レディハニーの蜂蜜薬店
街のはずれで営業をしている<薬蜂蜜店>
そこに並ぶのはたくさんの蜂蜜瓶。
どれも薬の効果があるのだという。
日光が柔らかく差し込む店内では、それぞれの瓶が黄金に輝く。
商品の手入れをするのはベールをかぶった女性店主。
しとやかな動きで蜂蜜の瓶を入れ替えたり、店内を掃除していく。
この店に訪れる客は少ない。
しかし今日もオープンの看板を掲げた。
「いらっしゃいませ」
訪れたのは子どもが二人。
「お母さんの風邪がよくならないの」
店主はそれを聞くと小さな蜂蜜飴を三つ子どもに渡した。受け取るお金はたったの小銅貨一枚、お菓子と変わらない値段程度。
母親に、それから子どもたちの風邪の予防のため。
「ありがとう、レディハニー」
子どもたちが去っていく。
たったこれだけの値段で風邪に効果がある薬がもらえるのだから、この店は庶民の間でひそかに有名だ。
貴族は治癒術師をやとっているため、たかが蜂蜜程度の薬効を求めてこのような辺鄙なところを訪れない。
そんな店に、一人の男性が訪れた。
明らかに格式の高い服装、整った顔立ち、鍛えられた体。
店主は一瞬びくっとしたものの、人物が誰か判明するとほっと笑顔を浮かべた。
「いらっしゃいませ。先週ぶり……ですね」
声は少し明るく。
「おはよう」
男性がぎこちなく告げる。
挨拶にふわりと微笑み返したレディハニーの可憐さに、男性はそっと耳を赤くした。
この二人の出会いは少し前。
男性は王国に仕える騎士である。大規模部隊のリーダーを勤め、連日魔物退治をこなしていた。
仲間をかばって負傷、魔物の毒により動くこともままならなくなった。国属治癒術師でも彼を癒すことはできなかった。
部下たちの必死の聞き込みで蜂蜜薬店が見つかり、店主が王宮に呼ばれた。薬効について全員半信半疑であったが、レディハニーは見事に騎士を治してみせた。
いくつもの蜂蜜を店主がブレンドし、お湯で溶いたものを飲ませた。
起きた騎士は夢中で手を伸ばし、蜂蜜がついた店主の指まで舐めた。
「きゃっ」と声がしたので上を見ると、ヴェールの下、あまりに美しい乙女を見た。
(またあの姿を見たいものだ)
ヴェールを被ったままの店主を騎士が熱く見つめる。花束を差し出した。
「先日は命を救って下さりありがとうございました。国とは別に、私個人のお礼の気持ちです。ほんの少しですが」
「嬉しいです」
店主は花束を受け取って、すうっと香りを嗅いだ。
「あの後、お加減はいかがですか?」
「おかげさまで体調も良く。ここの蜂蜜は凄いですね」
騎士が褒めると、店主はテーブルに彼を誘った。蜂蜜ハーブティを淹れる。
「美味しいです。お礼に来たのに、おもてなしされてしまうとは」
「お花をありがとうございました。このお花からまた蜂蜜を作れます」
「そうなのですか!?」
あっ、と店主が口を押さえる。騎士がしまった、と頭をかいた。あれだけの薬効を持つ蜂蜜に秘密がないわけない。
それを国の幹部らが噂している。思惑に巻き込まれることを心配して、
「また明日来ます」
そんな言葉が退店の時にこぼれ出た。
堅物の騎士団長が入り浸っているとなれば国もそうそうおかしな動きはできないだろう、と考えた。
胸には恋の鼓動も自覚している。
「……お待ちしていますわ」
店主は綺麗な一礼をした。
彼女にも思惑はある。
この騎士は自分に好意を抱いているようなので、いざという時に守ってもらえたら、と思ったのだ。命を救った恩もある。打算的だけど、とチクリと罪悪感を覚えた。
名乗らぬ店主を皆、レディハニーと呼ぶ。
本名はラシュリー・ハイル・レザニトルファ。他国の貴族令嬢だ。
権力争いに巻き込まれて、毒殺されかけた。
その時に目覚めたのが<毒を蜜に変える力>ラシュリーには全ての毒が効かなくなった。甘い血液が全身を巡り、目覚めた時、ラシュリーの葬儀と相続の会議が隣の部屋で行われていた。ラシュリーは逃げ出した。
騎士が去った店内で、店主が花を愛でる。
「わたくしがここにいられるのは、貴方たちのおかげよ」
5センチほどの小さな黄金妖精が二人、店主の指の周りを舞った。
この世界では、まれに妖精の好意を得るものがいる。
ラシュリーは逃亡途中、イタズラものの闇妖精に出会い、彼らを黄金妖精へと変えたのだ。
「寂しがりなのよね、二人とも」
黄金妖精のニフ、アレンが花蜜を収集してくれたので、店主はハニーパンケーキを作って彼らに差し入れた。
夕方店を閉めてから、店舗の裏のハーブガーデンを訪れる。
水やりをし、ハーブの影に生える毒草を抜いた。猛毒のものだが、店主の手はかぶれない。
室内に持ち込み丁寧に毒草を撫でて、根をちぎると、トロリと蜜が溢れ出す。それを瓶詰めする。猛毒であるほど効能がある蜜となるのだ。
蜂が集めた蜜ではないが、分かりやすいので蜂蜜店と看板を出している。
「これはひどい頭痛を起こす毒草だから、逆に頭痛を治す薬ができるわね」
毒が薬蜜になる、とはこういうこと。
店主が瓶にラベルを貼る。
簡単な食事を済ませて、テーブルに飾った花をほうっと眺めた。
騎士が店主をイメージした、黄色と緑と白のアレンジメントフラワー。
(……やっぱり顔を見られてしまったのかしら? あの時に。考えすぎかしら?)
