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ティアドロップ;オンステージ  作者: だいこん
第2章 燦光
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第33話 君を照らす向日葵


 ギルドに男の人の身柄を引き渡した頃、時計塔から鐘の音が聞こえてくる。空を見上げれば月と星の配置がゆっくりと変化し、表情を変えた夜空が私たちを見下ろしている。


 道すがら二、三の話題を経てもうひとつの目的地――ヌリさんのアトリエにたどり着くと葵さんとライモンさんは一言、「エントランスで待ってるから」と言って作業部屋へ向かう私たちを見送ってくれた。


 ドアノブを回せば今朝訪れた時とは違い、何人かのオートマタが室内で忙しなく作業にいそしんでいる。ヌリさんと私たちを見つけたのは、足を踏み入れてすぐの事だった。


「あれ、一号……と、皆さんまで? 忘れ物ですか?」

「あ、いえ。でも……」私はメロを一瞥いちべつし、「少しだけ、ヌリさんと話が出来たらって」


 用事を片付けたらヌリに会いたい。メロ、伝えたいことがあるの。


 今朝アトリエを出た後、メロは私の服の袖を引っ張ってそう伝えてくれた。真剣さを帯びたまっすぐな瞳。何を話すの、とまでは聞かなかった。ただ見守っていて欲しいのだと、メロの目を見て感じたからだ。


 何かよくない事しちゃったっけ。メンテ下手くそだったかな。視線の先で小さく独りごちるヌリさんに、一歩、二歩と、ローカットで底の厚いブーツが踏み出す。それとなく隣にいるなづなを見ると、さすがにもうスマホを向けてはいなかった。


「あのね。メロ、頭の中の自分に対して”メロなんか”って言葉を使ってみたの。昨日ヌリが言ってたみたいに」

「え……? ……あっ」


 はっとした様子でヌリさんの口元に手が当てられ、


「そしたら……だんだん悲しくなってきてね。もういいやって、すぐやめちゃった」

「えっと、ごめん……? でもあれは、口癖みたいなものだから! 一号が気にする事じゃ」

「気にする、気にするよ! ヌリは私のお母さんだもん!」


 表情が見えなくてもメロがどんな面持ちでいるのか想像できてしまった。端々から滲む感情に耳が震え、拳は固く握られている。メロの背中が、大きく見える。


「オートマタに夢見たって私、笑わない。作ってる自分はこんなだけど、自分が作るものなら綺麗に出来るって考え方も、すごく素敵だなって思った。そんなヌリが、こんなメロ()を生み出してくれたって事は……忘れてほしくない」


 定まらなかったヌリさんの視線がただ一点に固定される。メロは短く息を吸いこみ、


「一番のお気に入りは、赤いフリルのヘッドドレス」


 じわり、濃紫色(こむらさきいろ)の瞳に潤いが満ちていく。


「お花とかちょうちょの柄が入ってるスカートも好きで、今履いてる靴も、うまく言えないけどすごく女の子って感じがして好き。お日様みたいにきらきらな髪も毎日ちゃんとお手入れするくらい大事にしてるし、瞳の色は宝石みたいでっ、誰かに自慢したいくらい好き!」

「……一号っ……!」

「メロはメロの全部が好き。ヌリの事も同じくらい、大好きだから――」


 少しずつ、少しずつ距離が縮まり。

 小さな手が、涙を拭う傷だらけの手を包む。


「……ありがとう。こんな風に私を生み出してくれて」


 その言葉を皮切りに嗚咽おえつが響き、涙はせきを切ったようにあふれ出した。背中が丸まり、膝をつき、メロと周りにいたオートマタがヌリさんに寄り添い、(なぐさ)める。執事風の装いに身を包んだオートマタが群青色のハンカチを差し出すと、盛大に鼻をかむ音が聞こえてきた。


 普段からメロは、私の事を気に掛けてくれる。

 異世界に来た時からずっと、一緒に生活している時も、買い物に行った時も。


 だから――恩返しという訳ではないけれど、力になれて嬉しいと思う気持ちは紛れもない、私の本心だった。


「……なづな?」


 ふと隣を見れば、なづなが姿を消していた。いったいいつの間にいなくなったのだろう。周りを見回してからエントランスへ向かうと、近くでオートマタの模型を眺めているライモンさんを見つけた。


「ライモンさん。なづな、こっちに来ませんでした?」

「ん……? ああ、さっき外の空気を吸ってくるって」


 そう言って顎で玄関口を指し示し、


「……ありがとうございます。それじゃ――」

「待った。”コレ”、もっていきなよ」




「……いた」


 壁に寄りかかった背中、少しうなだれているせいでミルクティー色の髪が横顔を隠している。ドアを開けてすぐなづなの姿を見つけることが出来た。声が届くなり地べたへ落ちていた視線が私に向けられ、また落ちる。


「なんだし」

「いや、いないから。急に」

「あー……ごめん」


 素直に謝られた事に一抹いちまつの驚きはあった。なづなはボディバッグの中に手を突っ込むと、感触頼みに中をまさぐり始める。しかし目当ての物が見つからないのか不満げに舌打ちし、苛立(いらだ)ちの色を濃くしていく。差し出すなら今だろう。


