聖女様をおまもりしたくてアンデッドに転生したのに、聖水ぶっかけられて早くも消滅しそうです……。
「俺が、将来シルファ様をおまもりするよ!」
――それが、俺が聖女シルファ様に告げられるせいいっぱいの言葉だった。
聖女という職業は、極めて稀だ。
一国に一人という割合でしかあらわれないことに加えて、後天性で発現する治癒力は四肢欠損以外のあらゆる怪我や病気を治すと言い伝えられている。
だからこそ、聖女様は常日頃から危険に晒されている。
敵国の戦力を削ぐのに聖女を殺すこと以上に効果的な事はないからだ。
そんな聖女様の素質が、村の幼なじみにあると知った時は正直ショックだった。
生まれた頃から、シルファとはずっと一緒だった。
毎日森で遊んだし、毎日ご飯を一緒に食べた。いたずらをして何度も怒られたし、夜通し二人で正座しながら反省させられたこともあった。
そんな幼なじみが、王都のお偉い人が手配した竜車に乗せられていく姿を俺は黙ってみていることしか出来ない。
村を挙げてのシルファの門出だ。喜ばないわけにはいかない。
シルファは目尻に涙を浮かべていた。
俺達は、分かってる。
聖女様を護ることは国の中でも大変な名誉だし、選ばれた強者しか任命されないことを。
これが、俺とシルファの本当のお別れなんだって事を。
夕日に照らされてより深く輝く深紅のロングストレートが、風に大きく揺れた。
その姿はあまりにも神々しくて、いつも話していた俺でさえも見惚れてしまうほどに。
「たとえこの身が朽ち果てようと、俺は君を護ってみせるよ」
拳を突き出して、俺は頑張って笑顔を見せた。
寂しくて、今にも涙が出そうだった。
王都から派遣されてきたという衛兵によって竜車に片脚を踏み出したシルファは、最後に俺の方を向いて無理矢理作った笑顔を見せた。
「待ってる。――ずっと、待ってるから」
頬に流れ落ちた涙を拭い去ることもなく龍車に乗ったその姿が、俺が彼女を見た最後の時となった。
△ △ △
聖女シルファの誕生から10年の月日が経った。
100年ぶりに現れた王国の聖女ということもあり、シルファは盛大に祭り上げられた。
今では政府要人や重傷を負った軍人達の治療等に勤しむ毎日を送る傍ら、暗殺の危険から護るための暗い巨塔に匿われて暮らしている。
そしてそれは現在、全てが聖女シルファの為にあると言ってもいい。
聖女シルファの過ごすこの塔の最上階に近付ける者は、彼女の側近2人のみ。
部屋から出るにも許可はいる、塔の外に出る際には必ず王国最高峰の一個師団が帯同する自由のない生活だ。
「――レス」
シルファは他国の使者から命を狙われ続いている。
最近では、異形の者の力を借りたとの情報さえ出回るほどだ。
「――おい、聞いてんのかアレス。交代だ」
「……悪い、ぼーっとしてた」
そんな俺も、今は村を出た。
シルファとの約束を守るべく、王都傭兵団に志願してはや5年。
たかだか一兵卒には変わりは無いが、聖女シルファの住む塔の周辺護衛を任されるようにはなっていた。
いつか、護衛団の主軸になって、シルファを堂々と護れるようになるまでは地道にキャリアを積み重ねるしかないな。
「最近じゃ、アンデッド勢力がシルファ様のお命を狙ってるらしい。夜は特に気をつけるこったな」
俺の同僚――ブライトはため息気味に告げる。
「アンデッド?」
「あぁ。俺もお前も非番だったときにな。森の中から数体が這い出てきたらしいが、どこの国の刺客かはまだ分かっていないみたいだ」
「だから、最近は護衛の数も増えてるのか」
「アンデッドに噛まれると、噛まれた奴もそこの部位がだんだん腐敗し、果ては意識も刈り取られて同じアンデッド化するらしい。この間の襲撃ではこっちの衛兵も2人ほどアンデッド化して処分されたからな。夜番は特に気をつけろ」
手をひらひらと振りながら不穏なことを吐いていった俺の同僚は向かい側へと歩いて行く。
生ける屍は、人類の天敵だ。
腐った肉体を引きずりながら行進する意識のない死体。そしてそれは、生きている者に伝染する。
アンデッドの攻撃を直接食らえば、そこから感染は伝播していき、生きている者すら悍しいそれに変えてしまう。
今夜は満月だ。
シルファも、塔の上からこの綺麗な月を眺めているのだろうか。
夜に浮かぶ真っ白な月を呆然と眺めていた――
――その瞬間だった。
「敵襲ッ! 敵襲だ! 総員、シルファ様を御守りし……ぁ……!?」
塔の向かいから突然の大声が木霊する。
上空に光っていた月が、何かの影に包まれる。
「ウガァァァァァァッッ!!」
「なにっ!?」
影からは塵埃が地面に落ちる。
それと同時に、腐臭が辺りに巻き散っていく。
「アレス! 例のアンデッドが来た! 地下だ、地下からの襲撃だ! よりによって護衛団がいないときに……ッ!」
そう言ってブライトが俺の下に走り寄ってきていたが、その肩からは黒いもやのようなものがかかっている。
「な、なぁ。ブライト、それ……」
俺がブライトの肩を指さすと、彼は表情を苦痛に歪ませた。
「あぁ……おい、嘘だろ……! おい……ぁ……嫌だ……いゃ……だ――!?」
黒いもやが全身に広がっていく。
目から生気が消えていくのが感じられた。
満月の光に、ブライトの涙が映し出されている。
「……ガ……ァ……ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
それが、ブライトがアンデッド化したのだと認識するのにそう時間はかからなかった。
「誰か! 誰かいないのか!?」
周りを見渡すも、人の影はなかった。
腐敗した匂いがひたすらに続く塔の周りで、俺は心臓の音が早鳴るのを感じていた。
――塔の扉が開いている!?