店主は蜂蜜色の髪に緑色の瞳、白い肌。
「あら?」
花束の中央に小さな赤色の花が埋もれていることに気付く。
「もしかして……この白は騎士様の銀髪で、赤色は瞳なのかしら」
これまで受けたどの求婚よりも遠回りで、でもストレートなアプローチだと思った。
クスリ、と店主が笑う。
いつもなら休む頃だが、追加で蜂蜜菓子を作った。クッキー、飴、パウンドケーキ。
明日を楽しみに。
朝になり、また店内が黄金に輝く。
☆
騎士が早朝に商店街を歩いている。
「まだ安静に」と国から言われているので(体調はいいが好都合)としばらく国内にとどまることにした。
毎日、治癒術師の検査を受けるのは面倒だが、とため息。
国はレディハニーの治療を信用していないのだ。蜂蜜ごときで、と治癒術師はぼやいている。
(ボスの魔物はあらかた狩った。新しいボスが出てくるまでは余暇だ)
たくましい腕で、花束を抱えて頬をかいた。
(ガラじゃない。でもそんなことを言っていられない)
昨日レディハニーと話して、恋の熱がさらに高まっている。
(スキップでもしそうだな)(あの団長がぁ!?)と後をつけている部下が噂した。まかれてしまった。
爽やかな緑と花々に囲まれた<蜂蜜薬店>に騎士がたどり着く。
玄関先に店主の姿。
妙な輩が訪れて彼女に執拗に話しかけているので、ときめく暇はなかった。
「困ります」と震えた店主の声。
「何をしている!」
騎士の気迫に二人ともがビクッと震えた。
彼女を怖がらせるつもりはと内心で騎士が落ち込むが、まずは不審者を威圧した。
「デートの誘いをしていただけですよ」
「それにしては困らせていたようだが?」
騎士が低い声で言う。
店主はこくりと頷く。震えたままだ。
このやたらと顔がいい青年のローブの下に、騎士は”王国所属の紋章”を見つける。
(利用するか)
「彼女はこれから俺と出かける予定だ」
ぐいっと店主の肩を抱き寄せた。
青年が唖然と、寄り添う二人を何度も見る。
へらりと引きつった笑いを浮かべて帰っていった。王宮には「レディハニーには騎士団長がついている」と報告される。店主への接触は慎重に、と会議で決定した。
「助けて下さってありがとうございます」
店主がお辞儀をした。問題は解決したはずだが、騎士は肩から手を離す様子がない。おずおずと見上げる。ヴェールごしに、彼の赤い顔を見た。
「……先ほどの言葉が嘘になってしまいますから、これから出かけませんか」
店主の返事は、
「……よろこんで」
玄関扉にはクローズの看板。まだ蜂蜜薬店は開店前なのだ。
二人はしばし街中をデートをした。
大きな花束を抱えたまま来てしまったので、注目の的だった。
「騎士様もうっかりすることがあるのですね」
「どうかイサアクと」
この機会に、と騎士が決死の覚悟で言う。
レディハニーが本名を名乗ることはなかったが「イサアク様」と可憐な声で呼ばれた騎士は幸せだった。
店に戻ると、花束を飾って、ハニーづくしの軽食を食べる。
穏やかな時間を過ごした。
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