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悪役貴公子の二周目は『ワガママ令嬢』として始まった

  ――ああ、あともう少しだったというのに。なかなか上手くいかないものだ。




「いいか、絶対に僕の手を離すな……!」




 頭上には、歯を食いしばり必死に自分を引き上げようとしている青年がいた。その姿はボロボロだ。満身創痍と言ってもいい。




「待ってろ、アルフレッド……絶対に助けてやるっ!」




 もうほとんど力が残っていないのだろう。しかし、わずかに残ったその力のすべてを使い果たしてでもいい。とにかく目の前の相手を助けるのだと、彼はそんな気持ちでいるらしい。




 本当にこいつは馬鹿だ。周囲の者だけでなく、あろうことか敵である自分まで助けようとするとは。




 ――エドガー・カルディエ。




 学園で初めて会った時からそうだった。助けを求めている者がいれば、放っておけない性分で、よく関係ないことに首を突っ込み、勝手に面倒事に巻き込まれる。


 結果的に他者から感謝され、そんな彼の周りには常に人が集まっていた。




 ――そして、いつも自分の邪魔をしてくる。




 ああ、憎たらしい。はたして、これほどまでに理解に苦しむような存在が他にいるだろうか。まったくもって度し難い。




「……俺を助けてどうする?」




 つい言葉が溢れた。それを聞いたエドガーは呆けた表情になる。




「何を言ってるんだ。まだ、決着はついてないぞ」




 ああ、そうだな、とアルフレッドは呟く。もう少しで決着がつくはずだったのだ。




 学園時代から続くアルフレッドとエドガーの長年に渡る決着が。


 だが、途中で横槍が入った。




 ――魔王。




 ここに来て邪魔をするとは。最期まで小賢しい奴だったと内心舌打ちする。




「ほう、その体でやるのか?」


「お前こそ死にかけじゃないかっ!」




 アルフレッドの言葉にエドガーが返す。




 確かにそうだ。


 どうやら完全に魔王の力を吸収しきれていなかったらしい。とどめを刺したと思っていた魔王の奇襲を受けて、アルフレッドは致命傷を負っていた。


 全身に力が入らず、唯一使えるのはエドガーに掴まれている右腕だけだ。




 ゆえにたとえここから引き上げられても、命が助かる見込みは限りなく低い。




「くそっ、もう時間が……」




 エドガーが焦りの表情を浮かべる。




 次々と瓦礫が降ってくる。王城の崩壊が始まったようだ。


 地下に封印されていた魔王を解き放った上、派手に戦闘を繰り広げたのだから当然だろう。正直よく持った方だと思う。余波を受けた王都はすでに火の海だというのに、まだここは完全には崩壊していないのだから。




「あともう少しだ……! 踏ん張れよ……!」




 エドガーの額から流れる血がアルフレッドの頬を濡らす。掴んでいる手の力が弱まってきている。力を入れるたびに彼は苦悶の声を漏らしていた。




 限界が近いのだろう。それでも、エドガーはアルフレッドの手を離そうとはしなかった。




 アルフレッドは、おもむろに下を見る。


 自分たちがいるのは王城の大広間に空いた大きな亀裂の淵。下は奈落。魔王の最期の攻撃によって生じた大穴はどこまでも深く、闇が広がっていた。


 このままではこの亀裂に二人とも落ちてしまうだろう。もしもエドガーが掴むその手を離せば、彼だけは助かる。だが、アルフレッドはエドガーがその選択肢を取ることは有り得ないと確信していた。




 絶対に他者を見捨てることはしない。エドガー・カルディエとはそういう男なのだ。


 エドガーは苦痛に顔を歪ませながら、不敵に笑う。




「……君を引き上げたらまずは決着をつけよう、アルフレッド。もちろん僕が勝って、君は罪を償うことになる。これまで君が傷つけた王都の人たちや学園の皆に対して……」




 その言葉にアルフレッドは思わず呆れ果ててしまう。


 復活させた魔王の力を取り込み、王都を破壊するような存在である自分が改心すると、この後に及んでまだ本気で思っているのか。




 本当にどこまでもお人好しで甘い奴だ。――反吐が出る。




 アルフレッドはエドガーに笑みを返した。




「はっ、侮るなよ雑魚が」




 そしてその言葉と同時にアルフレッドは最後の力を振り絞り、魔力を操る。今の自分に残された力では、残念ながらただの悪足掻き程度のものにしかならない。けれどそれで十分だった。




