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鍵を開いてはならない

 ジジジ……。


 セピア色のフィルムが回るように、映像が甦る。


 カラカラとフィルムが回る音がして。


 白い壁に映像が映し出される。


 相当昔の映像かもしれない。


 いや、もっと近い映像かもしれない。


 それは、あなた次第だ。






 他愛のない話をしよう。


 どんな話になるのか、私にもわからない。


 ああ、けれど、きっと素晴らしいものとなるだろう。


 あなたは、それを見て、心豊かに楽しむだろう。


 気負う必要もない。


 リラックスする場所で。


 好きな場所にいると良い。


 この話は、恐らくバイオレンスとはかけ離れたものになるだろうから。


 どちらかというと。


 そうだな。


 説明するのは、少々難しい。


 心の在り方に触れるかもしれない。


 大海原に放り込まれるかもしれない。


 きっとあなたは迷うだろう。


 そのときの指標になれば、私は嬉しい。


 少しでもあなたが、感じてくれれば、それだけで嬉しい。


 あなたが好きな場所で、気に入った場所で。


 そう、楽しんでもらえれば、それだけでいいのだ。




 さあ、話していこう。


 難しいようで、そう気難しいものではない。






 あなたには、大切なものがあるだろうか?


 その大切なものは、普段、自覚することはない。


 失くしたと思っても、もしかしたら、気づかないかもしれない。


 恐らく私も、そうだったと思う。




 けれど、けれど私は。








 私は大切なものを無くしてしまった。


 やっと見つけた鍵。


 大切な、大切な引き出し。


 私はその引き出しにそっと、手を伸ばす。




 その鍵は、いつそこにあったのかわからない。


 ちょっと古ぼけた、白の鍵だった。


 なぜか、その鍵は、そのとき、手の中にあったのだ。確かに。




 その鍵を使って。


 ゆっくりと、幸せそうにその引き出しを開いた。




 古ぼけた写真。


 大切な二人。


 優しそうに、私に手を振るかのように微笑んでいる。


 二人は夫婦だ。


 私にとても、とてもよくしてくれていた。


 もちろん、私も二人の事が、本当に本当に大好きだった。


 幼い頃、よく二人の所へ遊びに行ったことを思い出される。




 そういえば、こんなことがあったな。


 私のためにわざわざ、家に来てもらったのに。


 美味しいからとかぼちゃの入った甘いご飯を作ってくれた。


 でも、そのときの私は、それが好きではなかった。


 だから、残してしまった。


 もう、彼らには伝えられないけれど。


 もし再び会えるのならば、そのときは、頭を下げて謝りたい。


 きっと二人は笑って、許してしまいそうだが。




 話がずれてしまった。


 そう、引き出しを開けた写真を見て、直感したのだ。


 私はこの二人に逢いたいと思って、引き出しを開いたのだと。






 けれど、理解している。


 もう、二度と二人には会えない。


 なぜなら、もう二人は亡くなっているのだ。




 酷い話だ。


 見送った時は、こんなにも泣かなかったというのに。






 ああ、どうしてだろう。


 涙があふれて、あふれて止まらない。


 これほど、泣いたことはなかったというのに。


、本当に悲しくて切なくて。


 気が付いたら、声を上げて泣いていた。


 嗚咽さえも出して。


 泣きじゃくっているのだ、私は。




 こんなにも、二人の写真は伝えてくる。




「もう、いいんだよ」と。


 気付いたら手に持っていた写真の絵が変わっていた。


 立ち去るような、まるでこれからいつものお出かけに出るように。


 二人の足は、私の方を見ていない。


 振り向きざまに二人は私を見つめている。


 その瞳が、こんなにも。


 こんなにも優しくて、気づいたとたん、また涙があふれるのだ。




 忘れていいはずはないのに。


 本当に忘れていいものではない。


 私は、それを理解していたのに。


 そのときまで、なぜ、気づかなかったのだろう。




 ネガの上にあった写真。


 優しく私に微笑んでくるその写真。


 なんと、大切な二人の姿が、すっと。


 ぱっと消え失せたのだ。




 消え失せて、こういうのだ。


「もういいんだよ。忘れて」


 忘れてなるものか。


 どうして、こんな大切なことを忘れていたのか。


 そのときの私に殴りかかりたい。


 けれど、手を差し伸べる私の手をするりと抜けてしまうように。


 彼らは、そっと、負担を掛けないように消えていったのだ。


 まるで、そこにはなにもなかったかのように。




 酷い。


 なんてひどい話なんだ。


 インフルエンザのような恐ろしいウイルスだ、これは!


