決まりだな。明日の朝(はえ)ぇから、二人とも寝坊すんなよ――?」





「……ううぅう。は、(はたま)いてぇ……」


 丸まった背中がゾンビのように歩いている。

 太陽に照らされながら、ゆらゆらと。


「本当にゾンビみたい……」

「ホラー映画のオファーが来たら、さぞや名演される事でしょうな」


 シドウさんのこんな姿を見るのは何も今日が初めてではなかった。


 今もそうだが出勤する際は黒の中折れハットを被り、毎朝(かす)れかけの声で「……いってきゃす」と呟く背中にいってらっしゃいの声をかける。ここ最近見てきたのはそんな背中で、見慣れているといえば見慣れていた。


 スローペース、かつ軸の定まらない歩き方でシドウさんは前を歩く。対照的に足取りは確かなようで、街並みを眺めているうちに私たちは目的地へと到着した。


 洋風のお屋敷にでもありそうな立派な鉄門と、レンガの塀で仕切られた広大な敷地。花壇にはとりどりの花や植物が植えられ、校門をくぐる生徒達の表情は十人十色で様々だ。校舎も比較的最近に建てられたのだろう。汚れも傷もない壁は日を浴びて、真新しさを強調するかのように白く輝いていた。


 『セントシャール魔法学校』――校門横に彫られた字を見ていると、一人、また一人と、通り過ぎてゆく生徒がシドウさんと挨拶を交わす。時折私たちにも挨拶が向けられ、その視線にはどことなく好奇の色が混じって見える。


「……みんな私服、なのかな」

「ちらほらと制服っぽいのを着ている方も見受けられますが……それにここは一貫校なのでしょうか。ぱっと見では小学生から高校生ぐらいまで年齢に幅がありますぞ」


 自由な校風、と言うべきなのだろうか。


 これが異世界における、学校のスタンダードなのかは分からない。私の通っていた高校も校則は緩めだったけれど、もしかしたら根本的なスタイルから違うのかもしれない。


「一応、二人とも見学者って扱いだから……職員用玄関から入るぞ」


 生徒であふれる正面玄関に比べれば、職員用玄関はだいぶすっきりとしていた。校内は一部の教室や施設を除いて基本、土足でいいらしい。


「る、瑠稀殿」葵さんが窓の外を指さし、「……中庭が広すぎますぞ。ワイの通ってた学校には校庭とプールしかなかったというのに」

「ほんとだ――っていうか噴水もあるし。なんか、すご……」


 切り株を模したテーブルに椅子、ベンチ、さらには専用の骨組みにつたの葉を巻き付かせて生まれた緑のカーテンが涼しげな木陰を作っている。よほどお金をかけたか、空間作りに気を遣ったのだろう。かなり開放的な雰囲気に私たちは目を丸くした。


 敷地内に足を踏み入れてからというもの、葵さんと驚いてばかりな気がする。

 それに見るものや感じた事はさておき、私たちの会話だけを振り返れば、元の世界で話すようなありふれたやり取りにさえ思えてしまう。


 なんだかちょっと新鮮ですね、今までは通り過ぎるか、横目で見るだけでしたからな。そのまま廊下を歩いていけば、”職員室”と書かれたプレートが目に入った。


「今から先生たちに挨拶しに行く。まあ、この学校を見学しに来ました、って伝えるだけなんだが……そう時間はかからねぇはずだ」


 シドウさんの言葉に相槌あいづちを打ち、敷居をまたぐ。


 職員室という名前と空間がもたらす緊張感は、異世界でも変わらなかった。


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