「くそっ」




 エドガーは身構えるが、為す術がない。死を覚悟した。




 しかし、アルフレッドはエドガーへ向けて攻撃したわけではない。




 ――放ったその一撃は、アルフレッド自身の右腕を切断したのだった。




「なっ」




 エドガーは驚愕の声を上げる。




 敵に情けをかけられるのは、まっぴらごめんだった。それも相手がエドガー・カルディエなら尚更。


 落下が始まる。段々と遠のいていくエドガーに向かって、アルフレッドは声を張り上げた。




「――エドガー・カルディエ! ひとまず決着は保留にしてやる!」




 だから、いつかまた会う時――次こそは必ず決着をつけよう。




「アルフレッド――!」


「ははは――」




 体が落下の浮遊感に支配されながら、アルフレッドの意識は深い亀裂の中に飲み込まれていった。


 こうして魔王の封印を解き、王都を混乱の渦に陥れた大罪人――アルベルト・ヘンドリックスは命を落とした。




 ♢




 ――はずだった。




「……何が起こっている?」




 目覚めたのは、ベッドの上。それもヘンドリックス家の屋敷。その自室だ。




 魔王を復活させた際、その力の余波を受けて屋敷は完全に焼け落ちていたはずだ。しかし、まるでその事実が嘘であったかのように屋敷は元通りになっていた。




 あの状況から助かった? それは有り得ない。あの深さでは万が一もないだろう。おまけにアルフレッドが受けた致命傷も綺麗さっぱり消えている。




 一体どういうことなのか。まさか時間が巻き戻ったとでもいうのか。




 混乱しながらもベッドから起きた直後、ドアをノックされる。




「……入れ」




 一瞬、アルフレッドは逡巡したが、この状況を他者に確認してみるのも一つの手だと思い、通すことにした。念のため扉越しの気配を探るが、今のところこちらを害するような素振りはない。




「――失礼します、アル様」




 扉を開けて入ってきたのはメイドだった。




 名前は確かロザリーだったか。年はアルフレッドよりいくつか上。


 彼女は、いつも怯えていた。他者を力尽くで屈服させようとするアルフレッドに恐怖していたのだ。




 まあ、アルフレッド自身彼女に対して何の興味も持っていなかったので、言葉をかけるたびに小さな悲鳴を上げられるのはやや鬱陶しかったのを覚えているだけだが。




 魔王復活の際、メイドである彼女は燃える屋敷の中にいたはずだ。運良く無事だったらしい。




「何の用だ?」


「もう少しで朝食の時間ですので、ご支度をお願いいたします」




 アルフレッドにそう告げるのは、彼女の仕事の一つだ。大した用事ではなかった。




「そうか、それだけか?」


「はい、そうですけど……はあ、またですか」




 ロザリーがため息を吐いた。


 ここでアルフレッドは彼女の態度がいつもと異なっていることに気づく。ロザリーは常に自分の前では怯えていたはずだ。なのに、今は平然としている。どういう心境の変化だろうか。しかもどこかアルフレッドに対して砕けた雰囲気のような……。




 訝しむアルフレッドに対し、ロザリーは言った。




「アル様、いい加減もっとお淑やかに振舞ってくださいませ」




 ……聞き間違いだろうか。今のは。




「……今なんと言った?」


「ですから、アル様は淑女としての自覚が足りないとあれほど……」


「何のことだ? まさか俺のことを言っているのか?」




 このメイド、頭がどうかしてしまったのかとアルフレッドが思っていると、ロザリーは眉を寄せ、嗜めるように言った。




「また殿方のような言葉をお使いになって……いけませんよ、――アルマリアお嬢さま(・・・・・)




 アルフレッドは自分の耳を疑った。


 今、彼女は何と言ったのか。自分のことをアルフレッドとは呼ばず、




 ――アルマリアお嬢さま、だと?




「明日から学園に通うことになるのですから、このままでは困ります。皆の前で恥をかいてしまいますよ。いいですか? わがままはもうダメですからね」




 まるでロザリーが説教をするかのように、言葉を続ける。


 アルフレッドは困惑した。彼女がここまで自分に対して深く関わろうとするのは、通常では絶対に有り得なかった。それに、




 アルマリア。音の響きからそれは女性の名前だ。




 なぜアルフレッドがそんな名前で呼ばれるのか。しかも、自分が明日から学園に通う? 学園はとっくの前に卒業している。わけが分からない。




 思考を巡らせていると、次にアルフレッドは自分を叱るロザリーの顔を見て、重大なあることに気づく。




 ――どういうわけか以前と比べて彼女の外見が数年ほど若返っているように見えるではないか。




「あっ、アル様!」




 あることを確認するため、アルフレッドは慌ててベッドから降りて自室に設置されている姿見に向かった。




「なっ」




 姿見に映る自分の姿を見て驚愕する。信じられないことに、それは今までのアルフレッド自身の外見とはまったくの別物であった。


 青年であった自分の姿。その面影はどこにもなく、鏡の前には十二歳くらいの少女が驚きに目を見開いているのだった。




 ここで、アルフレッドは現状を理解する。


 ロザリーの言葉を信じるとすれば、理由は不明だが、時間が十二歳の学園に入る前――エドガーと出会う以前まで巻き戻ったということになるのだった。しかも、




「俺の性別が変わっているのか……!」

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