 ああ、今、思い出しても腹立たしい!






 目を覚ました時、現実の世界でも、私は号泣していた。


 失くしたくないものを、失くしてしまったのだ。


 なんてことだ。


 こんなにも、悲しいと苦しいと思ったことは一度もない。




 だから。


 だからこそ。






 決意する。


 一大決心だ。


 こんな風に思ったことはなかったのに。


 ずっと、私は自分の家に籠っている、それまではそう思っていた。




 だが、今は違う。


 私は旅をする。


 きっとこれは、誰かの陰謀に違いない。


 手段は分からないがそれでも、彼らの足跡をたどって、彼らの記憶を取り戻す。


 それを、私が欲しているのだから。




「手伝うわ」


 いつの間にか、麗しい人がそう私を支えてくれていた。


 その笑みが、なんと美しいのだろう。


 思わず私も微笑み返す。


 そういえば、名前を聞いていなかった。




「君の名は?」


 乾いた声でその人に、尋ねる。


「必要ないわ。だって、もうあなたは知っているはずよ」


 彼女は私の頬に触れ、その瞳に私を写している。


「ユーリ」


 私の言葉に彼女は、こくりと頷いた。




 優しい人だ。


 私はなにも、君にはしていないのに。


 どうして君は、そんなにも私に優しく微笑んでくれるのだろう。


 彼女の流れるような銀髪をそっと掬い上げる。




「私は取り戻せるだろうか?」


 思わず出てきた私の声。


 思わず出てきた私の疑問。




 それに彼女は答えてくれた。


 鞘を引き抜いて、銀色に輝く、小さなナイフのような剣を差し出してきたのだ。


 美しい細工に目が奪われる。


 これは?


 これで戦えというのだろうか?


「違うわ。それは、鍵よ」


 彼女は否定してくれた。


 それはありがたい。


 私は戦うことは得意ではなかった。


 ならばなぜ?


「鍵?」


 私は首を傾げた。


 けれど、その答えを私は知っているようだった。


 この剣をあのとき開いた引き出しのように、どこかに刺すのだろうかと。


 剣を受け取った時に、なぜかそう思ったのだ。


 ああ、これは剣のように見えて、実は旅へと誘うための片道切符のようなものなのだ。




 ならば、行かなくてはならない。


 この剣が呼ぶ場所へ。


 なぜなら私は、その場所へたどり着けるだろうから。




 ユーリが手を差し伸べる。


「行きましょう。旅はまだ、始まったばかり」






 たとえ、どんな困難があろうとも。


 私は進むだろう。


 それほど、大切なものを失ってしまった。


 どんな恐ろしい敵が待ち受けようとも、私は立ち止まったりしない。


 それほど、大切なものを失ってしまったから。




「ユーリ」


 顔を上げて、大切な人の名前を呼ぶ。


 ああ、ユーリの事も忘れてはならない。


 彼女の事も、この先、ずっと傍にいるだろうし、知らなくてはならないだろう。


 そう、どんな些細な事でも。


 大切なガラス細工を扱うように、彼女を抱きしめる。


 彼女は最初、驚いていたが嬉しそうにちょっと、泣きそうな笑みを浮かべていた。




 すうっと、青い鳥が飛んでいく。


 目指すは鳥が示す方向。


 地図など必要ない。


 場所はすぐ、分かる。




 きっと、彼らの墓標に、何かがある。




「危険よ」


 小さく、忠告するかのようにユーリが呟いた。


 不安そうに私を見つめる瞳がそう訴えてるようだ。


「大丈夫、私は一人ではない。君もいる。それに……」


 安心させるかのように私は声を出し、空を見上げた。


 済んだ青い空。


 ああ、彼女と同じようにとても、とても綺麗だ。


 海も見える。


 キラキラと輝いているように見える。


 私はその視線を身近な人へと戻した。




「それに?」


 彼女は首を傾げた。


 見上げる彼女に、いや、ユーリに私は微笑んだ。


「これは終わりではないんだよ。なぜなら、ここから、始まっていくのだから」


 さあ、歩こう。


 一歩、踏み出そう


 そして、歩き出すのだ。




 私はこれから旅に出る。


 大切なユーリと手を取り。




 大切な……大切な思い出と二人を助けるために。

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