「はい、これ。ライモンさんから」


 青と紫のツートンカラー、包み紙越しに見える棒付き飴の色合いはあまり食欲をそそられるものではなかった。どんな味がするのかも分からないそれを、なづなは「たすかる」とだけお礼を言って躊躇ちゅうちょなく口に咥えてしまう。


 手持ち無沙汰になった私は後ろ髪をまとめて首の横に流し、なづなの隣で壁に背を預けた。つい頭を振って前髪まで整えてしまうと、


「ああいう家族愛的なやつ、ダメなんだよね」


 唐突ではあったが、そこまでの驚きはなかった。


 両親がある日突然いなくなったけど、私は家族愛や親子の愛情をテーマにした映画や作品が好きなんです。そう言い切れる人間はいったいどれだけいるだろう。昨夜、なづなと交わしていた会話の内容が頭をよぎる。


「親子の愛情、みたいな?」

「それ」棒付き飴を取り出し、ふっと息を吐きだす。「漫画とかドラマでたまにあるじゃん。でもすっげえ冷めちゃうんだよね。どこまでも他人事で、で、もっといくと自分の事まで俯瞰ふかんし始めて……キリないから寝るんだけどさ。最後は」

「……難しいこと考えてるんだね」

「マジでムズい。難しい本読んでるのと一緒」


 たぶん私も、その考えに納得のいく答えを見出すことはできない。それでもなづなとの間に生まれる沈黙は、居心地の悪さを感じさせるものではなかった。垂れ下がった横髪を耳にかけなおすと、嗅ぎ慣れないシャンプーの匂いが鼻先をくすぐる。


 家族愛、親子の愛情――正直、掘り下げられるほど深く考えた事はなかった。


 なづなの過去を考えれば、本人にとってはむしろそう思うのが自然とさえ言えるのかもしれない。そこには理解も共感もないけれど、なづなに対して思う事はひとつだった。


「……ありがと。気、遣ってくれて」


 なづなの行動は、きっと今言った考え方とは逆なのだ。

 あの場の雰囲気や、メロやヌリさんを嫌っていたり、困らせようとしているのであれば、無言で立ち去るような器用な真似はしないだろう。


 地べたに落ちていた視線が再び、私の方へ持ち上がる。ほんの少し、驚いたような視線だった。


「単純に、耐えられなかったのもある……ああこれ、なづながいても空気悪くすんなぁって――あ、一応メロとヌリセンが嫌いって訳じゃないから!」

「ふっ……大丈夫だよ。なんなくそうかなって思ってたし、二人にも伝わってるんじゃない? たぶんだけど」

「……()ずいな、それはそれで」


  壁から背を離し、横に流していた髪を背中に下ろすとなづなも大きく伸びをする。頬を撫でる風が、どことなく照れくさそうな横顔を私に見せてくれた。




 ライモンさんのお店を取り返す事。

 そして、メロがヌリさんに想いを伝える事。


 この街ですべき事を片付ければ、あとは家路につくのみだった。


「えへへ♪ ヌリの顔、初めて見た時よりスッキリしてる!」

「ひ、久しぶりに泣いたから、かな? ふへへっ……」


 金属的な笑い方はひょっとしたらヌリさんの癖、なのかもしれない。しかしその笑い声とは裏腹に、面持ちそのものは憑き物が落ちたように清々しかった。ヌリさんは赤みの残る目元を拭い、眼鏡をかけ直す。


「一号――ううん、メロのおかげだね。私ももっと、自分を大切にしてみる。本当にありがと」


 絆創膏の貼られた手が、メロの頭を優しく撫でる。親が子にするような仕草を見ていると、初対面の時に感じた挙動不審ぶりが嘘のように感じられた。


 朗らかな笑みを浮かべ合う二人をなづなと並んで見守っていると、


「ライモン殿、ワイの顔に何かついていますか?」

「ん? ああ、いや……」ライモンさんは息を吐きだしながら笑みを作る。「アオイの戦いぶりが凄かったもんだから、少し思い出してただけさ。なかなか格好よかったからね」

「さ、左様ですか……? まあ、価値観は人それぞれですからな」


 喜びよりも戸惑いが勝ってしまう。葵さんの反応にシンパシーを感じてしまったのは、私もライモンさんから似たような誉め言葉を贈られたからだろう。


 あるいはただ単に謙遜しているだけなのかもしれないけれど、事実、葵さんの戦いぶりは八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍と呼ぶにふさわしかった。


 また会いにくるからヌリも元気でね、メロもカフェのお仕事頑張って、いつか絶対遊びにいくから――言いながらもなかなか離せない二人の手が、名残惜しさを物語る。それでも「いってらっしゃい」という見送りの言葉を掛けられれば、メロは笑顔を返して歩き出す。


「いってきます。ヌリ、また……!」

「うん。また会おうね……!」


 メロがヌリさんにそうしていたように、私もメロに寄り添う事が出来ただろうか。考えかけて、すぐに無駄だと悟った。


「ふっ。さながらワイは、添え物のたくあんでしたな」

「たくあん……縁の下の力持ち、とかじゃダメだったんですか?」

「あ、瑠稀殿。それ、頂きです」

「えへへっ……!」メロの両手がそれぞれ私と葵さんの手を握る。「ルキもアオイもありがとう。二人がいるから――メロ、帰り道も寂しくない!」


 繋いだ手、伝わるぬくもりと陽だまりのような笑み。

 胸に感じるあたたかさが、私にとって何よりも明確な答えだった。


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