あの最上階には、シルファがいるんだぞ……?
そう思った瞬間に、自然と足が動いていた。
普段は入塔出来ないその開かれていた扉からは、螺旋状に階段が続いている。
――シルファ……。
道中、いくつもの死体があった。
アンデッドなのか、衛兵の成れの果てなのか、それはもう俺には分からない。
――シルファ……ッ!
血生臭い匂いが塔全体に広がっている。
血塗られた階段に足を取られることが多くなってきた。
階段の上へ進む度にその量は増していく。
塔の最上階に行くと、最奥の扉は開かれていた。そこへ向けて地面を蹴った。
「ぁれ?」
突如視界がぐらりと揺らいだ。
右肩が重く、異常なほどに熱かった。
「ア……ヴァ……ゥ……ェヘ……」
恐る恐る振り向くと、そこには腐臭を漂わせる鉄鎧を着たアンデッドの姿があった。
その口からはぐちゅ、ぐちゅとピンク色の肉塊と血の匂いが充満している。
「クッソが!!」
俺は腰に据えられていた支給用の短刀をそいつに突きつける。
力の限り蹴り飛ばして、塔の真下に落とす。
俺の右肩からは黒いもやが迸り始めた。
――アンデッドに噛まれると、噛まれた奴もそこの部位がだんだん腐敗し、果ては意識も刈り取られて同じアンデッド化するらしい。
「マジ、かよ……」
なんてタイミングだろうか。
俺の眼前にかろうじて見えたそこには一人、鉄の甲冑を着込んだ兵士の姿があった。
その背中からは黒いもやが止めどなく噴出している。
「た、助けて――!」
ふと、声が聞こえる。
兵士の向こうには一人の少女の姿があった。
白銀の聖女服を身に纏った少女が恐怖に顔を引きつらせている。
兵士がゆらり、ゆらりと少女に近付いていくのを見て俺は疲れ切った脚に鞭を打った。
「俺の幼馴染みに――ッ!!」
考えもなしに、拳を握りしめた。
「――触るんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!」
俺の拳が、シルファに詰め寄ろうとするアンデッド兵士の頬にめり込んだ。
黒いもやを纏いながら吹き飛んでいったアンデッド。
シルファは、あまりの恐怖に気を失っているようだった。
俺は左腕で彼女を持って、ベッドの上へと優しく寝かせてやった。
深く輝く紅の髪も、透き通るような深紅の瞳も、あの頃と同じだ。
変わらず、美しい彼女のままだ。
だが、せっかく会えたのに、せっかくここまで辿り着いたのに、俺はもう自分が終わりだって事に気付き始めていた。
身体が妙に熱い。
右半身の感覚が、徐々に消えていく。
右目で見た景色は、全てが醜く歪んでいた。
階下からは、アンデッド達が呻き声をあげながらこちらに向かっているのが分かった。
俺はふらふらの意識でシルファの部屋から出て、扉を閉める。
この先には、何人たりとも通すわけにはいかない。
「あの時、言えなかったんだけどさ」
聞こえるわけもないのに、呟いてしまう。
「俺、シルファのこと好きだったんだ」
もたれかかっていた扉の向こうに、自分勝手に吐き出して俺は立ち上がった。
いよいよ俺の身体は蝕まれてしまっている。
だから、意識の尽きるまで暴れようと思う。
――たとえこの身が朽ち果てようと、俺が君を護ってみせるよ。
そう誓った、かつての約束を守るために。
「私は、今でもアレスのこと好きだよ」
もう、歩みは止められない。
迫り来るアンデッド達を迎え撃とうとしているのに、何でこんな幻聴が聞こえるんだろうと疑問に思っていた最中、俺の身体はあたたかい緑色の光に包まれた。




